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クズ勇者が優秀な回復師を追放したので、私達のパーティはもう終わりです  作者: 江本マシメサ
第三章 大森林の大問題

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28/90

大森林の夜

 大森林の外では夕方くらいか。

 周囲はすでに真っ暗で、夜も更けるような雰囲気である。

 そんな状況の中、勇者様は肩を抱いてガタガタと震えていた。


「勇者様、寒いですか?」


 そう問いかけると、白い息がでていることに気付いた。

 大森林は夜になると、急激に冷え込むらしい。朝方は霜が振っている可能性がある。

 雪山に行くような毛皮の装備が必要だったのかもしれない。


「魔法使い、お前は寒くないのか?」

「まあ、言われてみれば寒いと思いますが、わりと耐えられる寒さですね」

「お前の体感はどうなっているんだ!」


 雪を布団代わりに眠ったこともあるので、この程度の寒さはなんてことない。

 勇者様は暖炉のある部屋で、ふかふかの布団の中で眠るような環境で育ったのだ。この寒さが辛く感じるのも無理はないだろう。


 気の毒なので、再度焚き火を熾す。

 勇者様はぶるぶる震えながら、炙り焼きになるのではと思うような距離まで火に近付いていた。

 木の枝が必要になると呟くと、イッヌやぶーちゃんが拾いに行ってくれる。

 本当にいい子達だ。


「勇者様、焚き火の火は絶やさないようにしていてくださいね」

「ああ、そうだな。この小さな火は命の灯火ともしびだ」


 不吉なことを言ってくれる。ひとまず、夜間は交代で火の番をしたほうがいいだろう。


「そういえば、私達だけで野営をするのは初めてですね」

「言われてみればそうだな」


 回復師がいた頃は、モンスターを絶対に寄せ付けない頑丈な結界の中、テントの中でぬくぬく眠っていた。

 彼女が持ち歩いていた寝具はふわふわふかふか、このうえなく極上で、高級宿で眠るような心地を味わっていたのである。


 当然ながら、私と勇者様の旅路にテントどころか、ぬくぬくできる寝具なんてない。


「勇者様、テントや寝具なんてありませんから、風邪を引かないように、マントに包まって眠ってくださいね」


 勇者様は信じがたい、という目で私を見ていた。


「この私に、地べたで眠るように言っているのか?」

「そうですが」

「あのテントや寝具も、回復師が管理していた品だったのか」

「あんなもの、旅をしながら持ち運べるわけがないでしょう」


 ショックを受けている勇者様に質問を投げかけてみる。


「勇者様、回復師様を追放したことを後悔していますか?」

「後悔? 別にしていないが?」


 はっきり即答したので驚いてしまう。


「でも、彼女がいたら戦闘中に死ぬことなんてありませんし、おいしい食事は作ってもらえるし、温かい寝床を用意してもらえるのですよ?」

「それはそうだが、私は自分の発言や決定が間違っていると思ったことは一度もない。彼女との縁も、あの場で終わる運命だったのだ」


 いくら酷い目に遭ったとしても、後悔という言葉は勇者様の中に存在しないらしい。

 なんて強い人なのか。ある意味羨ましいと思ってしまう。


「でも、この先きっと、後悔する瞬間が訪れると思います」

「どうしてそう思う?」


 勇者様の問いかけに答える代わりに、空を見上げた。

 ふわり、と小さな雪の粒が降ってくる。


「勇者様、もう眠りましょう」

「お前が先に眠っておけ。朝方、火の番を頼む」

「わかりました。もしも火が消えてしまったときは、私を起こしてくださいね」

「ああ」


 身を縮め、マントに包まるように横になる。

 勇者様はごつごつと固い地面で熟睡できるのだろうか。心配でしかない。

 目を閉じると、意識が遠退いていった。


『きゅん! きゅん!』

『ぴいいい! ぴいいいい!』


 イッヌとぶーちゃんの焦ったような鳴き声で目を覚ます。

 いったい何があったというのか。

 瞼を開くと辺りは一面銀世界。熾した焚き火はきれいさっぱり消えていた。

 私にも雪が積もっている。通りで肌寒いわけだ。

 どうやら昨晩、大森林に雪が降ったらしい。一晩でここまで積もるとは。

 ここでイッヌとぶーちゃんが、勇者様のすぐ近くで鳴いていることに気付いた。


「ん……? どうかしたんですか?」


 声をかけると、イッヌが私のもとへ駆け寄ってくる。


『きゅうううん!! きゅん!!』


 イッヌは私の袖を摘まみ、勇者様のもとへ誘おうとする。

 何を言っているのか謎でしかないが、勇者様に何かあったのは確実だろう。


「はいはい、勇者様に何かあったのですね。わかりました」


 全身に降り積もっていた雪を払い、勇者様のもとへと向かう。

 ぶーちゃんが勇者の頬を蹄でぺちぺち叩いているところだった。

 勇者様の頬には、ぶーちゃんの蹄の痕がたくさん付いている。


「勇者様、どうしたんですか?」


 顔を覗き込んだ瞬間、ヒュ! と息を飲み込んでしまう。

 勇者様の唇は真っ青で、顔から血の気のいっさいがなくなっていた。


「勇者様、起きてください! 勇者様!」


 そういえば、以前ギルドで噂話を耳にした覚えがある。

 体の熱が急激に奪われると、人は生命を維持できなくなってしまうと。

 焚き火の火を絶やさないように言っていたのに、勇者様はすっかり忘れ、火の番を私に任せる前に眠ったようだ。


 皆で勇者様の体を揺すっていたものの、いっこうに反応はない。

 まさかと思い、首筋に指先三本を当ててみる。

 通常であれば、ドクドクと脈打っているはずだ。

 けれども勇者様の脈は反応がない。

 鼻先に手を近付けてみても、吐息を感じなかった。

 瞼をこじ開け、瞳を覗き込む。

 瞳孔が開いたままだった。

 つまり、これらの特徴が示す意味は――。


「し、死んでる!?」


 勇者様は極寒の中で、ひっそりと命を落としていた。

死因:勇者→低体温症

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