いただきますとごちそうさま
フォレスト・ボアは先ほどから、肉が焼けるような香ばしい匂いを漂わせていたのだ。
私達はそんな匂いをかぎながら、カラッカラの干し肉を食べていたわけである。
「ちょうどお前の魔法で毛皮が焼け、肉がそぎ落としやすくなっているだろうが」
「はあ」
「今日はフォレスト・ボアを昼食にするぞ!」
「しかし勇者様」
「お前の言うことは聞かない! 私はこいつを食べると決めた!」
そう宣言するやいなや、勇者様は腰に差していた金ぴか剣を引き抜く。
「あーーーー、勇者様、それを使うのはちょっと」
「うるさい!」
切れ味ばつぐんな金ぴか剣で焼けた皮を削いでいく。
続いて、フォレスト・ボアの肉を切り分けていった。
「解体、思いのほかお上手ですね」
「ふん。魔法学校時代に、狩猟部に所属していたからな! 獣を仕留めて、解体し、食べるまでが活動だった」
勇者様は脂身が多いバラ肉を切り落とし、食べやすい大きさにカットしていた。
大きな肉を金ぴか剣に突き刺し、私に大噴火で火を熾すように命じる。
「魔法で肉を焼くのはちょっと」
「いいからやれ!」
命令されたからにはやるしかない。
勇者様を焼かないように気をつけつつ、魔法を展開させた。
「――噴きでよ、大噴火!」
フォレスト・ボアの肉めがけて、岩漿が飛びだしてくる。
「おおおおおおお!!」
勇者様の前髪を少しだけ焼いてしまったらしい。慌てた様子で、水筒の水で消火していた。
金ぴか剣に刺さったフォレスト・ボアの肉は炭と化す。
こうなると思っていたのだ。
勇者様は四つん這いになり、悲しみの声をあげていた。
「ううう、こんなはずでは!!」
「勇者様、その辺に転がっている岩漿で、フォレスト・ボアの肉を炙ったらいかがですか?」
「それだ!!」
勇者様は素早く起き上がると、新たにフォレスト・ボアの肉を切り分ける。
ほどよい大きさにカットしたものを金ぴか剣に刺し、炙り始めた。
「おお、今度はいい感じだぞ!」
肉が焼けるいい匂いが、ふんわりと漂ってくる。
脂身が多いので、油がジュワジュワ跳ねていた。
「よし! こんなものか!」
「勇者様、本当にフォレスト・ボアなんか食べるのですか?」
「当たり前だ」
「その、止めたほうがいいのでは?」
「うるさい!」
見た目は豚肉にしか見えないが、紛うかたなきモンスターである。
私の制止なんて聞く耳はないようで、勇者様はフォレスト・ボアの肉にかぶりついた。
「――っ!!」
勇者様はカッと目を見開き、瞳をキラキラ輝かせる。
「な、なんだ、この肉は! 何も味つけしていないというのに、噛めば噛むほど旨みを感じる!」
どうやらフォレスト・ボアの肉は、これまで美食の限りを尽くしてきたであろう勇者様の舌も認めるほどのおいしさらしい。
それから無言で平らげ、次の肉を焼き始める。
よほどおいしかったのか、先ほどよりも大きく切ったものを食べるようだ。
焼き上がったフォレスト・ボアの肉は、小さくカットされて私の前に差しだされた。
「お前の分だ。食べろ」
「勇者様……!」
まさか、私にも分け与えるためにたくさん焼いてくれていたなんて。
俺様で自分勝手、尊大な物言いが玉に瑕な残念勇者様だと思っていたのだが、他人を慮る感情があったとは驚きであった。
勇者様を見直した瞬間である。
「勇者様、ありがとうございます。とても嬉しいです。でも、いりません」
「おい!!!!」
勇者様の額には青筋が浮かび上がり、私を怒鳴りつける。
「お前、しっかり食事を取らないと、この先倒れてしまうからな! 今度は死体になっても、絶対に拾ってやらんぞ!」
「はあ、そのときはそのときです」
「クソが!」
勇者様はプリプリ怒りながら、フォレスト・ボアの肉を頬張る。
すぐに表情は明るくなった。
切り替えの速さは彼のいいところだろう。
それから勇者様は満足いくまでフォレスト・ボアの肉を召し上がった。
しかしながらその数分後――。
「ぐあああああ!! ああああああ!! ひいいいいいい!!」
勇者様は苦しげな様子でお腹を押さえ、地面をのたうち回っていた。
顔は真っ赤になり、脂汗をだらだら流している。
「なんなんだ、この痛みは!!」
「フォレスト・ボアに中ったんですよ。というか、モンスターを食べるのは禁忌ですから」
さらに、モンスターの血をこれでもかと吸い込んだ金ぴか剣で調理したのだ。
お腹を壊さないほうがおかしいだろう。
「禁忌など知らん!! 魔法使いよ、どうして止めなかった!!」
「何回も止めましたよ。私の話を聞かなかった勇者様が悪いのです」
「く、くそがああああああ!!!!」
モンスターの血肉には濃い魔力が溶け込んでおり、食べて取り込んだ魔力を体内で消化できないのだ。
そのため体が拒絶反応を示し、苦しむことになる。
また、モンスターを倒した武器はたとえ煮沸消毒したとしても使いたくないものだ。
「ご存じなかったのですね……」
「う、うるさい!!」
一応、回復丸薬や解毒薬など与えてみたものの、まるで効果はない。
腹部の痛みだけでは終わらず、全身が裂かれるようだと言って苦しみ始める。最終的に体の穴という穴からありとあらゆる液体を垂れ流し、大量の血を吐いたあと、勇者様はあっけなく死んでしまった。
「ああ、勇者様……こんなところでお亡くなりになるとは」
『きゅううん!』
そら見たことか、の一言である。
この世の深淵まで届くのではないか、というくらいのため息が溢れる。まだ街までの道のりは長いというのに、勇者様の遺体を運ばなければならないらしい。
『きゅん!!』
イッヌが任せろとばかりに、凜々しい表情で鳴く。
なんとも頼りになる犬畜生であった。
敵:フォレスト・ボア
死因:勇者→食中毒、魔力の過剰摂取による中毒死




