8:あたしはエリオを救いたい
夢を見た。エリオがあたしに刃を向けて、斬りかかってくる。それを避け切れなくて斬られて、いっぱい血が流れ出て、苦しいのにエリオは剣を振り上げて突き刺そうとしていた。そこで目が覚めた。
まだ真夜中。不安に駆られてエリオが寝ているはずのベッドに歩み寄るとそこには姿が無かった。どこへ行ったのだろうか。不安なまま精神世界を覗き込むとそこには相変わらずどす黒く光る種が鎮座している。
「これ……取れないのかな……」
種から伸びる根。精神世界中に伸びているそれに手を伸ばすとあたしの干渉によるものなのか光の粒になって根は消えた。
「これなら……エリオを救える……?」
もう一本、根に手を伸ばすとまた光の粒になって消えていく。神の魔力によるものなのか、それともあたし自身のものなのか、理由は分からないけれどこうして根を消していけばきっとこのどす黒く光る種からエリオを救い出せる。
そう考えた瞬間、種が暗く光を放ち、伸びた蔦があたしに向かって伸びる。避けられない、覚悟を決めて目を閉じた瞬間。あたしの意識はエリオの精神世界から追い出されていた。
「エリオ……?」
「……どういうつもりだエシュリア……!!」
追い出されたあたしの目の前には焦って来たのか激しく息を切らすエリオの姿があった。そしてそのまま掴み掛かり、ベッドに押し倒されてしまった。
「エリオの方こそ……あの種はなんなの……?あの咲きかけの薔薇も……っ、何を隠してるのエリオ……」
「闇の種……僕の精神に植え付けられているのは闇の魔力の塊だよ」
乱暴に両手首を片手で押さえられ、ばたつかせていた脚ものしかかられることで押さえつけられ、完全に身動きが取れなくなった瞬間エリオの空いた右手があたしの額にかざされる。
その瞬間エリオの昔の記憶が流れ込み、顔を背けようとした。しかしかざされていただけだった右手に頭を掴まれてそれも防がれてしまった。
「君の気持ちなんて知らない、分からない。だって僕は十五年も実験材料にされてたんだよ、人の心なんて無い。気持ちだって分からない。だから君のしたいことが分からない。この記憶を見れば、あの種がどれだけ危ないものか分かるはずだよ」
捲し立てるように告げられたエリオの言葉と共に流れ込む記憶。それは悲しい記憶。
種を植え付けられ、殆ど意識の無い小さなエリオに対して姿が見えない男の人の声が響く。その記憶があたしに流し込まれたものだった。
『闇の種……精神世界に根を張り続け、負の感情を栄養に育ち、蕾をつける。そして闇の薔薇を咲かせた時……精神世界は完全に闇に染まるだろう……手出しなどはさせない。危害を加えし者には制裁が下るだろう。そんな者がいるとは思えないが』
独り言のように呟かれた言葉。それを小さなエリオは聞いてしまっていた。取り除くことが出来ない精神世界に蔓延る闇の種とその根。いつか闇に落ちるかもしれない、そんな恐怖が幼いエリオにのしかかっていた。
「それでも……あたしは……っ」
再びエリオの精神世界に潜り込み、根に触れる。伸ばされる蔦をかわし続けて、根にだけ触れ続けていく。それでも根の数は多すぎた。触れても触れても根はまだまだある。
そしてそこでエリオによって精神世界を追い出されてしまった。
「無駄だよ。どうせ、僕の精神はもうすぐ闇に落ちるんだ。大きく膨らんだ蕾を見ただろう?もう、無理なんだよ僕は。だからせめて闇に落ちる前に君の前から消える。どこかでセイリュウの魔力も捨てる。それなら君に迷惑はかけないだろう?」
「迷惑なんて、あたしはそんなの考えてない……!!それにどうにかする方法だってきっと……!」
「……ごめん」
小さく呟かれたその瞬間、腹部に強い痛みを感じて意識が遠のく。いつの間にかあたしの額から離されていた右手によって殴られたらしい。
頬が冷たい……あたし、泣いてる……?……違う、泣いてるのはエリオだ……。なんで……泣いてる……の……?
