食事の時間だ!
勇者様はすぐさまぶーちゃんを抱き上げ、褒めちぎる。
「まさか、ぶーちゃんがそのような戦闘能力を秘めていたとは! 私の目はたしかだったわけだな!」
『ぴい!』
ぶーちゃんは非常食としてスカウトしたのに、まるで使い魔として契約を持ちかけたかのように聞こえてしまう。
「あのように巨大なモンスターを一撃で追い払うなんて、ぶーちゃんは天才豚に違いない!」
ぶーちゃんは天才豚ではなく、聖猪グリンブルスティである。呪いで弱体化しているようだが、その辺のモンスター相手であれば十分に実力を発揮できるのだろう。
勇者様はぶーちゃんだけでなく、イッヌも褒め始めた。
「イッヌも、出会ったころよりもずいぶんと大きくなったな! 最強のフェンリルになる日も近いだろう」
『きゅううううん!』
ぶーちゃんのついでに褒められたイッヌは、尻尾が千切れそうなほど振っている。大喜びしていた。
勇者様は大きくなったと言ったものの、イッヌはミニチュア・フェンリルで、今の姿が成犬である。いったいどこが大きくなったと言うのか。
強いて挙げるのであれば、横方向に向かって大きくなっているような気がする。
勇敢なる者の唯一の才能を持つ勇者様の、特別な魔力を供給されたから、あのような体型になっていったのだろう。
イッヌが旅に遅れるほど太る前に、魔力を少々制限してほしいとお願いしなければならない。
それから、数体のモンスターと対峙したものの、すべて大森林の外で遭遇したよりも強かった。
ひとまず大森林に出現するモンスターは、通常見かけるものよりも強化された存在であることがわかった。
きっと世界樹と何か関係があるのだろう。
「モンスターの異変については把握できた。あとは、世界樹のもとに行って、様子を探るしかない」
世界樹のもとには、本物の勇者様ご一行が行っているはずだ。モンスターの問題が解決していないということは、まだ行き着いていないのかもしれない。
まだ勇者様と勇者様(本物)を会わせるのは早い気がするのだが。
互いに魔王に打ちのめされた中、手を組むしかないというシチュエーションで出会ってほしいのだが。
「世界樹のもとへはどう行こうか」
ざっくりとした強い魔力の流れはわかるようだが、正確ではないと言う。
「ああ、そうだ。私、大森林の地図を購入していたんです」
「そんなものがあるのか?」
「はい。限定販売されているようですよ」
魔物避けを振りかけて簡易結界を作り、その場にしゃがみ込む。
勇者様の前で、買ったばかりの大森林の地図を広げた。
行動食をかじりつつ、地図に視線を向ける。
「勇者様、こちらです」
地図には魔法が付与されていたようで、私達が現在いる現在地が微かに光っていた。
「おお! これはすばらしい機能が付いている地図だな」
かなり高額だったものの、思いきって買ってよかった。
「えーっと、ここが現在地で、世界樹がある場所はわかりますか?」
地図の中に世界樹らしき表示はなかった。
勇者様は眉間に皺を寄せ、地図を眺めている。
「おそらくだが――月明かりがもっとも届くのは、この辺ではないのか?」
勇者様が指差したのは、最深部であろう場所にぽっかり穴が空いた場所である。
大森林の中でもっとも開けているので、マナの源たる月明かりを集めるのにうってつけの場所だと言う。
「かなり奥地になりますね」
「ああ」
歩いたら何日かかるのだろうか。考えただけでもうんざりしてしまう。
ただ、世界樹のもとに行く着くまでに、道具屋や宿屋、教会などがいくつか建っているらしい。そこに立ち寄りながら、先に進めばいいのだろう。
「とにかく行くしかない、というわけか」
「ですね」
死んでしまったら初めからやり直しなので、なんとか頑張りたい。
「なるべく、モンスターと遭遇しないように行きたいですね」
そんな願望を口にしたら、ぶーちゃんが『ぴい!』と力強く返事をした。
まるで、道案内は任せろ! と言っているように聞こえる。
都合がいいように解釈しただけだろう。そう思っていたが、ぶーちゃんの先導で歩き始めた途端、モンスターに出会わなくなる。
「突然モンスターがいなくなったな。勇者である私に恐れをなしたか」
「そうだといいですねえ」
勇者様を恐れてモンスターが回れ右をしたのではなく、ぶーちゃんがモンスターがいないほうへ導いてくれているのだろう。
五時間ほど散策しただろうか。世界樹がある最深部はまだ遠い。
「勇者様、そろそろお腹が空いてきたので、食事にしましょう」
そんな提案をすると、勇者様は警戒するように顔を顰める。
「またこの前のように、ぶーちゃんの餌をいただくのか?」
「いいえ。聖都で携帯食を買ってきました」
行動食を売っているお店で買ったものだ、と説明すると、勇者様の眉間の皺が和らいだ。
「ガッツリお肉が食べたいですか?」
そう尋ねると、勇者様の眉間には再度皺が刻まれる。
「これまで生肉を持ち歩いていたと言うのか?」
「いいえ、干し肉です」
そう聞くやいなや、勇者様の眉間の皺はさらに深くなっていく。
「干し肉を食べるくらいならば、イッヌやぶーちゃんを口に含んで、飢えをしのいだほうがマシだ」
「独特な方法で空腹を誤魔化さないでください」
普通の道具屋で販売されている干し肉とはかなり違うものである。一度、その目で見てもらったほうがいいだろう。




