偶然の出会い
私とイッヌは頭から魔物避けを被り、びしょぬれ状態で勇者様のご遺体を運ぶ。
金ぴかの鎧を装備した勇者様はとてつもなく重たくて、なんだか腹が立ってきた。
「イッヌはこんなに重い遺体を、何度も街に運んでくれたのですね」
私の言葉に対し、イッヌは気にするなとばかりに、尻尾をぶんぶん振ってくれた。
三時間ほどかけて勇者様を街までつれて行く。
ここは第二の都市とも言われている、枢機卿が治める〝聖都〟と呼ばれる街だ。
白を基調とした街並みが、他とは異なる神聖な雰囲気を醸し出している。
いつもだったら教会はすぐにわかるのに、どこもかしこも白い建物だらけで迷ってしまった。
ようやく発見し、勇者様の遺体をひとまず預ける。
聖司祭は慈愛の微笑みを浮かべながら、手を差しだしてきた。
イッヌがお手をしようと前足をシャカシャカばたつかせる。小さな犬なので、聖司祭の手に届くはずがなかった。
代わりに、私がハイタッチしておく。
パァン! と心地よい音が教会内に響き渡った。
聖司祭は一瞬ポカンとしていたものの、すぐにハッと我に返る。
「ち、違います! 寄付を寄越すようにと言いたいのです!」
「ああ、お金ですか」
「いいえ、寄付です!!」
お金に違いないのに、どうして遠回りな言い方をするのか。まったく理解できなかった。
白目を剥いている勇者様の懐を探りたくなかったので、ダメ元でツケを提案してみる。
「あの、こちらのご遺体はかの有名な公爵の嫡男であり、勇者様なのです。そのお金――ではなくて、寄付金は彼のご実家にたんまり請求していただけないでしょうか?」
「ああ、なるほど! そういうわけでしたか。では、勇者様のご実家に寄付のお願いをしたいと思います」
あっさりツケが通用してしまった。
「その、こちらのお方は壮絶なご様子で息絶えているようですが、いったいどうやって亡くなられたのですか?」
「フォレスト・ボアのお肉をたんまり召し上がりました」
「ああ、禁忌を犯したのですね」
禁忌を犯して死んだ場合は、聖水に浸けて浄化しなければならないらしい。でないと、殺したモンスターから呪れてしまうようだ。
「少し日数がかかるかと思います。復活しましたら、伝書鳩を送りますので」
「わかりました」
どうやら時間潰しをしなければならないらしい。
イッヌは勇者様の遺体の傍から離れようとしない。私はひとりで教会を出た。
本日は晴天。空を飛ぶ鳥も聖都だからか白い鳥ばかりだ。
修道士や修道女が多く行き来していて、信者らしき白衣を纏う人々もたくさんいた。
思いのほか、冒険者らしき人々が多いのは、旅の安全を祈願しにやってきているのか。
聖都には祈りを行うための礼拝堂も多々あるという。
さて、これからどうしようか。
昼食は干し肉一枚しか食べていないので、お腹がぐーぐー鳴っていた。
しかしながら、どこかで一度身を清めてから食堂に行きたい。
フォレスト・ボアを焼いた臭いが、髪の毛や服に染み付いているように思えてならないのだ。
キョロキョロ辺りを見回していると、大衆浴場を発見した。
看板には〝聖水温泉〟と書かれている。
なんだかスッキリしそうなので、ここに決めた。
教会管轄の施設のようで、受付には修道女がいた。
「おひとり様、半銀貨一枚の寄付になります」
意外と高かったものの、ギルド長から貰った報酬があったので、それで支払った。
「寄付いただき、ありがとうございます」
いちいち寄付と言わなければならないのも大変そうだ。
「あの、服も洗っていただきたいのですが」
「では、追加で銅貨三枚の寄付をいただきます」
こういう施設には洗濯メイドがいて、服を洗ってもらえるのだ。
魔法で乾かすので、上がってきたころには服がきれいになっているわけである。
これで完全に、フォレスト・ボアの臭いとおさらばできよう。
出入り口は男女別れていて、女湯のほうはたくさんの人達がいた。
服を脱ぎ、洗濯メイドに預けたあと、浴室へ向かう。
ここでは必ず、体を洗わないと浴槽に浸かってはいけないのだ。
浴室の床や浴槽は大理石でできていて、真っ白だった。
壁際には蛇口があり、魔石を捻るとお湯がでてくる仕組みである。
石鹸や垢擦り用のブラシは持参しなければならない。しっかり鞄の中に入れていたので、それで体を洗う。
まずは髪を洗い、ブラシで体の汚れを落とす。
長い髪は紐で縛ってから、お湯に浸かった。
聖水温泉はお湯が白濁としていて、ミルクのようにとろりとしている。
なんだか甘いいい匂いも漂っていた。
「ふーーーーー」
ここ最近の疲れが湯に溶けてなくなるような気持ちよさだ。
浴室は清潔だし、泉質も好みだ。高い入浴料を払っただけある。
このあとは食堂に行って、何かおいしいものを食べたい。
宿もいい部屋を取って、ふかふかの布団で眠りたかった。
野望が次々と浮かんでくる中、突然声がかかる。
「あれ、もしかして魔法使いさん!?」
声がしたほうを見ると、回復師が驚いた表情で私を見ていた。
「あ――」
「どうしたの、こんなところで!? まさか、あなたもパーティーから追放されたの!?」
矢継ぎ早に質問され、たじろいでしまう。
そんな私に助け船をだしてくれる者が現れた。
「回復師よ、そのように一気に話しかけてしまったら、彼女も困るだろうが」
優しくたしなめるのは、金色の髪に緑色の優しげな瞳を持つ美丈夫――勇者様(本物)だ。
改めて見ても、勇者様にそっくりである。
その身は筋骨隆々で、腕や胸元に大きな傷があった。それらはモンスターと戦った名誉の傷なのだろう。
「ちょっと勇者! そんなちんちくりん女なんて、放っておきなさいよ!」
続いて現れたのは、尖った耳を持つド迫力美女。
ハイエルフの賢者だ。
まさか勇者様ご一行と聖水温泉でバッタリ出会ってしまうなんて。
人生、何が起こるかわからないものである。