……あたしの意識はそこで完全に途絶えた。
「ん……」
腹部が痛い……けど、意識が戻って起き上がることが出来た。……部屋に、エリオはもういなかった。本当にあたしの前から姿を消そうとしたのだろう。
「探さなきゃ……早く……っ!!」
慌てて宿屋、そしてレーゼズ王国を出たあたしはソルセルリー方面へ向かって走り出す。多分、エリオはお姉さんを回収してどこかへと消えるつもりだと思う。それならまず一度ソルセルリーに戻っているはず。
二人で来た道を一人で戻り、あの時は歩いていた道を走り続ける。幸いにもこの付近はレーゼズ王国の兵士さん達が定期的に倒してくれているから魔獣は殆どいない。だから走って目立っても襲われる心配は無い。
二人で歩いた時は遠く感じなかった距離が一人で走ると異常に遠く感じる。いまソルセルリーにつかないと二度とエリオに会えなくなる、いま追いかけないとエリオの行く宛が無くなってしまう。必死で走ってもソルセルリーは遠く。
「エリオ……やだよ……っ!!こんなお別れ、やだよ……」
不意に言葉に出して分かった。
あの時助けてくれた暖かい手が遠ざかることが、精神を繋げて守ってくれた人がいなくなってしまうことが、あたしを信じてくれた人がどこかへ行ってしまうことが、嫌なんだ、あたしは。
走り続ける内に前すら見えなくなったあたしは誰かにぶつかり尻もちをついた。行く先に人がいるなんて思わなくて驚いたあたしに手を差し伸べたその人は。
「レイ……?」
「エシュリア、どうしてこんなところに?それにエリオはどうした?」
いつの間にか先にレーゼズ王国を出てラフな膝丈のロングコートの格好に着替えているレイにぶつかってしまったらしく、差し伸べられた手を取ろうとした。その瞬間にエリオについて問いかけられ、思わず取る前に伸ばした手が止まってしまう。
そうだ、こんなところで止まってる場合じゃない。エリオを早く追わないと。レイの手を跳ね除けて、再び走り出そうとすると不意に胸がチクリと痛んであたしはその場にしゃがみ込んだ。
この痛みはあたしのものじゃない、だとしたら。
「エシュリア?大丈夫か?」
「……っ……エリオが……苦しんでる……っ」
「エリオが苦しんでる……一体どう言う……っ、エシュリア……っ!」
しゃがみ込んだまま倒れかけ、慌てたレイに何とか受け止めて貰えた。
苦しい、それはあたしのものじゃないけれど精神世界が繋がっているせいでエリオの苦しみが直接伝わってくる。何があったの、エリオ。教えてよ。いま、何が起きてそんなに苦しいのか。
苦しみながらもエリオの精神世界を覗き込むとそこにはあったはずのものが無くなっていた。しかし代わりに精神世界の色が無くなり、そこは虚無のような場所へと変貌していた。
「なに……これ……」
「エリオに、何かあったのか?」
「無くなってるの……種が……でも、それがあった時以上にエリオは苦しんでる……どうして……」
色の無い精神世界、何も無い。全てを失ったかのような世界。そこまで考えた瞬間、エリオが失ってしまったものが何か、分かってしまった気がした。
エリオの精神世界に闇の種は植え付けられていた、それは実験体の子達に植え付けられていたもの。つまり。
「まさか……お姉さんが……?」
エリオにあったのなら、同じく実験体となっていたお姉さんにも植え付けられていたと思う。
「行かなきゃ……」
「行くって、どこに行くつもりだ?そんな状態で……」
「エリオの、精神世界に……行かなきゃ……このままじゃ、本当にいなくなっちゃう……っ」
このまま放っておいたら、エリオはきっとこの世からいなくなってしまう。だからその前に。
せめてあたしがいるってことを伝えなくちゃいけない。
苦しみを共有してしまったことで体にはもう力が入らない。だから体が行けないのならせめてあたしの意識だけでも。
「エリオに何があったか、私にはイマイチ把握出来ていないが……。だが、お前が行きたいというのなら。せめてこの体だけは私が守ろう。だから、行ってこい」
「レイ……。ありがとう、あたし、行ってくる……っ」
レイがどこまでエリオの事を知っているか、それはあたしには分からないけれどそれでも守ってくれると言ってくれた。行ってこいと言ってくれた。背中を押してくれた。
だから、あたしは意識をエリオの精神世界へと飛ばした。体を離れる瞬間、最後に見覚えがあり、いて欲しくない人物が見えたがそれでも、レイを信じて。
「エリオ、会いに来たよ」
色を失い虚無となったエリオの精神世界に辿り着いたあたしはそこで佇むエリオの意識と遭遇した。
振り向いたエリオは生気を失ったような表情であたしを見た。やっぱり、そういうことなの?
