諸悪の根源
学者の先生が村長を騙り、人を殺めるなんてただごとではないだろう。
もしかしたら、腐死者が出現するようになった事件について関わっている可能性もある。
村人達の姿が少ないのも気になった。もしかしたら学者の先生から、殺された村長のようになりたくなかったら大人しくしているように、と脅されているのかもしれない。
「勇者様、どうしましょう? これは私達でどうにかできる問題ではない気がします」
「ふむ、そうだな……」
騎士隊に相談したほうがいいのではないか。そう助言した瞬間、勇者様の目付きが鋭くなる。
「問答無用で村を焼くような騎士隊に、この事件は任せられない! 魔法使い、もう一度リーフ村へ向かうぞ」
「ええええええ~~~~~!!」
これだけ痛い目に遭い、何度も死んでいるというのに、勇者様の心は折れていないらしい。さすが、 勇敢なる者の唯一の才能を持つ猛者だ。
「あの、正体不明の敵がいる中に行くのは怖くないのですか?」
「まったく。次は背後を取らせないし、負ける気がしない」
こういう状態の勇者様には、何を言っても無駄なのだろう。行くしかないわけだ。
再度、ギルド長に報告に行く。
「腐死者の討伐に成功した。三十体ほど倒しただろうか」
「おお……! さすが、勇者様です」
「しかしながら、新たな問題が浮上した」
この場に村長の孫娘はいなかったため、勇者様はすべてを打ち明ける。
ギルド長は真剣な表情で話に耳を傾け、ときおり目を伏せ、無念の吐息を吐いていた。
「もう一度リーフ村へ行き、学者について調査してくる」
「どうかお気を付けください」
「わかっている」
再度馬車を出してもらい、リーフ村を目指す。
「あ!」
「どうした?」
「聖石を謎の敵の口に詰め込んだまま、回収を忘れてしまいました」
「なぜそんなことをしたのだ」
「いえ、武器がなくて」
腐死者はすべて討伐したはずなので、聖石がなくとも大丈夫だろう。
心配なのは、正体不明の敵のほうである。
できるならば、二度と遭遇したくないのに。
ガタゴトと馬車に揺られる自分自身を、市場に売られていく仔牛のようだと思ってしまった。
もう死にたくないのだが……。
三回目のリーフ村――見慣れた閑散とした景色を前に目を眇める。
「えーっと、勇者様、これから村長様のところへ行きますか?」
「行くしかないだろう」
勇者様は迷いのない足取りで村をズンズン進んで行く。イッヌは尻尾を振りながら、あとに続いていた。
イッヌも腐死者や謎の敵に遭遇し怖い思いをしただろうに、村に対して忌避感などないようだ。私なんか、先ほどから鳥肌が立っているというのに。
勇者様とイッヌの鋼の精神が羨ましくなってしまった。
村長は私達を変わらぬ態度で出迎える。
異変と言えば、口元を布で覆っている点か。いったいどうしたのだろうか?
「ああ、勇者様に魔法使い様。いらっしゃらないので、心配しておりました」
「また死んでしまってな」
「なんとお労しい」
言われてみれば、村長の言葉遣いは勇者様や回復師と同じように明瞭で、きれいな発音だった。物言いからリーフ村の者でないと気付くなんて、勇者様の洞察力はなかなかなものなのだろう。
「後遺症など残りませんでしたか?」
「いいや、まったく」
「よかったです」
ここで勇者様が、村長が口元を布で覆っている理由について疑問を投げかける。
「ああ、これですか? 実はあつあつのスープを口に含んだら、火傷をしてしまいまして」
「そうか。大変だったな」
「いえいえ! 腐死者に襲われて死んでしまった勇者様に比べたら、なんてことありません」
世間話をしているように見えて、何か探っているのだろう。
この先、勇者様はどう出るのか。言動に耳目を集中させる。
「村長よ、実は学者の家で、彼の遺体を発見してしまった。埋葬してあげたいのだが」
「ああ……! 最近姿を現さないと思っていたら、そのようなことになっていたのですね!」
村長に成り代わっている者の発言だと思えば、白々しさを感じてしまった。
勇者様も同じように考えているのだろう。疑いの目を向けているように思えた。
村長と共に学者の家に行き、遺体を確認する。
寝台に横たわった遺体を前にした村長は顔を背けた。
「ああ、なんとも気の毒な……」
「村長よ、私の出身地では、遺体に聖水をかけて、悪しき存在が近寄らないようにするんだ」
「なるほど。そういう風習があるのですね」
「ああ」
勇者様はそう言って、村長様の頭から聖水をぶっかけた。
「ぎゃあああああ!!!!」
聖水をかけられた村長様は、ジュウウウと音をたてながら白い煙を漂わせる。
驚いたことに、聖水が村長様の皮膚を焼いたようだ。
「こ、これは、なんなのですか!?」
「魔法使い! こいつはおそらく〝不死者〟だ!!」
不死者――それは知性ある死者だと言う。
モンスター化してしまった腐死者とは異なり、不死者は自らそうなることを選んだ者なのだとか。
口を覆っていた布が落ちる。
火傷を負ったように爛れていた。
「あれは!?」
「魔法使いが聖石を口に突っ込んだと言っていただろうが」
まさかあのような大ダメージを負わせていたなんて。村長様が魔物避けを受け取らなかったのは、自分にとって害がある物だったからなのだ。
村長様改め、不死者は頭を抱えて苦しんでいたようだが、顔面の肉を剥いで捨てた。
全身が黒い靄に包まれ、その姿は私達を襲撃した謎の敵と一致する。
「やはり、お前が諸悪の根源だったか!!」
『ダマレ……!』
不死者は黒い靄を纏った手を勇者様に伸ばす。
「同じ手に乗るか!」
そう言って切り落としたが、不死者はすぐに新しい腕を生やしていた。
さらに、部屋の狭さを利用し、勇者様の攻撃を回避し続ける。
腐死者とは異なり、不死者は知能があるだけ厄介なのだろう。
魔法で足止めしよう。そう思った瞬間、不死者は魔法を展開させた。
『――我二従エ、腐死者ヨ』
寝台に横たわっていた遺体がむくりと起き上がり、私達へ襲いかかってくる。
「クソ!!」
勇者様は悪態を吐き、腐死者を切り伏せる。
ここで魔法は展開したくなかったのだが、背に腹はかえられない。多少火傷をするかもしれないが、我慢してもらおう。
呪文を唱え始めたのと同時に、不死者が妙な動きをした。
先ほどまで勇者様から遠ざかっていたのに、いきなり接近したのだ。
勇者様に向かって腕を突き出し――。
「ぐはっ!」
勇者様の腹部にナイフが刺さっていた。
『――目覚メヨ、我ガ僕ヨ』
そう口にすると、勇者様が苦しみ始める。
膝を突き、頭を抱えた。
瞬く間に勇者様の皮膚が腐敗し、腐死者と化する。
「なっ……!?」
『おおおおおおお!!』
腐死者と化した勇者様に襲われ、意識がぶつんと途切れた。
安定のパーティー全滅である。
敵:不死者
死因:才能〝腐死への誘い〟による腐死者化による死。
概要:才能〝腐死への誘い〟・・・腐死の素を仕込んだ者に、呪いナイフを刺すことによって発動。




