食事の時間
戦闘後、勇者様(本物)は私に向かって深々と頭を下げた。
「魔法使い殿、すまなかった。私が少女を追おうと言ったせいで、危険な目に巻きこんでしまった」
「今回に限っては、セルキーを女の子と見間違った私も悪かったわ」
まさか、ここまで謝られるとは思わなかった。
どこかの勇者様にも、間違ったら素直に認めて謝罪するということを覚えてほしい。
「謝らなくても結構ですよ。どの道セルキーがいたら、騙されて死んでしまう冒険者が増えるだけでしたから」
行方不明になった者には、こうして誰にも発見されずに死んでいった者もいるのだろう。
勇者様(本物)は湖のほとりに転がっていた人骨を、地面に穴を掘って埋めていた。
私とぶーちゃんもお手伝いをする。
賢者も一緒にやりはじめたので、驚いてしまった。
「何よ、じっと見つめて」
「いえ、こういうの、嫌がるかと思っていました」
「人骨は放っておくと、人骨戦士になるの」
人からモンスター化するきっかけは、この世への未練らしい。
「在る一定期間月明かりを浴びて、魔力が満ちると、モンスターになってしまうのよ」
「恐ろしい話です」
こうして丁寧に弔っておけば、モンスター化も回避できるようだ。
最後に聖水をかけておけば、魔除けにもなると言う。
賢者は魔法で水球を作りだし、中に石鹸の欠片を入れる。その水球に風魔法を加えると、渦のようにくるくる回り始めた。
そんな水球に手を入れると、汚れがきれいに落ちていく。
「おお! 便利な魔法ですね」
「あなたも使う?」
「はい」
賢者は勇者様(本物)と私の分も水球を作ってくれた。おかげさまで、手がきれいさっぱりになる。
「これ、お風呂とかにも活用できないですか?」
「やったことないけれど、試してみる価値はありそうね」
体や頭を洗うのは地味に大変なのだ。これがあれば、一瞬できれいになるだろう。
ぶーちゃんは全身泥だらけだったので、丸洗いしてもらっていた。
水球からでたあとも、風魔法で体を乾燥してもらったようだ。
『ぴいいいい~~!』
清潔な体になったのを喜んでいるのか、ぶーちゃんは嬉しそうな鳴き声をあげていた。
ひとまず、元の道に戻り、ひと休みしようと提案する。
「少しお腹も空きましたので」
食事について口にすると、勇者様(本物)と賢者はズーンと暗い表情になる。
「お腹、空いていませんか?」
「いや、空いている」
「さっきからお腹がぐーぐー鳴っていたわよ」
それなのになぜ、気が進まない様子を見せていたのか。
ひとまず敷物を広げる。賢者はモンスター避けの結界を張ってくれた。
「魔法使い殿、その、食事といえばこれしかなくて……」
勇者様(本物)が申し訳なさそうに取り出したのは、干し肉であった。
「それ、とってもまずいの」
「ただ、持ち歩ける食料といったら、これしかなくて」
勇者様(本物)ご一行も、回復師がいるときは豪勢な料理を食べていたらしい。
「彼女と出会う前は、ずっとこの干し肉を食べていたんだ」
「でも、あの子の手料理を知ってしまったら、こんな干し肉なんて食べられないって思ってしまったのよね」
勇者様と同じように、回復師と旅をするようになってから、舌が肥えてしまったようだ。
その気持ちは大いにわかる。
「あの、私、そこそこおいしい携帯食を持っているんです。よろしかったら一緒に食べませんか?」
いったい何を持っているのか、と勇者様(本物)や賢者は興味津々な様子でいた。
「こちらは圧縮パン。開封するのと同時に、焼きたてのパンみたいにふかふかになるようです」
開封した瞬間、紙袋がふんわりと膨らむ。中には丸いパンが四つも入っていた。
「おお、なんだこれは!」
「あんなぺしゃんこだった袋から、ふかふかのパンがでてくるなんて不思議だわ!」
続けて、湯で溶くスープを紹介する。
「おふた方はカップとかお持ちですか?」
「ええ、あるわ」
「私もだ」
スープの粉末をカップに注ぎ、賢者が魔法で作ってくれた湯を注ぐ。
すると、あっという間にスープが完成した。
「す、すごいわ!」
「本当にスープができている!」
「えーっと、そんなわけで、よろしければ召し上がってください」
勇者様(本物)と賢者は、瞳をキラキラしながら頷いていた。
さっそく、圧縮パンをいただいてみる。
紙のような薄さまで押しつぶされていた物だが、いったいどのような食感と味わいなのか。
一口大に千切ってみると、表面はカリカリ、中はふんわりしていることがわかった。
食べてみると、小麦の豊かな香りが口の中に広がる。
とてもおいしいパンだった。
勇者様(本物)や賢者も、パンを食べて驚いていた。
「これが携帯食だなんて」
「本当に驚いた」
スープも飲んでみる。
漉したトウモロコシとミルクを混ぜて作ったポタージュであった。
スプーンなどはないので、そのままカップを傾けて飲む。
味わいは濃厚で、高級食堂でだされるものと相違ない。
「このスープも絶品だ!」
「どうしてこんなにおいしいの!?」
どちらもお口に合ったようで、ペロリと完食したようだ。
ぶーちゃんもパンと乾燥野菜を食べ終え、お皿代わりにしていた葉っぱの端で口を拭っていた。
「こんなにおいしい携帯食があるのね!」
「どこで買ったんだ?」
「貴族御用達の道具屋です」
さらに値段を言った途端に、勇者様と賢者が表情を曇らせる。
「あの、どうかしたのですか?」
「いや、私達の旅の資金はそこまで多くなくて」
「国王陛下から支給されているんだけれど、旅にお金はつきもので、ぜんぜん足りないのよ」
魔王から世界を救おうとしている勇者様(本物)ご一行に、満足な支援金を与えていないなんて。
「もっと増やしてくださいとか、言わないんですか?」
「いや、国には困っている者達が大勢いるからな。贅沢な旅をするわけにもいかないのだよ」
勇者様に百万回は聞かせたい言葉である。
まあ私も、これでもかと勇者様のご実家のお金で豪遊しているわけだが。
勇者様(本物)が裕福なお生まれだったらよかったのに……。
天は二物を与えないのだろう。
「あの、よければこの携帯食、みなさんで召し上がってください」
「いいのか?」
「はい。私は勇者様のお金を使って、いつでも買えるので」
「そうか。感謝する」
少しでもおいしい物を食べて、強くなってほしい。
そう願ってしまった。