「お姉さんは……どうしたの……」
「闇に、落ちたよ。姉さんは」
小さく呟かれた瞬間エリオの精神世界に一つの泡が生まれ、それがあたしの目の前で弾け飛ぶ。
見えたのはあたしと別れたあとのエリオの記憶。ソルセルリーに戻ったエリオは宿屋にお姉さんの姿が無いことに気付き、慌てて近くを探し始めた。そして、あたしがエルリルと戦った浜辺で濃い茶色の長い髪を海風に揺らして立っているお姉さんを見つけた。
『えりお……きてくれたんだね……』
お姉さんはその茶色の目を細めて、微笑んでいた。それを見てエリオは言葉を失っていた。そしてその右胸に真っ黒な薔薇が咲いていることに気付いてしまった。
お姉さんの闇の薔薇は……エリオよりも先に開花してしまった。
『姉さん……それ……』
『これいじょう、えりおにめいわくかけられないから……だから、わたしは……きえることにしたの』
動けずにいるエリオに歩み寄ったお姉さんはそのまま抱き締めて、口付けを交わした。わけも分からぬままのエリオだったけどここで何かに気がついた。
『姉……さん……それ……僕の……』
『えりおは、いきて。だいじょうぶ、えりおなら、ひとりでもいきていける……』
『嫌だ……っ!!嫌だ!!僕は……姉さんの為に……全部姉さんにもう一度笑顔を見せて欲しかったから……その為に脱走したんだ、その為に僕は……!!』
エリオが脱走した目的。それはもう一度お姉さんに笑って欲しかったから。ただそれだけだった。その為だけに帝国に追われることを覚悟で逃げ出した。
全てはお姉さんの為に。
お姉さんは口付けることで擬似的に精神世界を繋げたのかエリオの精神世界に根付いていた闇の種を抜き出し、自分に植え付けていた。そして、その右胸に二つの黒い薔薇が咲き誇る。
『えりお……いままでずっとそばにいてくれてありがとう……。もう、わたしにとらわれないで……いきて』
『嫌だ……姉さん……っ!!僕を置いていかないで……僕をひとりにしないでくれ!!姉さん!!』
闇の薔薇から溢れ出た闇の魔力がお姉さんを包み込んで消えていく。最後まで手を伸ばして、最後まで泣き続けるエリオに対してお姉さんは消える最後の時まで、ずっと微笑んでいた。
エリオが取り戻したかった笑顔は闇の中へ消えていった。
「……エリオ……」
「見たんだろう?僕にはもう生きる理由が無い、何も無い。生きてなんて、いけないんだよ……」
精神世界にヒビが入り始めていた。それはエリオの精神の崩壊が近いことを意味している。このままじゃエリオは……。
「生きる理由が無いなんて言わないでよ……何も無いなんて言わないでよ!!あたしがいる……だから生きてよ!お姉さんだって、それを望んでたんでしょ……?」
「姉さんがそう望んでいたとしても……僕は姉さんがいなきゃダメなんだよ……姉さんしか僕にはいなかったんだ、親もいない、たった一人の肉親だったんだ!!」
ヒビが増えていく。壊れゆく精神世界の中で泣き叫ぶエリオに無意識のままにあたしは抱きついていた。
たった一人の肉親を目の前で失い、何もかもを失ったと思い込んでいる。けど、そんな事ない。何もかも失ったなんてそんなことがあるわけが無い。
「生きる理由が無いなら……あたしの為に生きて……あたしがエリオの生きる理由になるから!だから……このままいなくならないでよ……こんなお別れしたくないよ……」
「どうして、そこまで……?僕を救おうとするんだい……?わけが……わからない……」
脱力していくエリオを抱き締めたまま、そっとしゃがみこむ。わけが分からないと呟いてあたしを見つめた不安そうな顔に思い切り笑って返して見せた。
すると釣られて、ほんの少しぎこちなくエリオも微笑んでくれた。いい顔してる。
「あたしひとりぼっちだったんだ。両親に捨てられて、孤児院でも上手く馴染めなくて。でも、お師匠様があたしを拾ってくれた。あたしはひとりぼっちじゃなくなったんだ。だから、エリオもひとりぼっちにしない。あたしが、傍にいるから」
