再出発
金貨三十枚の寄付と引き換えに聖石を手にした私達は、再出発する前にギルドに立ち寄る。
ギルド長は腐死者を討伐して戻ってきたと思ったようで、ぬか喜びさせてしまった。
勇者様は潔く、腐死者に殺されて戻ってきたと打ち明ける。
「それはそれは、大変でしたね……」
「これから再度向かい、腐死者討伐を行う」
リーフ村へ行った冒険者は、これまでひとりも戻ってきていないと言う。
命があるだけでも、儲けものなのだろう。
ちなみに、出発から丸二日経っていたらしい。思っていたよりも長い間、意識を失っていたようだ。
「本当に、生きて帰ってきただけでも奇跡のようだと思います」
「そうだな。おそらく冒険者達は腐死者に襲われ、そのまま帰らぬ者となっているのだろう」
「ええ……」
依頼を買って出た冒険者だけでも、二十名以上にわたるらしい。村人の被害者を入れたら、もっと多いのだろう。
全員がもれなく腐死者の餌食になっているなんて、恐ろしい話だ。
「このように被害をだしていたら、騎士隊が動くのではありませんか」
そう指摘すると、ギルド長は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「一度、村長が騎士隊に相談したようですが――」
騎士隊の回答は信じがたいものだった。
「物理攻撃を得意とする騎士は過去に、物理攻撃に強い耐性がある腐死者と戦い、大きな損害を被った記録があるようで」
もしも騎士隊が動くのであれば、腐死者を討伐するのではなく、村ごと灼き尽くすようだ。
「うちに務める受付がリーフ村の出身でして、それはどうしても許せないと言いまして……」
他にも、ギルドにはリーフ村で生まれ育った者が多く、ギルド長はどうにかできないかと考え、村長からの依頼を引き受けたようだ。
「勇者様、どうか頼みます。リーフ村を救ってください!」
ギルド長は深々と頭を下げ、勇者様は神妙な面持ちで頷いていた。
あとはアイテムを買い足して、再出発だ。なんて考えていたら、背後から私達を追う者が現れた。
「あ、あの! 勇者様ご一行ですよね!?」
二十代前後の年若い女性が、顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。
「そうだが?」
「よ、よかった! あの、私はギルドに務める受付係でして」
「ああ、ギルド長が話していた、リーフ村出身の?」
「はい!」
なんでも彼女は村長の孫らしく、腐死者の騒動が起きてから一度も実家に戻れていないらしい。
「家族に会いたかったのですが、お祖父ちゃんが騒動が収まるまで帰ってくるな、って言いまして」
人がよさそうな村長が言いそうなことだ。
昨日会った村長は元気だったと伝えておく。
「よかったです。お祖父ちゃん、少し偏屈で、勇者様に失礼がなかったか、心配だったんです」
偏屈な印象はなかったが、家族にしか見えない意外な一面があるのだろう。
「それで、その、お願いがありまして、こちらをお祖父ちゃんに渡していただけますか?」
受付嬢は少し照れた様子で、毛糸で編んだセーターを差しだす。
編み目はバラバラで、ところどころ毛糸が解れていた。おそらく編み物はあまり得意ではないが、祖父を思って一生懸命作ったのだろう。
「わかりました。村長に渡しておきます」
「あ、ありがとうございます!」
セーターを鞄に詰めたら、パンパンになってしまった。これからアイテムを買い足そうと思っていたのだが……。
まあ、いい。おそらく次は大丈夫だろう。たぶん。
二回目の訪問はギルドが用意してくれた馬車で行く。歩いて三時間だったが、馬車だと一時間半ほどで到着した。
村は先日訪れたときよりも閑散としていた。腐死者騒動があったので、皆、警戒しているのだろう。
村長の家に行くと、私達を見るなり驚いた表情を浮かべていた。
「ご、ご無事でしたか!!」
「おかげさまでな」
夜、腐死者討伐にでかけてから戻らなかったので、帰らぬ人になってしまったのだろう、と思い込んでいたらしい。
「一応、墓場に行って、おふたりの遺体がないか探し回ったんです!」
きっとイッヌが教会へ運んだあとに探しに行ったに違いない。
なんとか無事だったと告げると、村長は安堵の息を吐いていた。
「ああ、そうだ。村長よ、孫娘から贈り物を預かっているぞ」
「孫娘、ですか?」
「ああ、そうだ。魔法使い、渡してやれ」
「はいはい」
鞄からセーターを取り出し、そのまま村長へ手渡す。
「夜は冷えますので、これを着て温まってください、と孫娘さんはおっしゃっていました」
「ああ、なんて優しい子なんでしょう」
村長は嬉しそうに言いつつ、セーターを広げて体に当てる。
すると、一回りほど小さいことに気付く。
「寸法が合っていないな」
「もしかしたら完成したあと、洗ったのかもしれませんね」
毛糸は水を含むと繊維が膨れ上がる。その状態でごしごし洗ったら繊維が絡まり、全体が縮んでしまうのだ。
「はは……困った孫娘ですね」
村長は苦笑しつつも、大切にすると言って大事そうにセーターを抱きしめていた。
「では、夜に備えてゆっくりお休みになってください」
「ああ、そうだな」
本日も村のごちそうをいただき、温泉にゆっくり浸かって、夜までぐっすり眠った。
夜になると、憂鬱な気持ちで外にでる。
勇者様は聖石を腰からぶら下げ、しっかり対策していた。イッヌの首輪にも、聖石の欠片がぶら下がっている。勇者様の聖石の一部を分け与えたのだろう。
私も手に聖石を握り、墓地へと向かう。
「魔法使い、ゆくぞ!」
「ええ」
今日は酷く冷えるので、村長には家で待っておくように言っていた。
重たい足取りで墓地に向かう。
さっそく、腐死者が土の中から這い出てきた。
「おい、魔法使い! あの腐死者はお前を噛んだ、才能持ちだぞ!」
「よく顔を覚えていますね」
「ひとりひとり違うだろうが!」
「見分けがまったくつきません」
腐死者の顔を見分けるという、勇者様のまさかの能力に驚いてしまう。
なんて、話している場合ではなかった。もうあのように噛みつかれて死ぬなんてまっぴらである。
勇者様に下がるように言ってから、火魔法を展開させる。
「――噴きでよ、大噴火!」
地面が割れ、そこから火に包まれた岩漿が噴きだしてきた。
岩漿は腐死者の頭部や腕を吹き飛ばすだけでなく、燃やしていく。
全身、火を纏った腐死者はしばしジタバタ暴れていたが、勇者様が足を切り落とすと動けなくなる。
その辺にある草木に火が燃え移っていたものの、イッヌがおしっこをかけて消火してくれた。
あっという間に腐死者の体は燃えてなくなる。
「倒した――ようだな」
「ええ」
ホッと胸をなで下ろす間もなく、腐死者が土から次々と這いでてきた。




