死んでしまった勇者様
魔法薬での回復が間に合うと思いきや、勇者様はすでに死んでいた。
朝から盛大なため息を吐いてしまう。
「お腹が空いたのでしょうか……」
行動食は与えていたので、我慢できないのならばそっちを食べてほしかったのに。
猛毒キノコがおいしそうに見えたのだろう。猛毒キノコは茶色い地味なキノコでいい香りがする。とても毒キノコには見えないビジュアルなのだ。
魔法学校で毒キノコと食用キノコの見分けを習っていただろうに。きっとその授業は眠っていたのだろう。
ふと、ここで気付く。私のほうにも、焼いた猛毒キノコが置かれていた。
まさか、朝食を用意してくれたのか。
よくよく周囲を確認してみると、近くに生えていた木の根っこに、猛毒キノコがいくつも生えている。
昨晩は暗かったので気付いていなかったが、この辺りは猛毒キノコが自生する、毒キノコの森だったようだ。
せっかくここまでやってきたのに、勇者様が死んでしまうなんて。
教会に戻ろうか、と転移の魔法巻物を出しかけたが、ちょっと待てよ、と思う。
大森林の地図を広げてみたら、教会が比較的近くにあった。
「ここから一時間くらい歩いた先に、死者蘇生をしてくれる教会があるようですね」
ちらり、とイッヌやぶーちゃんを見る。
ふたりとも察しがいいのか、力強くこくりと頷いてくれた。
「イッヌ、勇者様を教会まで運んでくれますか?」
『きゅん!!』
「ぶーちゃんはモンスターがいない道を案内してくれますか?」
『ぴい!』
「ありがとうございます」
イッヌとぶーちゃんは、確実に勇者様よりも賢いし、パーティーの一員として活躍している。
感謝の気持ちで心が満たされた。
死者蘇生させるならば、早いほうがいいだろう。
ひとまず、ぶーちゃんに朝食を用意してあげなければ。
「ぶーちゃん、朝食は何が食べたいですか?」
干し果物やスープ、パンなどの携帯食を見せたが、ぶーちゃんは首を横に振る。
「食欲がないのですか?」
『ぴいいいい……』
ぶーちゃんは白目を剥いて死んでいる勇者様を振り返る。
たしかに、勇者様の死体の前で何か食べようという気にはならなかった。
「では、先に進みましょうか」
『ぴい!』
出発する前に、ぶーちゃんは地図に向かって真剣な眼差しを向けていた。
ぶーちゃんは地図も理解しているらしい。
蹄で地図を指し示しながら、小さく『ぴい、ぴいい』と確認するように鳴いていた。
水分補給だけ行い、教会を目指す。
イッヌは勇者様の足先を咥え、ずるずる引きずり始めた。
ぶーちゃんは先頭を歩き、私達を誘ってくれる。頼もしい背中を見せてくれた。
道中は途中まで順調だったが――。
『ギャア! ギャア!』
上空からモンスターの鳴き声が聞こえた。巨大な鳥系モンスター、ロックである。
さすがのぶーちゃんも、上空から襲いくるモンスターは避けられなかったのか。
『ギャー!!』
ロックが向かう先は、勇者様であった。死体漁りをしにきた、というわけなのか。
鋭いかぎ爪が付いた足が伸ばされる。
「勇者様!!」
魔法は間に合わない。というか、地面から岩漿を噴き出す大噴火は、飛行系のモンスターには大きなダメージを与えられないだろう。
もうダメだ。そう思った瞬間、ぶーちゃんが大きく跳び上がった。
蹄でロックの嘴を叩く。
『ギャウ!?』
思いがけない方向からの攻撃に、ロックは驚いたようだ。
すぐに狙いをぶーちゃんに変え、反撃を試みる。
『ギャッ、ギャッ!』
ロックは少し飛び上がり、竜巻を起こす。
鎌のように鋭い風が巻き上がった。
イッヌは勇者様が飛んでいかないように、お腹の上に乗って重石代わりになっていた。あの小さな体で、押さえておくのが可能なのか疑問なのだが……。
私も飛ばされないようふんばる。
ぶーちゃんはロック相手に、勇敢な戦いを見せていた。
ただ、ロックが高く飛ぶとぶーちゃんの攻撃は当たらない。
そう思っていたが、ぶーちゃんが想定外の行動にでる。
『ぴいいいいいいいいい!!!!』
上空にいるロックに向かって、ぶーちゃんが高い跳躍を見せる。
蹄をナイフのように突きだし、ロックの右目を潰した。
それだけでなく、ロックの背中に回り込み、攻撃を加えているようだ。
翼をズタズタにすると、ロックは飛行能力を失い、地面に向かって真っ逆様に落ちていく。ぶーちゃんはロックの背中から飛び下り、美しく見事な着地を見せていた。
驚いたことに、ぶーちゃんは単独でロックを倒してしまったようだ。
「すごい……! さすがぶーちゃん」
勇者様が死んだままでも、ぶーちゃんさえいたらこの旅は成立するのではないか。
そんなことまで思ってしまう。
「ぶーちゃん、ケガはありません――」
言いかけた言葉を途中でヒュッと飲み込む。
一瞬、強い風が吹いたのかと思っていたのだが、それは間違いだった。
胴を強く掴まれ、私の体は宙に浮く。
ぶーちゃんやイッヌ、勇者様の死体がどんどん遠ざかっていった。
『きゅうううううんん!?』
『ぴいいいいいいいい!?』
信じがたい話なのだが、私は新たに現れたロックに攫われてしまった。
「ひ、ひいいいいいい!!!!」
大空を舞い、生きた心地がしない気分を存分に味わう。
私はどこに運ばれているというのか。
最終的に行き着いた先は、ロックの巣だった。
そこにはかわいらしい六羽のロックの幼鳥がいて、ピイピイとかわいらしい声で鳴いている。
どうやらこのロックは、母鳥だったようだ。
私は幼鳥達の餌として、捕獲されてしまったのだろう。どうしてこうなった。
『ギャア』
母鳥のロックは幼鳥達に向かって、優しげな声で鳴いていた。
もうすぐ食事の時間ですからね、とでも言っているのだろうか。
私を巣に落とすと、幼鳥達から猛烈に突かれる。
「い、痛い!! いたたたたた!!」
このまま幼鳥達に突かれて死んでしまうのか。
そう思っていたが、想像は大きく外れる。
母鳥のロックは再度飛び上がり、巣に向かって竜巻を放った。
「ちょっ――!?」
どうやら竜巻を利用し、私を六頭分に切り分けるつもりらしい。
鋭い風に全身を切り裂かれ、私は息絶えることとなった。
敵:ロック
死因:魔法使い→才能〝竜巻〟による出血死。
概要:竜巻・・・鋭い風で敵を切り裂く、風系中位魔法




