魔法使いが補欠勇者と共にいるわけ
「あのー、喜んでいるところに水を差すようなことを言ってしまい、申し訳ないのですが、まだ他にも死んでいる人がいまして」
それを聞いた回復師はハッとなり、周囲を見渡す。
「ああ、勇者さん! 賢者さん! それと、隣に横たわっている巨大な黒猪は?」
「ぶーちゃん、私達の味方です。一緒に蘇生してくれると嬉しいのですが」
「わかった。任せて」
回復師は勇者様(本物)と賢者、ぶーちゃんのもとへ駆け寄り、死者蘇生を施してくれる。
「おい、魔法使いよ。あの大きな黒猪がぶーちゃんというのは本当か?」
「本当です」
「どうしてああなった?」
「さあ? 大森林の豊富な魔力にさらされて、急成長したのでは?」
「なるほど」
あっさり納得してくれたので、ホッと胸をなで下ろす。
聞き分けがいい勇者様で本当によかった。
「それはそうと、回復師が勇者と言って駆け寄っていった女は何者だ?」
「あーー……」
面倒な事態になってしまった。
本来ならば、勇者様と勇者様(本物)は、出会ってほしくなかったのだが。
「聞き間違いでは?」
「そうだろうか?」
納得しかけていたのに、回復師が大きな声で勇者様(本物)に声をかける。
「勇者さん! 今すぐ蘇生させてあげるからね!」
それをしっかり聞いてしまった勇者様は、私に疑惑の視線を向ける。
「おい、やはり勇者だと言っているぞ! いったいどういうことなんだ?」
「いや……どう、なんでしょうねえ」
「あの女、もしや、勇者の名を騙っていたというのか?」
勇者を騙っているのは、今のところ勇者様のほうです。
なんて、口が裂けても言えない。
蘇生された勇者様(本物)のもとに、勇者様が向かおうとする。
そんな彼の腕を掴んで妨害した。
「魔法使い、何をする!?」
「ケンカはよくありません!」
「ケンカではない。勇者を騙るあの女の呆れた根性を正そうとしているだけだ!」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」
「待たない!!」
勇者様を止める振りをしつつ、私は鞄を探っていた。
転移の魔法巻物を握り、勇者様の鎧にばちん! と貼り付ける。
「勇者様はお疲れでしょうから、先に聖都に戻っていてください!!」
「は!?」
勇者様が次なる一言を口にする前に、転移していなくなる。
これで静かになった。ホッと胸をなで下ろした。
置いていかれたイッヌは混乱していたようなので、彼にも転移の魔法巻物を貼り付けてあげる。
一緒に私とぶーちゃんの帰りを待っていてほしい。
蘇生した勇者様(本物)と賢者は、ぼんやりしていた。
状況を上手く理解していないようだ。
ぶーちゃんだけは私のもとにやってきて、嬉しそうにぴいぴい鳴いていた。
「勇者さん、賢者さん、大丈夫?」
「回復師か……」
「なんだか頭がズキズキするわ」
蔓はどうしたのかと聞かれ、回復師はハキハキと答える。
「勇者さんが倒したと魔法使いさんから聞いたんだけど」
「私が?」
「そんなわけないじゃない」
皆の視線が私に集まる。
あらかじめ用意していた言い訳を口にした。
「蔓が勇者様(本物)の魔力を吸収するなり、苦しみようにのたうち回り始めまして、最終的に消えてなくなりました」
「勇者の魔力に拒絶反応を示したってこと?」
「おそらくそうかと」
苦し紛れのように思っていたものの、追及されずにホッと胸をなで下ろす。
「あの、勇者様は先に聖都に戻られたようなので、私はここで失礼します」
「魔法使い殿、もう少し話を」
「またどこかでお会いできたら、ゆっくり話をしましょう」
もう二度と、勇者様(本物)に会いませんように。
そう願いながら、ぶーちゃんと共に魔法巻物を使って転移する。
「ちょっと待――」
勇者様(本物)が私に触れるよりも先に、転移魔法が発動した。
ぶーちゃんと私は一瞬にして、聖都へ戻ったのだった。
◇◇◇
勇者様は教会で待ち構えていて、私を見るなりズンズンと迫ってくる。
「おい、魔法使い! あの偽物勇者はどこに行った!?」
本物の勇者様を偽物扱いするなんて、とんでもない男である。
まあ、知らないというのは幸せなことなのだろう。
「あの女、勇者を騙っているなんて、けしからん奴め! 今すぐにでも止めさせないといけないのに」
「まあまあ」
ふたりの勇者様には、魔王と対峙するまでどうにか生き残ってもらわなければならない。
どちらかが旅を諦めるというのも、あってはならないことだろう。
でないと、私の〝望み〟は叶わないから。
「勇者様、絶対に魔王のもとまで行きましょうね」
「当たり前だ」
この勇者様と共に魔王のもとに行き、私は魔王の唯一の才能を奪う。
魔王の力のすべてをこの身に宿らせた私を、勇者様が殺すのだ。
そうすれば、魔王は二度とこの世界に現れることはなくなる。
あまり知られてはいないが、これまでの勇者は、魔王を倒していない。封印していただけだったのだ。
魔王が死んだら、本当の意味で世界は救われるのだ。
役立たずだと罵られた私が唯一、役に立てることだろう。
本物の勇者様が魔王に殺されても、補欠の勇者様がいる。
情なんて欠片もない勇者様は、躊躇うことなく私を殺してくれるだろう。
それが、私がこの勇者様と一緒に行動を共にする理由だった。
今回の更新で第一部が完となります。次回以降は二部です。
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