アイアン・ゴーレム
すんすん、すんすんと誰かがすすり泣きしているような声で目を覚ます。
「ううん……」
「ああ、目が覚めたか」
勇者様(本物)の声で、意識が完全に覚醒した。
瞼をそっと開くと、涙をポロポロ流す賢者と目があった。
「あ――」
「あなた、大丈夫なの!?」
「ええ、まあ」
ぶーちゃんが私に近づき、頬ずりしてくれる。
のろのろとした動きで起き上がったら、賢者が私を抱きしめた。
「あなた、大バカ者よ! なんで私なんかを庇ったの!?」
「いえ……ご説明できるような他意はないのですが」
「そういうの、二度としないで!!」
抱きしめながら怒られるという、これまで感じたことのない感情をぶつけられる。
離れようとしたら、小さな声で「ありがとう」と囁いてきた。
賢者を庇ったのは私が勝手にやったことで、お礼を言われるとは思わなかった。
ここでやっと、周囲を見渡す。
辺りは霧がかっていて、迷いの森に戻ってきたことがわかった。
「あの、アイアン・ゴーレムは?」
「倒していない。ここまで逃げてきたんだ」
「なるほど」
勇者様(本物)が私の遺体を担ぎ上げ、全力疾走したらしい。
あとを追いかけられたようだが、なんとか逃走に成功したようだ。
「一度教会で死者蘇生をしたほうがいいだろうと思ったのだが、ぶーちゃんがレイズ点薬を使うように言ってきて」
守護薬草を使ったヘナを施していたおかげで、私の遺体は損傷が激しくなかったらしい。そのため、レイズ点薬での蘇生で間に合ったようだ。
勇者様(本物)は私の肩を掴み、まっすぐな瞳を向けながら言った。
「今後は、誰かを庇う、という行動は取らないでほしい。自分のせいで仲間が死ぬというのは、胸が引き裂かれるほど辛いものだから」
「はい、わかりました」
賢者をここまで泣かせてしまったのは、私が愚かな行動を取ったせいである。
本当に申し訳ないことをした。
「それにしても、迷いの森はあのアイアン・ゴーレムを倒さないと先に進めないのだろうな」
「ええ、そうね」
いったいどうやって勝てばいいものか。
ゴーレムはたいてい、体内に魔力の核を持ち、それを生命の源としている。
核さえ破壊すれば倒せるのに、強固な体を持つアイアン・ゴーレムはそれが難しい。
「アイアン・ゴーレムに弱点なんてあるのかしら?」
「そうだな……」
熱に耐性があり、物理攻撃にも強いアイアン・ゴーレムに弱点があるようには思えなかった。
どうしたものかと考えていたら、ぶーちゃんが私の鞄を探り始める。
「ぶーちゃん、どうかしたのですか?」
『ぴい、ぴいい!』
ぶーちゃんはナイフを咥えてきた。
「それは――」
以前勇者様に貸して、数日後に切れなくなったと言って返されたものである。
ナイフの状態を見てみると、錆びていたのだ。
なんでも水に浸けたまま一晩放置し、拭わずにそのまま鞘に入れたらしい。
おかげで、切れないナイフになってしまったわけである。
それを見た賢者がハッとなった。
「錆び……そうよ、錆びよ!」
「錆びがどうかしたのですか?」
「アイアン・ゴーレムを魔法で錆びさせるの。そうすれば、動きも鈍くなるし、鉄の強度も下がるはず」
「ああ、なるほど!」
ぶーちゃんのおかげで、アイアン・ゴーレムと戦う術を思いついた。
とてつもなく賢く、偉いと褒めると、ぶーちゃんは誇らしげな様子で「ぴい」と鳴いた。
先ほど賢者が描いた魔法陣を通じて転移したら、アイアン・ゴーレムがいる場所まで戻れるらしい。
「皆、準備はいいか?」
「もちろん」
「はい」
『ぴい!』
賢者が転移魔法を唱えると、一瞬にして景色が変わっていった。
私達が現れるなり、アイアン・ゴーレムが地面から這いでてくる。
『グオオオオオオオオ!!』
すぐに勇者様(本物)とぶーちゃんが気を引きつける。
賢者はすぐに魔法を繰りだした。
「――高波よ!!」
海水の波がアイアン・ゴーレムを襲う。
錆びやすいように、ただの水ではなく海水の水魔法を選んだようだ。
賢者は続けて魔法を繰りだす。
「――竜巻!!」
風が巻き上がり、アイアン・ゴーレムの全身が乾燥されていく。
『オオオオオオ!!』
連続攻撃を受けたので、アイアン・ゴーレムは地面に潜ろうとした。
けれどもぶーちゃんがスライディングをして妨害する。
アイアン・ゴーレムはその場にバタンと音を立てて転んだ。
間髪入れずに、賢者は魔法を繰りだしていく。
しだいに、アイアン・ゴーレムの体が錆びて茶色く変色していった。
そんなアイアン・ゴーレムに、勇者様(本物)が一撃入れる。
すると、腕がポッキリ折れてしまった。
『グオオオオオオ!!!!』
やはり、錆びというのはアイアン・ゴーレムにとって大敵だったらしい。
あんなに硬かった体に、ダメージを与えることができるようになった。
ぶーちゃんが跳び蹴りを入れると、アイアン・ゴーレムの体がバラバラになる。
勇者様(本物)が核を剣で突き刺すと、動かなくなってしまった。
「やったか……」
「ええ、そのようね」
なんとかアイアン・ゴーレムに勝利することができた。
賢者はその場にぺたんと座り込む。
勇者様(本物)も天を仰ぎ、ため息を吐いていた。




