死から甦る者達
暗闇の中をゆらゆらと彷徨う。
このまま闇の中に沈めたらいいのに、誰かが私の腕を掴んで、強制的に光の中へと導く。
「――神よ、迷える者を救い給え!!」
野太い中年男性の声で覚醒する。
「意識が戻りましたか?」
「……はい」
私の顔を覗き込んできたのは、純白の法衣に身を包んだ聖司祭。
もっと詳しく言うのであれば、見知らぬおじさんである。
周囲を見渡すと、美しいステンドグラスに大きな十字架が見えた。
ここは間違いなく、世界各地にある教会のひとつなのだろう。
頭の中が混乱状態だったものの、聖司祭と話をしているうちに、先ほどまでの状況を思い出した。
勇者様が回復師を追放したあと、ゴブリンに襲われてしまった。
全身の血肉をぐちゃぐちゃになるまで蹂躙され、壮絶な痛みと共に絶命する。
不運にも才能持ちのモンスターだったのだ。
この世界に生きる者達は、神より才能を授かって生まれる。
才能は大きく分けて二種類存在していて、魔法使いや剣士などの分類を表すものと、火の玉や稲妻など、能力を表すものがある。
より多くの技を使えるのが前者で、より強力な技を使えるのが後者となっている。
それは人だけに限定せず、モンスターも同様に。
ただ、モンスターの大半は才能を持たない空っぽが大半である。
先ほどのゴブリンはめったに出会うことのない、才能持ちのモンスターだったわけだ。
そんな才能持ちのゴブリンから殺されてしまった。それなのに今、生きているのは理由がある。
この世界に生きる人々は、聖司祭の〝死者再生〟の才能で生き返ることができるのだ。
ただ死者再生も完璧ではない。三日以内に発見されなかったときは死んでしまう。
あとは病気や寿命に死者蘇生は作用されない。さらに、大型の魔物に食べられ、きれいに消化されてしまったら蘇生はできないようだ。
今回、早い段階で発見された私達は幸運だったのだろう。
「きちんと再生されているか、確認していただけますか?」
そう言って手鏡を差しだされる。
鏡に映り込んだのは紫色の瞳を持ち、ローズピンクの髪を三つ編みのおさげにした、十代前半にしか見えない自分自身の姿。
魔法使いが被るとんがり帽子に、星魔法が付与された外套を纏う姿を確認できた。
すぐ近くには、猫の彫刻が先端にあしらわれた長い杖が転がっていた。
どうやら装備品は無事らしい。
ホッと胸をなで下ろす。
というのも、ここに私達の死体を運び込んだ者がいるのだが、彼らは略奪者と呼ばれ、〝盗み〟の才能を持つ者達である。
道ばたに転がった死体を見つけては、装備品と引き換えに、教会へと運んでくれるのだ。
最悪な場合は、全身の身ぐるみを剥がされてしまう。
少し離れた場所に全裸で転がる勇者様のように……。
勇者様は「はっ!?」と声をあげて目覚める。
「こ、ここは教会なのか!? どうしてここに!?」
「死んでしまったからですよ」
「死、だと!? この私が!?」
聖司祭の背後に隠れ、勇者様の裸体が見えないように努める。
ここでようやく、自身が生まれたままの姿であることに気付いたようだ。
「な、なぜ私は全裸なのだ!?」
「略奪者に奪われたからですよ」
「は!?」
「ご存じないのですか? 一回死んで略奪者に発見されたら、装備品と引き換えに、教会へ運んで蘇生してもらえるのです」
「そんな……!! この私が死んで装備品を奪われるなど、ありえないだ――くっちゅん!!」
全身から感じる肌寒さが、勇者様に「これが現実なんだ」と知らせてくれるようだった。
「なぜ、私はザコなゴブリンを前に倒れてしまったんだ!?」
「才能持ちのゴブリンでした。仕方がない話かもしれません」
「そ、そうだったのか! おのれゴブリンめ。勇者であるこの私に楯突くなど、生意気にもほどがあるぞ! 不意打ちで才能を使い、私を倒すなんて卑怯な奴め!」
勇者様を倒したのは、ゴブリンの才能によるものではない。
手にしていた棍棒で、急所を思いっきり殴っただけだ。
指摘してあげたいのは山々だったものの、これから魔王を倒すのに自信を失ったら大変だ。今回は黙っておく。
「今日の私はどうしてしまったんだ。ゴブリンなんかに倒されるなんて」
別に、勇者様はどうもしていない、通常営業である。
これまで一度も死ななかったのは、回復師の過保護すぎるサポートがあったからだ。
彼女も気の毒な女性である。
あんなろくでなし勇者様の幼馴染みとして生まれてしまったばかりに、これまで尻拭いを続けていたなんて。
「それにしても略奪者め……!! この私の装備をすべて奪うなんて許せん!!」
略奪者のおかげで命拾いしたと言うのに、この言いようである。
たしかに盗みはよくないが、略奪者は神より盗みの才能しか与えられなかった。盗みをしながら生きるしか、道はないわけなのだ。
ある意味では同情してしまう。
才能は生まれたときから先天的に備わっており、才能次第で人生の大半が決まってしまう残酷な世界なのだ。
中でも、唯一の才能を持つ者達は、特別待遇を受ける。
目の前にいる愚か者である勇者様も、唯一の才能である勇敢なる者の持ち主なのであった。
ただ、勇者様は完全ではない。
私が使える魔法のひとつ〝千里眼〟で見抜いた情報によると、勇者様の才能は変わっていた。
なんと、勇敢なる者の後ろに(補欠)と書いてあったのだ。
つまり、この世界のどこかに本物の勇者様がいて、今全裸でいる勇者様は予備というわけなのだ。
そんなことなど知らない勇者様は、全裸状態からどう脱そうか悩んでいる。
「聖司祭、その上着を寄越せ!」
「いえ、こちらの法衣はお譲りできないのです」
「全裸で世界を救えと言うのか!?」
「そうは言われましても……」
駄々を捏ねた結果、勇者様は聖司祭から聖布を譲ってもらったようだ。
恩人:聖司祭
復活:〝死者再生〟によるもの。
概要:聖司祭は略奪者より金品の一部と引き換えに死者再生を行う。甦った者達は知る由もない。