世界樹は間近!
「そういえば、先ほどの大噴火は見事だった」
突然勇者様(本物)から褒められ、なんとも言えない気持ちになる。
「さすが、孜孜忽忽の才能から繰りだされる魔法だ」
何やら難しい言葉で褒めてくれているようだが、意味はよくわからない。
「あなたの作戦には脱帽したわ。まさか、湖の底で大噴火を使って、セルキーをやっつけるなんて。私達ではとても考えられないことだったわ。よく、とっさに思いついたわね」
「あれは、焼き石を使った漁から着想されたものなんです」
石を高温になるまで熱し、魚が泳いでいる川に投げ入れる。
すると、一瞬で水温が上昇し、魚が死んでぷかぷか浮かんでくる。
釣りよりも手っ取り早くたくさんの魚を獲る方法だった。
「なるほど。今度水棲系モンスターに遭遇したときは、戦術を参考にしよう」
「そんなのしなくてもいいわ。あなたは一撃必殺の〝隕石撃〟があるでしょう?」
隕石撃――それは勇者様(本物)が一日のうちに一回だけ使える必殺剣らしい。
そういえば勇者様も、〝彗星撃〟という、生涯に一度だけ使える必殺剣があると話していた。
勇者様(本物)は隕石撃を使用しても、日を跨いだら再び使えるようになる。
一方で勇者様の彗星撃はたった一回しか使えない。
この辺は本物の勇者と補欠の勇者の格の違いなのだろう。
ちなみに魔王は勇者の才能でしか倒せないらしい。勇者以外の者達の才能は、魔王の前だと無力になるようだ。
「魔王との戦いだって、勇者が隕石撃を使ったら、一撃で死んじゃうじゃない」
「しかし魔王には、〝星蝕撃〟があるだろう」
星蝕撃というのは魔王が使う、いかなる攻撃をも食い尽くし、無効化にする秘技である。
何回使えるかは謎に包まれているらしい。
もしも勇者様が隕石撃を使い、魔王が星蝕撃で攻撃を防いでしまったら、勝つ術がなくなるようだ。
そんな話をしていると、周囲の空気が変わる。
私だけでなく、勇者様(本物)や賢者、ぶーちゃんまでも気付いていた。
「ねえ、勇者」
「ああ、わかっている」
勇者様(本物)は剣を引き抜いたかと思えば、何もない空中に斬りかかる。
キィン! と音が鳴り、流れ星のような煌めきが尾を引いた。
目の前の景色がぐにゃりと歪んだかと思えば、人ひとりが通れるくらいの空間が生まれる。
「あの穴の先に行くと、世界樹がある空間へ行ける。すぐに塞がるから、素早く移動するんだ」
まずは賢者が通り抜け、勇者様(本物)も続く。
私はぶーちゃんを抱き、手を差し伸べる勇者様(本物)の指先を掴んだ。
転移魔法が発動した瞬間に感じるような浮遊感ののちに、地上に着地する。
下り立った瞬間、全身に鳥肌が立った。
「なっ、こ、これは――!?」
広がるのは不気味なほどの曇天。
周囲には木々が枯れ果てた黒い森が広がっていて、天を衝くほどに大きな世界樹には、怪しい黒い蔓が巻きついていた。
世界樹の葉が雨のようにはらはら舞い散り、今にも枯れ果ててしまいそうな弱々しさがある。
「あの黒い蔓はなんなんだ!?」
「闇魔法――枯渇吸引よ!」
「なんだと!?」
世界樹の魔力を奪う闇魔法が常時展開されているらしい。
このままでは、あっという間に世界樹が枯れてしまう。
「急ぎましょう」
「ああ」
私はぶーちゃんを胸に抱いたまま、世界樹を目指した。
だが、簡単に世界樹への接近を許してくれない。
犬系モンスターのガルムの群れが飛びだしてくる。
通常のガルムは黒い毛並みを持っているのだが、ここに出現するガルムは白い毛を生やしていた。
「あれは、氷属性のガルムよ!」
スノー・ガルムと呼ばれ、通常は雪国の深い森の中に生息しているらしい。
空間が歪んでいる大森林だから、出現したのだろうか。
氷属性となれば、弱点は火である。
「魔法使い、ここでは大噴火をどんどん打っていいから!」
「わかりました」
数匹のスノー・ガルムをまとめて岩漿で倒す。
賢者は勇者様(本物)の動きを見ながら、火系の上位魔法を繰りだしていた。
「――大爆発!!」
突如として発生した轟発に、スノー・ガルムは巻き込まれていく。
あっという間にかなりの数のスノー・ガルムを一網打尽にやっつけていた。
ぶーちゃんは勇者様(本物)のあとに続き、戦闘のサポートをしている。
鋭い蹄でスノー・ガルムの足の腱を切り、動きを鈍くさせていた。
スノー・ガルムは群れが危機的な状況に陥ると、遠吠えし始める。
すると、新たなスノー・ガルムがどこからともなくやってくるのだ。
「もう、キリがないわ!」
「どうにかしてここを切り抜けたい」
「具体的には?」
賢者が勇者様(本物)を責めるように問いかける。
「すまない。願望を口にしてしまった」
戦いながら会話ができる勇者様(本物)と賢者はすごい。私なんて意見を述べる余裕なんて欠片もないのに。
大噴火を連発したせいで、周囲の温度がぐんぐん上がっていた。
不思議なことに、黒い木に火は燃え移らない。いったいどういう構造をしているのか。
「魔法使い!!」
「後ろ!!」
「え?」
背後を振り返る間もなく、ドン!! という衝撃に襲われる。
飛びかかられるのと同時に、私の体は空中に投げだされる。近くにあった黒い木にぶつかった。
まるで金属を叩きつけられたようなダメージを負う。
この黒い木は普通の木ではないらしい。
なんて、考えている場合ではなかった。
黒い木に激突した私の体は、ゴロゴロと地面に転がっていく。
起き上がるよりも先に、鋭い爪で押さえ付けられるほうが早かった。
白いスノー・ガルムが私の顔を覗き込み、次の瞬間、胸に鋭い一撃が走る。
「かっ――は!!」
爪で切り裂かれたのだろう。けれども何かがおかしい。全身が硬直し、身動きが取れなくなったのだ。
「魔法使い殿!!」
すぐに勇者様(本物)がやってきて、スノー・ガルムを切り伏せてくれる。
「すぐに魔法薬を!」
勇者様(本物)が手を伸ばしたのに、私の腕は意思に反して上がらない。
パキパキと妙な音が鳴り響く。これはいったいなんなのか。
視線を下に向けると、私の体が凍り付いていることに気付いた。
「ああ」
ここで察してしまう。
どうやら私はスノー・ガルムから氷属性の攻撃を受けてしまったようだ。
勇者様が万能薬を私の口元へと運んでくれる。
けれども口に含む前に、私の全身は凍り付いてしまった。
敵:スノー・ガルム
死因:才能〝氷の爪先〟による凍死
概要:才能〝氷の爪先〟・・・体温を根こそぎ奪い、死に至らしめる妙技




