ぶーちゃんの餌を食べよう
このクソクソクソクソお坊ちゃんは、イモの芽を取り除かないどころか、土が付着した皮ごと食べようとしていた。
私が止めていなかったら、再度お腹を痛めていたことだろう。
「ならば、果物のように皮を剥けばいいのか!?」
「そういう問題ではありません。イモは普通、加熱して食べるものなんです」
「ならば、得意の大噴火で焼いてくれ」
「魔法で焼いたら、一瞬で炭と化すに決まっているでしょうが!」
本当に勇者様は生活の知識が欠片もない。
これが幼少期からお世話されて育った、箱入り息子なのだな、としみじみ思ってしまう。
ふと、辺りを見回してみると、先ほどよりも薄暗くなっている。
この森の中は時間の経過が外界と違っているのだろうか。
やってきたばかりだが、暗闇の中での散策は危険だ。
なぜかというと、月灯りを浴びたモンスターは、昼間よりも凶暴化するから。そんなわけで、今日のところはここで野営するしかないだろう。
魔物避けを振りまいて、野営地作りを行った。
大森林のモンスターに効果があるか謎だが、やらないよりはマシだろう。
「魔法使い、私は何をすればいい?」
「では、辺りにある枝や枯れ葉を集めてきてください」
「わかった」
勇者様はイッヌやぶーちゃんと協力し、その辺に落ちている木の枝や木の葉を拾い集めてきた。
燧鉄を使って火を熾し、めらめら燃える様子を見守る。
「おい、この火でイモを焼くのではないのか?」
「火の中にイモを入れたら、あっという間に焦げてしまいますよ」
ナッツでも食べて大人しくしているように、と言って手渡す。
勇者様は焚き火を眺めながら、ぶーちゃんと一緒にナッツを食べていた。
焚き火の火はどんどん弱くなり、最終的に消えてなくなる。
この状態になって初めて、イモの調理を始めるのだ。
長い杖で灰を掘り、その中に芽を取り除いたイモを入れて覆う。
あとは、余熱でイモに火が通るのを待つばかりだ。
「魔法使いよ、あとどれくらい待ったら完成するのだ?」
「さあ? 気長に待ってください。夜は長いので」
辺りはすっかり真っ暗である。
幸いにも周囲にモンスターの気配はないので、しばらくはゆっくり過ごせそうだ。
それから一時間半ほどで、イモは食べられる状態になった。
長い杖でイモを掘り起こし、勇者様のほうへ転がしていく。
「どうぞ召し上がってください」
「とても配膳されている気分にならないのだが」
まるで餌やりのようである。喉まででかかっていたものの、悪いと思って口にしなかった。
「おい、魔法使いよ、変なことを考えていないだろうな?」
「いいえ。お口に合えばいいな、と思っておりました」
「嘘を言え!」
変なところで勘が鋭いので、表情管理もきちんとしなければならない。
勇者様は一筋縄ではいかない人物なのだ。
「イモの皮は灰まみれなので、きちんと剥いてから食べてくださいね。あと、熱いので手巾か何かに包んでから食べてください」
「そこまで口うるさく言わずとも、できたての料理が熱いことくらいはわかっている!」
本人はそう主張しているものの、怪しいものである。
イモは勇者様とぶーちゃんにふたつ、私はひとつ焼いてみた。
まずはぶーちゃんの分の皮を果物ナイフで剥いてあげた。
すると、イモの皮剥きに苦戦していた勇者様が物申す。
「お前、ぶーちゃんには優しいのだな」
「ぶーちゃんの蹄では上手く皮が剥けませんから」
勇者様は立派な五本の指があるので、しっかり頑張ってほしい。
岩塩も削いで、イモに少しだけふりかけてあげる。
「さあ、ぶーちゃん、どうぞ」
『ぴいいいっ!』
ぶーちゃんは私にお礼を言うように鳴き、イモを食べ始める。
おいしかったのか、瞳がきらりと輝いた。
残りも剥いておき、ぶーちゃんの傍に置いておいた。
勇者様はまだ、イモの皮剥きに苦戦しているようだ。
「あの、勇者様、剥いてあげましょうか?」
「いい! これくらい、私にもできる!」
「はあ、さようで」
炭で加熱したイモは、ホクホクしていておいしい。
空腹だったのも、いいスパイスになったのだろう。
勇者様は苦労の末、イモを剥き終えた。その表情は達成感で輝いている。勇者様がもたもたしているうちにイモを完食していた私は、やる気のない拍手を送ったのだった。