「……ほんとうに?」
「本当に本当。あたしが傍にいる。だから生きてよ。あたしのために、ね」
目をしっかりと見て、伝えたい言葉を真っ直ぐに伝える。私の見たエリオの顔は見た事のない、幼い顔をしていた。まるで小さな子供に戻ってしまったかのような顔であたしを見つめるエリオを抱き締めた。
あの記憶のエリオが幾つくらいだったかは分からない、けれど、きっと物心がつく前に両親と引き離され、唯一の肉親のお姉さんと共に帝国に捕われた。だから物心がついてから頼れる人はお姉さんしかいなかった。そうすることでエリオは成長するしか無かった。
そして何かしらの出来事によってお姉さんは精神が壊れてしまった。頼りにしていたお姉さんが頼れなくなってしまったエリオは支えてあげるために大人になろうとした。
そんなお姉さんが目の前で闇に奪われた。無理矢理大人になろうとしていたエリオはそのショックで幼児退行がはじまっている。きっとそういうことなのだろう。
「エシュリア……ぼくは……いきていてもいいの……?」
「うん。良いんだよ。だからあたしの傍にいて。それで」
少ししてから帝国のことは考えよう、そう伝えようとした瞬間にエリオが口を開いて喋ろうと息を吐いたのを感じて、口を閉じた。
「……ぼくは……ていこくがきらいだ」
「……うん」
「だから、たおしたい……」
憎しみに満ちた表情であたしの背中にしがみついていたエリオの手の力が強くなる。
ずっとお姉さんの事を考えて、お姉さんの事だけを守ろうとして、お姉さんの笑顔にだけ固執していた。だから帝国を倒そうなんて考えていなかったんだと思う。エリオの頭の中にはお姉さんしか無かった。他のことを考えてなんていられなかった。
それがお姉さんが消えた事で帝国への憎しみを自覚し始めた。エリオから十五年という年月と肉親を奪い去った帝国、憎しみを募らせるには十分だと思う。
「にげだして、たいりくをみて、わかったんだ……ていこくのおそろしさを、かってさを」
「うん」
「ぼくだけじゃない、りなさんだって、うばわれた。なのにぼくはそんなきもちをむしした」
「後悔、してる?」
小さく頷いて、そのまま俯いてしまった。お師匠様の奪われたものというのはあたしも聞いた事がある。お師匠様は帝国を深く憎んでいる。だからこそあたし達が神の魔力を手に入れて、賭けたいと願ったんだと思う。逆の立場だったとしてもあたしだってそうしてた。
お師匠様の憎しみを無視してしまった、その事を後悔していると自覚して落ち込む。
「ていこくをたおしたい……いまさら、かもしれないけど……」
「決めてくれてありがとう、エリオ。一緒に頑張ろ、これから」
ぽんぽん、と頭を撫でるとエリオは幼い子供のように無邪気に微笑んだ。こんな顔も出来たんだ、素敵な顔してる。
ヒビが入って、色がなくなっていた精神世界もエリオの精神の回復に合わせて、修復されて、少しずつ色が戻り始めた。これでもう大丈夫。
彩られた精神世界を見ながら、意識を飛ばす直前のことを思い出していた。あの時見えたのは……。
「そろそろ戻らないと……多分レイが危ない……」
「……れいが?」
「うん、あたしが意識をここに飛ばす直前に見えたの……多分、エルリルが襲撃してる」
「ほんとうに……?」
こくりと頷いてエリオから離れる。不安そうにあたしを見つめているけれどエルリルと一人で戦っているはずのレイも心配だ。精神世界での時間と現実の時間がどれだけズレてるかは分からない。
「エリオ……戦える?無理そうならお師匠様に声をかけて……」
「いく。たすけにいくから……だから、ぼくもたよって」
「うん。分かった。場所が分かりづらいかもしれないけど、待ってるから」
力強く頷いたのを見たあとあたしの意識は精神世界から離れていく。
きっとちゃんと、エリオが来てくれる。そう信じて。
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