謎の少女を追って
迷いの森を抜けると、澄んだ晴天が広がっていた。
これまでどんよりとした不気味な森だったのに、爽やかな雰囲気に変化している。
「これは、世界樹がある最深部が近い、ということなのでしょうか?」
「おそらく、そうなのでしょうね。でも――」
「でも?」
「なんだかおかしいわ」
どこがおかしいというのか。心地よい暖かな風が吹き、小鳥のさえずりも聞こえてくる森の中だと言うのに。
「大森林に入ってからずっと思っていたんだけれど、ここには〝メルヴ〟の気配がないわ」
「メルヴって、有名な薬草のメルヴですか?」
薬剤師の才能を持つ者が口を揃えて世界一の薬草だ、と絶賛するメルヴ草は、実在するかもわからない幻だとも言われている。
大森林内に自生している、という話を修道女がしていたような。
「メルヴは薬草じゃないわ。大森林を守護する大精霊よ。一般的に知れ渡っているメルヴ草は、メルヴから引っこ抜いたものなの」
「そ、そうだったのですね!」
通常、世界樹の近くにはメルヴがいて、悪しき者から守護していると言う。
そんなメルヴの気配を、大森林の中ではまったく感じないようだ。
「世界樹を見たことがあるお祖父様の話だと、メルヴの気配は暖かな陽だまりのようで、大森林に入っただけで感じることができるだろう、って言っていたの」
世界樹が枯れかけ、大森林内に多くの冒険者が入っていたため、メルヴの気配を感じられないのではないか。賢者はそういうふうに考えていたらしい。
「でも、これだけ近付いているのに感じないというのは、おかしいことだわ」
勇者様(本物)は顎に手を当てて、物憂げな様子でいる。
「世界樹だけでなく、メルヴの身にも何かあった、ということなのだろうか?」
「そうだとしか思えないわ」
メルヴが不在の世界樹は、あっという間に脅威にさらされてしまう。
早く世界樹のもとに行き、確認しなければならないのだろう。
「先を進みま――あら?」
「賢者よ、どうかしたのか?」
「いえ、あっちの木の陰から女の子が顔を覗かせていたの」
「なんだと?」
身長は私と同じくらいで、年頃は十二、三歳くらいだと言う。
賢者と目が合うと、回れ右をして逃げて行ってしまったようだ。
「魔法使いみたいに幼い子がどうしてひとりでいるのかしら?」
「あの、私、十八歳なんですけれど」
「あら、ごめんなさい。思っていた以上に大人だったのね」
勇者様(本物)は明後日の方向を見ていた。おそらく彼女も私を十代前半くらいに思っていたのだろう。
「どこかのパーティーメンバーかもしれないな。少し前に耳にした、大森林で行方不明になった少女かもしれない」
「追いかけてみましょう」
そんなことをしている場合か。なんて内心思ったものの、仮メンバーの身なのであれこれ言える身分ではないのだ。
話に聞いたところ、大森林内では仲間とはぐれたまま、発見されていない冒険者が大勢いるらしい。
教会はそれらの責任は取らず、放置しているようだ。
冒険者のパーティーに、年若い少女がいるというのも実は珍しくない。
貴重な才能を持っていたら、年齢に関係なくスカウトされるのだ。
ひとまずぶーちゃんと共に、勇者様(本物)と賢者のあとに続く。
なんというか、ふたりの背中を見ながら思う。
勇者様に比べて、善良な人達だ。これまで旅をしていて、悪い人達に騙されなかったか心配になるくらいに。
これが勇者様だったら、森の中で少女を発見しても、「おそらく見間違いだな」とか言ってスルーしそうだ。
少女が走って逃げた先を辿ってみたら、湖に行き着く。
ぼんやり霧がかっていて、少し不気味だった。
『ぴいい!!』
ぶーちゃんが驚いたように飛び上がる。
どうしたのかと思えば、湖のほとりにたくさんの人骨が転がっていた。
剣や盾などの装備も散らばっている。
いったいどういうことなのか。
「いないな」
「見間違いだったのかしら?」
「そうですよ、きっと」
大森林に入ってからというもの、一度も食事をしていない。元の場所に戻って、何か食べよう。そう提案しようとした瞬間、静かだった湖に水紋が浮かび上がった。
続けて水柱が上がり、中から女性のシルエットが浮かび上がる。
『ぴ、ぴいいい!』
「え、何?」
「これは――!」
上半身は美しい少女、下半身はアザラシ――マーメイドではなく、あれはセルキーだ。
『キイイイイイイン!!』
耳をつんざくような鳴き声をあげる。思わず耳を塞いだ。
「どうやらセルキーを少女と見間違えたようだな」
「さ、最悪!!」
どうやら私達は騙されたらしい。
少女の姿で冒険者を引きつけ、襲いかかるという手口を使っていたのだろう。
転がっていた人骨は騙された冒険者達に違いない。
勇者様(本物)は銀色の剣を引き抜き、セルキーに斬りかかる。
セルキーは湖の水を操り、盾のようなものを作った。
勇者様(本物)は空中で体を捻り、湖のほとりに着地する。
水面にいるセルキーとは戦いにくそうだ。
「勇者、私が氷魔法で足場を作るわ」
「賢者、頼む」
彼女はこういうサポートもできるのか。さすが賢者である。
「――凍れ!」
賢者が手をかざすと、湖全体がみるみるうちに凍っていく。
まさかの状況に、セルキーも驚いたようだ。
尾で氷を割り、湖の中へ逃げてしまう。
「逃がしたか」
勇者様(本物)は剣を構えたまま、警戒する。
「どうする? このまま見逃すこともできるけれど」
「いや、私達がここで倒さなかったら、新たな被害者がでてしまうだろう」
ここで、私は遠慮がちに挙手した。
「あのー、私のバカのひとつ覚えを披露してもいいでしょうか?」
その言葉に、賢者がハッとなる。
「いいわ。やってしまいなさい」
「わかりました」
私にも活躍の場が与えられ、セルキーには感謝の気持ちしかない。
思う存分、揮わせていただく。
「――噴きでよ、大噴火!」
魔法陣は湖の底にでたようで、ほのかに凍った水面が輝く。
次の瞬間、岩漿が噴きでてきた。
水面の氷は一瞬で溶け、湖全体が沸騰したようにボコボコ泡立つ。
湖の中を泳いでいたセルキーは、慌てた様子で水面から飛びだしてくる。
それを、勇者様(本物)は見逃さなかった。
素早い一撃が、セルキーを襲う。
『キイイイイイイン!!!!』
セルキーは息絶え、湖に沈んでいく。
不意打ちの戦闘だったものの、なんとか勝利できた。




