生き返った回復師
イッヌは勇者様の生首と再会したようだが、喜んでいいのか悪いのか、といった様子を見せていた。
さらに、生首と体、どちらの傍にいるべきか迷っているようで、生首と体がある場所を行ったり来たりを繰り返している。
遺体の様子から、おそらく死後数時間、といった感じだろう。蘇生も可能なはずだ。たぶん。
ひとまず、回復師を蘇生させなければ。
彼女は外傷などまったくないので、すぐに生き返らせることが可能だろう。
まずは回復師の瞼をこじ開け、白目にレイズ点薬を打ち込んだ。
すると、瞳に魔法陣が浮かび上がり、ぱちんと弾ける。
「うう……」
回復師はもぞりと身じろぎ、瞼を開いた。
「あ――ここは?」
「世界樹の根元です」
「魔法使いさん!」
回復師は勢いよく起き上がったが、生き返ったばかりだからか頭が痛んだようだ。
「蘇生後はあまり激しく動かないほうがいいかと」
「蘇生? 私は、死んでいたの?」
「ええ。死んだときの状況を、覚えていないのですか?」
「覚えて……覚えてる」
「ここまで、勇者様と来たのですか?」
「そう。彼と偶然会って、魔法使いさんと落ち合うために、世界樹を目指したんだ」
やはり、勇者様の中に私を捜すという選択肢はなかったようだ。想像通りである。
「勇者様と会って、行動を共にすることにして、世界樹のもとに辿り着いた、と」
回復師は神妙な面持ちで頷き、記憶を辿るようになぜ死んでしまったのか口にする。
「最初は世界樹に異変はなかったんだ。けれども彼が世界樹の幹に触れた途端、黒い蔓が現れて――」
勇者様は瞬く間に蔓に拘束されてしまったという。
「守護魔法で蔓を弾き飛ばそうとしたけれど、詠唱が間に合わなかったんだ」
回復師も蔓に囚われ、身動きが取れなくなってしまう。
勇者様は暴れたからか、蔓が首を絞め落としてしまった。さらに体はどこかに連れて行かれてしまう。
勇者様の首のみ隣に並んだ状態で、回復師は命が尽きるまで魔力を奪われてしまったようだ。
「私が魔力を失うたびに蔓がどんどん成長していって、世界樹を締めつけて、怖かった」
回復師は血の涙を流しながら、世界樹が弱っていく様子を見ていたという。
蔓は以前からあったものかと思っていたが、違ったようだ。
おそらく、勇者様と回復師の魔力を利用し、あそこまで成長したのだろう。
ただ、蔓が自然に発生したものとは思えない。
誰かがあらかじめ、魔法を仕掛けていたのだろう。
「この蔓は魔王の仕業なのでしょうか?」
「おそらく、そうだと思う。私達の命を利用し、世界樹の魔力を奪うなんて――」
と、ここで回復師がハッとなる。
「蔓はどうなったの?」
「勇者様(本物)が倒しました」
そういうことにしておく。勇者様(本物)は死んでいるけれど、まあ、なんとか誤魔化せるだろう。
勇者様と聞いて、首と体が離ればなれになったほうを見る。
「あの、そっちの勇者様ではなくて――」
回復師は勇者様の遺体に気付き、血相を変える。
「そ、そうだ! 彼を、早く回復させないと!」
回復師は勇者様の体のほうへ駆け寄る。状況を察したイッヌが、勇者様の生首を運んできてくれた。
回復師は手を差し伸べ、回復魔法を唱える。
けれども勇者様はすでに死んでいるので、効果があるはずがなかった。
「回復師様、勇者様はお亡くなりになっています。普通の回復魔法では、治りませんよ」
「そう、だった」
ここで、回復師から「私はどうやって生き返ったの?」と聞かれる。
「回復師様にはレイズ点薬を使いました」
「だったら勇者にも――」
「いいえ、使えません。レイズ点薬は損傷が少ない遺体にのみ使えるものですから」
勇者様を生き返らせるためには、聖司祭が使っているような死者蘇生しかない。
「では、教会に連れていかないと」
「いいえ、あなたは勇者様を生き返らせることができます」
「え?」
彼女は自分が聖なる者の唯一の才能を持っていることに気付いていない。
おそらく、彼女の才能を調べた聖司祭も気付いていなかったのだろう。
「死者蘇生なんて、聖司祭しか使えないはずなのに」
「できます。一度でいいので、試してみてください」
回復師は信じがたい、という表情を浮かべつつ、死者蘇生を試してみる。
「――神よ、迷える者を救い給え」
自信なさげな表情だったものの、彼女がかざした手の前に白く輝く魔法陣が浮かび上がる。
勇者様の体は光に包まれていった。
光が収まると、首と体が離れていたはずの勇者様が、元の姿に戻っていた。
回復師は勇者様の首筋に手をあてて、きちんとくっついているか確認する。
さらに、脈も調べているようだ。
「う、嘘でしょう!?」
そんな声に、勇者様が反応を示す。
「うるさいな! 寝ている者の耳元で叫ばないでくれるか?」
勇者様はカッと目を見開き、起き上がりながら文句を言ってくれる。
回復師は涙を流しながら、勇者様に抱きついていた。
イッヌも勇者様に飛びつき、喜びを全身で表す。
「うわ! お前達、何をするんだ!」
「もう、ダメだと思っていたから!」
「何を言っているんだ。この私がダメになるわけがないだろうが!」
生首を晒し、体が行方不明になっていた者の台詞ではないだろう。
見事、生き返った勇者様を、私は冷めきった目で見つめていた。




