お久しぶりな勇者様(本物)
「おや、君は――!」
「偽勇者と旅をしている魔法使いじゃないの」
まさか、こんなところで本物の勇者様ご一行と遭遇するなんて。
ただ、彼女らの中に回復師の姿がなかった。
まさか、回復師は死んでしまったのか。用心深く、回復術を得意とする彼女が?
ありえないだろう。
もしかしたら、どこかへ行っているのかもしれない。
私が探るような視線を向けていたのを、勇者様(本物)はすぐに気付く。
「回復師はいない。途中ではぐれてしまったんだよ」
「え!?」
なんでもここから先は迷いの森と呼ばれているエリアらしい。
時空が酷く歪んでいて、行方不明になる人達が多いようだ。
「回復師は時空の歪みを、うっかり踏んでしまったようなんだ」
勇者様(本物)と賢者の目の前で、回復師は忽然と姿を消してしまったと言う。
「彼女と別れて、もう三日になる。捜索しているのだが、迷いの森は深入りすると私達も帰れなくなるゆえ、満足に捜せていないというのが現状だ」
「なるほど」
行方不明になった仲間を見捨てず、一生懸命捜すなんて勇者様(本物)のお人柄はすばらしい。
うちの勇者様だったら、私のことなんてあっさり見捨てるだろう。
それよりも、優秀な者達の集まりである勇者様(本物)ご一行のことだから、すでに世界樹のもとに行き着いているものだと思っていたのだが。
まさか、最深部に近付くにつれて、そのような仕掛けがあるなんて。
迷いの森があるので、教会側も冒険者を入れても大丈夫だと判断したのだろう。
「ところで、魔法使い殿はひとりなのか?」
「いえ、ぶーちゃんがいますが」
ぶーちゃんは勇者様(本物)を前に、優雅な会釈を見せる。
その一方で、勇者様(本物)はぶーちゃんを見て驚いた表情を見せていた。
「これは!?」
勇者様(本物)は片膝を突き、ぶーちゃん相手に丁重な挨拶を返していた。
賢者も緊張の面持ちで、勇者様(本物)に続く。
おそらく彼女達の目には、ぶーちゃんが普通の黒豚には見えなかったのだろう。
「魔法使い殿、こちらのその、ぶーちゃんとやらとは、いったいどこで出会ったというのか?」
「見つけたのは勇者様です。精肉店で売られているところを、非常食として購入しました」
「非常食……」
勇者様(本物)から信じがたい、という目で見られる。
賢者は「本物の大馬鹿者ね」と辛辣な言葉を吐いていた。
「して、その、例の勇者とやらはどこにいる? 一度、会って話をしてみたいのだが」
「ああ、勇者様もいないんです。先に死んでしまって、教会に運ぶ途中にロックの襲撃を受けて――」
これまでの経緯を話すと、憐憫の視線を向けられた。
「私、一度も死んだことがないんだけれど、とっても痛いんでしょう?」
「ええ、痛いですね」
「どうしてそんなに平然としているの?」
「慣れと言えばいいのでしょうか……」
母親は出産の痛みを乗り越え、次の子どもを産むと言う。
それと同じで、私にとっての死はかろうじて耐えられるものなのだ。
「魔法使い殿はこれからどうするんだ?」
「世界樹を目指して、先に進もうと思っています」
「勇者とは合流しないのか?」
「はい。勇者様はきっと、私を見捨てて世界樹のもとへ行っているでしょうから」
世界樹を目指していたら、勇者様に出会えるだろう。
「ねえ、勇者。私達もそうしない? 回復師ももしかしたら、世界樹を目指している可能性があるわ」
「たしかに。これ以上、彼女の捜索に時間をかけるわけにもいかないからな」
回復師の捜索は一時的に中断し、世界樹を目指すことにしたようだ。
「魔法使い殿、目的地は一緒だから、共に行かないか?」
「え?」
ありがたいお誘いだったが、賢者の視線が槍のようにグサグサ突き刺さっている。
「ちょっと勇者! あなたはどうして、困っている人を見たら、見境なく声をかけるのよ」
「賢者、今回の場合は、私達も困っている側だ。もしかしたら、彼女に助けてもらえるかもしれない」
「このちんちくりん魔法使いに!? 私達が助けられるですって!?」
「そうだ。今しがただって、魔法使い殿の意見を聞かなければ、私はまだ回復師を捜しに行っていたかもしれない」
勇者様(本物)のまっすぐな視線を受けた賢者は、意見を曲げないと察したのだろう。
私をビシッと指差し、宣言してくれる。
「あなた、私達の邪魔だけはしないでね!!」
「はあ」
賢者がいるパーティーに同行して、役に立つとは思えないのだが。
かと言って、迷いの森と呼ばれているエリアを挑戦しようとは思わなかった。
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「こちらのほうこそ、どうぞよろしく」
勇者様(本物)が差しだした手をそっと握る。
そんなわけで、私とぶーちゃんは勇者様(本物)のパーティーに同行することとなった。




