勇者様の成長!
紙袋から干し肉を取りだすと、勇者様は「やっぱりな」という視線を向けていた。
ここからが見所なのである。その辺で摘んだ大きな薬草の上に干し肉を置き、水をかけた。すると、全体がふやけていき、最終的に生肉になる。
「な、なんなのだ、この肉は!?」
「旅先でもおいしい物を食べたいという、貴族達のワガママから生まれた商品のようです」
肉はお店で売っている物と相違なく、とても干し肉をふやかした物には見えなかった。
そんな肉に岩塩、香辛料や臭み消しの薬草をふりかけ、お皿代わりにしていた葉っぱで包む。
紐でしっかり縛り、焚き火で炙るのだ。
ほどよい木の枝がなかったので、勇者様の金ぴか剣に結んで吊した。
焚き火を熾し、肉を包んだ葉っぱごと炙るように火にかける。
勇者様は期待が高まっているのか、わくわくした様子で見守っていた。
三十分ほどで、十分火が通っただろうか。
火から下ろし、勇者様にお披露目する。
「肉の葉包み焼きです」
「おおおおお!」
果物ナイフで肉を切りわけ、お皿代わりの薬草の上に置く。
「これは、立派な食事に見えるぞ! ここで作った物とは思えん!」
勇者様のお口に合えばいいのだが。
なかなか食べようとしないのでどうしたのかと思っていたら、ナイフやフォークなどのカトラリーがないことに気付く。
勇者様は肉に手を伸ばしては引っ込めているので、素手で掴んで食べるか否か迷っているのだろう。
「勇者様、よろしければこちらをお使いください」
予備として持ち歩いていたもう一本の果物ナイフを差しだすと、勇者様は「これで食べるのか」と絶望したような声で呟いていた。
そんな勇者様の発言は無視して、私は果物ナイフに肉を刺していただいく。
「――んん!?」
肉は信じがたいほどやわらかく、噛めば噛むほど旨みがじゅわっと溢れる。
少し塩っけが強い味つけだったものの、疲れた体に沁み入るような味わいであった。
勇者様よりも先に、ぶーちゃんが食べ始めた。
肉を食べるか心配だったものの、問題なく食べていた。
『ぴいいいいい!!』
おいしかったのか、瞳がキラキラ輝いている。
ぶーちゃんが喜んでいて嬉しいのか、イッヌも一緒になって『きゅうううん!』と鳴いていた。
ぶーちゃんまでもが絶賛した肉を、勇者様もついに食べるようだ。
慎重な手つきで肉にナイフを刺し、そっと持ち上げる。
「このように肉を切りわけもせず、ナイフに突き刺して食べるのは、山賊のようだ……」
昔童話で読んだ山賊が、挿絵でこのように食べていたらしい。
「野蛮だ」
そう言いつつも、勇者様は肉を噛み千切った。
「むう!?」
勇者様は目をカッと見開き、拳をぎゅっと握る。
すぐにふた口目を食べ、もぐもぐと食べていく。
「これは、おいしい!! なぜ、干し肉だったものが、このようにジューシーなのか!? 不思議でならないぞ!!」
「まったくそのとおりです」
勇者様の舌を唸らせる携帯食だったわけだ。
それにしても、フォレスト・ボアを食べてうっかり死んでしまったところから、ずいぶん成長したように思える。
今度は勇者様に調理を教えてみよう、と心に誓ったのだった。
それから三時間ほど歩いていたら、周囲は瞬く間に真っ暗になっていった。
「今日はこの辺りで野営をするか」
「ええ」
私達は熱帯雨林を抜け、枯れ葉が目立つ秋の森に行き着いていた。
暑くもなく、寒くもなく、快適な中で一晩過ごせそうだ。
勇者様には枯れ葉の布団を作ってあげた。ここにマントを広げたら、簡易的な寝床になろう。
「今晩は私が先に火の番をしておきますので、あとで声をかけますね」
「ああ、わかった」
焚き火を前に、長い夜を過ごす。
勇者様は横になり「案外快適だ!」と言っていた。地面で眠ったあとなので、余計にそう思うのだろう。
勇者様は秒で眠っていた。あまりにも早い入眠である。
イッヌは勇者様の顔面の前で丸くなっていた。すでに眠っている勇者様の口に、イッヌの毛が入り込んでいる。あれは大丈夫なのか。
まあ、寝顔が穏やかなのでよしとしよう。
孤独な夜を過ごすはずだったが、ぶーちゃんが私の隣に並んでくれた。
『ぴい~!』
まるで付き合ってあげよう、とでも言っているようだった。
焚き火に木の枝を入れて焼べつつ、長い夜を過ごしたのだった。
五時間ほどで交替してもらう。勇者様を起こし、火の番を頼んだ。
イッヌも一緒に起きて、頑張ると主張するかのように『きゅん!』と鳴いていたものの、目は半分以上閉まっている。
勇者様も、寝ぼけ眼でのろのろ起き上がっていた。
「頼みますからね」
「ああ、任せろ」
木の枝はぶーちゃんが集めてくれたので、十分すぎるほどある。
あとはテンポよく、焼べてくれたらいい。
焚き火がパチパチ鳴る音を聞きながら、私とぶーちゃんは眠りに就いたのだった。
翌日――イッヌの悲痛な鳴き声で目を覚ます。
『きゅううううううん!!』
「え、何?」
『ぴいい?』
のっそり起き上がると、イッヌが私に向かって駆けてきた。
『きゅううん! きゅううううん!』
「え、なんですか?」
『ぴ、ぴいい……』
ぶーちゃんが勇者様のもとへ視線を向ける。
「え……勇者様?」
勇者様は白目を剥き、口から血を吐いて倒れていた。
手には、木の枝に刺さった食べかけのキノコがある。
「あ、それ、猛毒キノコ」
勇者様はまた、バカな行為を働いてくれたようだ。
死因:勇者→猛毒キノコを食べたことによる毒死
概要:猛毒キノコ。この世界に存在する最強の毒を持つ。少し舐めただけで死ぬ。




