魔法使い、甦る
あんたなんか、この世界の誰の役にも立たない。
そんな暴言が、脳裏にこびりついていた。
私自身もそうに違いない、と思っていた。
けれどもそれが間違いであると確信する。私はロックの幼鳥達の餌として選ばれた、名誉ある人間なのだ。
私の命が、六匹の幼鳥達の血となり肉となる。
十分すぎるほど、役に立っているだろう。
自分という存在に自信を持って、天国にいける。
そう思っていたのだが――。
「――神よ、迷える者を救い給え!!」
昇天しかけていた意識が、急に呼び戻される。
ハッと目を覚ますと、私を心配そうに覗き込む聖司祭と目があった。
「生きてる?」
「はい、生きておりますよ」
起き上がろうとすると、頭がズキズキ痛んだ。
「まだ安静にしていたほうがいいかもしれません。あなた様のご遺体は、バラバラな状態で運び込まれたものですから」
「そ、そうだったのですね。いったいどなたが、私をここに連れてきたのですか?」
「それは――」
背後の扉が開かれ、修道女に抱かれたぶーちゃんがやってくる。
『ぴいいいい!!』
ぶーちゃんは嬉しそうな声で鳴くと、私のもとへ一目散に駆けてきた。
よかった、よかったと言わんばかりに、体をすり寄せてくる。
「えー、そちらの豚様が、あなた様をここまで連れてきたのですよ」
「ぶーちゃんが、ですか!?」
ぶーちゃんは誇らしげな様子で、『ぴい!』と鳴く。
ロックに連れ去られ、竜巻でバラバラになった私を回収し、ここまで運んできてくれたようだ。
「ぶーちゃん、ありがとうございます」
『ぴいい』
気にするな、とばかりに鳴いてくれた。
それにしても、ロックに攫われて幼鳥達の餌になるところだったなんて。
もしもぶーちゃんが助けにくるのが遅れて、食べられてしまったら、二度と蘇生なんてできなかっただろう。
考えただけでもゾッとする。
それにしても、酷い目に遭った。
人は一度くらい、大空を飛べたらなんて幸せなんだろう、などと夢見る瞬間があるに違いない。
けれども実際に味わうと、地獄としか言いようがなかった。
生きて帰れたことに心から感謝した。
「あの、もうひとり金ぴかの成人男性と、人懐っこい犬は来ませんでしたか?」
「いいえ」
どうやら私達はイッヌや勇者様よりも先に、教会に行き着いてしまったようだ。
「あなた様が運び込まれてから三日もの間、金の鎧を纏った冒険者はいらっしゃらなかったかと」
「三日?」
「はい。あなた様の体は損傷が激しかったため、蘇生に時間がかかったようです」
ロックの襲撃を受けた現場から、教会まで徒歩一時間くらいだった。
それなのにまだ、イッヌと勇者様は教会に着いていないなんて……。
『ぴい、ぴい!』
ぶーちゃんが私の鞄を探り、地図を取りだす。
器用に蹄で広げ、現在地をたしたしと踏む。
「あ、ここは!」
目的地だった教会とは、違う場所だった。
どうやらぶーちゃんは、攫われた場所に近い教会へ運んでくれたらしい。
「ああ、よかった。イッヌと勇者様に何かあったのかと思っていました」
はぐれてしまったものの、命があるだけ儲けものなのだろう。
「まずは合流したいところですが――」
飛んで移動したからか、ずいぶんと先に進んでいた。
どうやってイッヌや勇者様と落ち合えばいいものか。
勇者様の行動はまったく想像できない。
どうしたものか、と考えていたら、ぶーちゃんが地図の最深部を蹄で叩く。
「ここは、世界樹のある場所ですね。世界樹を目指していけば、イッヌや勇者様と合流できるわけですか?」
『ぴい!』
勇者様のことだ。私がいなくても、探しに行かないだろう。きっと、目的である世界樹を目指すはずだ。
三日経っているというので、きちんと生きているのか怪しいところだが……。
「それにしても勇者様は、食事はどうしているんでしょうか?」
携帯食は私がすべて持ち歩いている。勇者様が所持しているのは、行動食が十本だけだ。
私抜きで、旅が成立しているとは思えないのだが。
「もしかしたら、すでにどこかで死んでいて、放置された状態かも……」
『ぴい、ぴいい!』
ぶーちゃんが魔法陣を展開し、私に見せてくれた。
それは、勇者様とぶーちゃんの間に交わされた契約である。
「これがあるということは、勇者様は生きている、ということですね」
『ぴい!』
私とぶーちゃんのみで最深部まで行けるのか、心配だった。
けれどもやるしかないのだろう。
「ぶーちゃん、頑張りましょう」
『ぴい!』
ちなみに死者蘇生用の寄付は、ぶーちゃんが稀少なアイテムと引き換えてくれたようだ。
なんてできる子なのか。
これから先はうっかり死なないよう、これまで以上にしっかりしていないといけない。
教会をでる前に、修道女が引き留めてくる。
「こちらの教会へ転移する魔法巻物を、特別にご紹介しているんです」
「ええ……。でも、お高いんでしょう?」
「一枚、金貨十枚の寄付金となっております」
ロックに攫われたときも、魔法巻物を使って転移すればよかったのだ。今になって気付く。
大森林内の教会へ繋がる魔法巻物があれば、もしものときに役立つだろう。
勇者様のご実家にツケる形で、入手したのだった。
教会の外には、宿泊施設や道具屋などがあるようだ。
でてみると、ちょっとした村のようになっている。いくつか露店が出店されていて、食べ物や珍しいアイテムを販売しているようだ。
行き交う冒険者達は、仲間の復活を待っているのだろう。手持ち無沙汰な様子でいた。
ひとまず持ち歩くアイテムを見直したい。
道具屋でも勇者様のご実家のツケは効くだろうか。なんて考えていたら、背後より覚えのある声が聞こえた。
「――まったく、あの子ったらドジなんだから!!」
「まあまあ、彼女も人間なんだから、失敗もあるだろう」
「もう! 勇者は甘いんだから!」
振り返った先にいたのは、麗しのハイエルフ。
そして、銀色の板金鎧をまとう美しき勇者様(本物)であった。




