復活した勇者様
今晩の宿はどうしようか。
高級宿は普通の冒険者は門前払いを食らってしまう。貴族である勇者様がいるからこそ、宿泊できるのだ。
かと言って、怪しい安宿には泊まりたくない。
ただ、ここは聖都である。余所の街よりは、街の治安もいい。
宿もそこまで悪いものではないだろう。
どうしたものか、と考えているところに、白い鳩が飛んできた。
『くるっぽう!』
教会が放った鳩だろう。腕を伸ばすと、鳩は私の手の甲で羽を休ませる。
足には紙が結ばれていて、解いて読んでみると、勇者様の蘇生が終わったという旨が書かれてあった。
どうやら宿選びをするより先に、勇者様を迎えにいかなければならないらしい。
聖水に浸けなければならないと言っていたので、もっと時間がかかるかと思っていたが。
「教会に行きますか」
私の独り言に対し、鳩が『くるっぽう!』と返事をするように鳴いたのだった。
勇者様初めての単独死亡である。
いったいどのような様子で復活を遂げたのか。
教会に向かうと、勇者様はすでに私を待ち構えているような姿で佇んでいた。
「魔法使いよ、遅かったな」
そんな言葉に対し、はーーーーーと盛大なため息が零れる。
「お前、私の顔を見るなりため息を吐くなど、失礼ではないか!?」
「はいはい、すみませんでした」
「心がこもっていないぞ」
「それはいつもです」
「なんだと!?」
うっかりフォレスト・ボアを食べて死んでしまったと言うのに、反省するような様子はいっさい見られなかった。
そんな勇者様の蘇生を心から喜ぶのなんて、イッヌくらいである。
イッヌは今も勇者様にキラキラな瞳を向け、尻尾を健気に振っていた。
「勇者様、行きましょうか」
「そうだな」
教会の外にでた勇者様は、聖都の白い街並みに感嘆の声をあげる。
「ここが聖都か! ようやく辿り着いたな!」
その言葉は、自分の足で行き着いた人が言うものだろう。
森から三時間もかけてイッヌと共に勇者様を引っ張ってきたのに、感謝も謝罪の言葉すらなかった。
今になって、勇者様(本物)の仲間に志願しなかったことを後悔する。
勇者様を見捨てていたら、受け入れてくれた可能性があったのに。
それにしても、どうして勇者様と勇者様(本物)はあんなにもそっくりなのか。
「魔法使いよ、なぜ、そのように私の顔をまじまじ見つめる?」
「いえ、さっき勇者様にそっくりな人を見たんです。年齢が近い兄妹がいらっしゃるわけではありませんよね?」
「私はひとりっ子だが?」
「従妹などのご親戚は?」
「十歳以上年が離れた従弟なら数名いるが」
十歳も離れていたら、勇者様の親戚という説はありえないだろう。
不思議なのは、勇者様と勇者様(本物)様は顔がそっくりなだけでなく、身長や体格も鏡映しのように似ている点だろうか。きっと年頃も同じくらいだろう。
通常、体格は男女差があるはずなのだが……。
「まあ、この世界には似ている者が三人はいるからな!」
そんな言葉で片付けてもいいものなのか。
まあ、考えるだけ無駄なのかもしれない。
「この街に大森林へ繋がる道があるようだが」
「ああ、教会に転移陣があるそうですよ。寄付で入れるそうです」
「詳しいな」
「喫茶店で話を聞きまして」
「そうか」
大森林に向かう前に、準備が必要だろう。
魔法薬はすべて、フォレスト・ボアを食べて倒れた勇者様が消費してしまったから。
「ひとまず、魔法薬を揃えて――」
「あとは食事をどうにかしたい!」
「具体的には?」
「回復師がしていたように、できたての料理を食したい」
「それは難しいお話です」
調理道具を持ち運んで旅をするというのは無理だ。
「鍋くらいであれば、私が背負ってもいい。蓋は盾代わりにもなるだろうし」
「調理道具を戦闘に使わないでください」
勇者様は苦しい思いをして死んだ痛みを、すっかり忘れているようだ。
呆れたの一言である。
「勇者様、料理をするには鍋だけでなく、調味料や食器、食材など、豊富な材料が必要になるんです。収納魔法もなしに持ち歩くことは不可能なんですよ」
「まだしていないのに、なぜできないと言うのだ」
「結果がわかりきっているからですよ」
最大の問題は、調理である。
「私は料理なんてできないですからね!」
「ならば、料理人を仲間に引き入れようか。調理道具もその者に持たせたらいい」
「戦闘能力がない料理人を、守りながら旅なんて続けられるわけがないじゃないですか!」
ああ言ったらこう言う――そんな感じで、勇者様は料理に対し妥協しなかった。
「わかりました。では、料理の材料を買いに行きましょう」
「いいのか!?」
「ただし、私は調理道具は一切持たないですからね」
「ああ、わかった!」
そんなわけで、私は勇者様と共に、しぶしぶ市場へ向かったのだった。




