28:僕達のイタズラ大作戦
ポイスドの襲撃から三日後。僕達は平穏な日々を過ごしていた。
どうやらポイスドの襲撃の失敗で帝国側もこちら側の戦力を見くびっていた事に気付いたのか、はたまたなにか考えているのか、魔獣すらも数を減らし、すっかり平穏に過ごしていた。
いつの間にかエシュリアがシルルと仲良くなっていたらしく、レイの許可も下りて、ソルセルリーの中ならエシュリアと行動しても良いと言われ、今日も出掛けている。そして僕はと言うとシルルがいなくてやや不機嫌なレイと共に診療所の彼の部屋にいた。
「なんの用事だ、用事が無いなら帰れ」
「僕もそれなりに暇なんだよ、相手くらいして欲しいけど」
「断る、と言ったら?」
ちなみに用事に関しては本当に無い。暇過ぎてやることが無くてどうせレイも暇してるだろう、と来ているだけだし。
いつの間にか部屋に持ち込んでいる一人がけのソファに座り、何かの本を読んでいる。いつも思うけど、レイはよく本を読んでいるけど一体なんの内容を読んでるのだろうか。勝手に背表紙を覗き込んでみた。
「ふぅん?恋愛小説とか読むんだね?」
「な……っ、お前勝手に見るな……っ!!」
背表紙に書かれていたタイトルは記憶の中にあった。読んだ記憶のある恋愛小説だけどまさかレイもそういうものを見るとはね。少し意外でからかうように声をかけるとバンっと音を立てて本を閉じてしまった。よく表情を見るとほんのり頬を赤らめている。
恥ずかしいなら人の前で読まなきゃ良いのに。まあ本人には言わないでおくけど。
「そういえば王子様って許嫁とかいるのかい?」
「全部断ってきたが?そもそも城下町の貴族に興味は無い……この本は私の好きな本なんだ」
記憶の中に内容は残っている。どこにでもある純愛ものだったと思うんだけどそれを好きというなんて王子様も意外と純愛が好きというわけなんだね。
それにしても許嫁のいない二十三歳の王子様ってどうなんだろうか。僕が両親だったら将来が心配になるんだけど。
「その本に憧れて本当に恋した人としか恋したくないとか思ってたから許嫁を作らなかった、とか?」
「っ……だったらなんだ、お前には関係ないだろう」
図星だったらしい。割と彼は思っていることと言うか少しからかって見ると激情してそれが表情と声によく出る。二日前に今見れる記憶を全部見てみたけど、城内から殆ど出して貰えなかったっぽいし、僕のようにイタズラにからかってくる相手というのが近くにいなかっただろうから慣れてないのだろう。
僕も別にからかうつもりで言ってる訳では無いんだけど、どうも性格がひねくれているらしい。ちなみにエシュリアいわくデリカシーが欠けてるとのこと。確かに欠けてる自覚はなんとなくある。
「エシュリアが初恋だとして、それ以外に恋したことないのかい?」
「さっきからやかましいんだが?」
「シルルに対する気持ちは恋じゃないのかい?」
また図星らしい。ソファから立ち上がったレイに思い切り睨まれた。手が出なかっただけ良かったと思う。
今の僕の質問に対しての答えは恐らくノー。つまり、レイのシルルに対する感情はそういうことなのだろう。そしてエシュリアのあとシルルまで一度も恋をしていないのも多分事実。僕が言えることじゃないけどこの王子様はほとんど恋をしてこなかったらしい。
「ならお前に問うが、エシュリアはどう思ってるんだ?」
「さぁね?僕だってよく分かってないよ。というかそれは君もなんじゃないのかい?」
「本当にやかましい……っ」
エシュリアの事をどう思っているか。そんな事を聞かれても僕に至っては初恋すらしたことが無い。お互い恋愛経験ほぼ皆無の状態で精神を繋げた相手が少女でいつの間にか距離が近付いている。という共通点はあるんだけど、そもそもの年齢差が違い過ぎる。僕とエシュリアは十七と十五だから二個しか離れてないけど、レイとシルルは二十三と十三で十個離れてる。エシュリアとレイでも八個離れてて、ここは結局兄妹みたいな関係に落ち着いたっぽいけど。
イラつきがMAXのレイに掴み掛かられそうになって、ひらりと身を翻してかわす。ついでにサッと手を伸ばして衣服を捲りあげて、指先だけ弱いと噂の横腹に触れてみた。
「っ……お前ふざけるな……っ」
「あ、ほんとに弱いんだそこ」
分かりやすく慌てて身を引かれて思わず笑ってしまった。普段が大人しいというか大人っぽい印象だから、こうしてからかってみて激情したりして少し子供っぽくなるのも見てて面白い。絶対本人には言わないけど。
にしてもちょっと指先で触れただけで慌てるということは本当に嫌なんだろう、触られるのが。でも何となくその反応のせいで悪戯心に火がついてしまう。一応僕も子供だし、そういうのをやってみたくなる気持ちはある。
ということで魔力を解放して、両手首を魔力封じの鎖で縛ってみた。まあ流石に激情しても室内で炎は出さないとは思うけど一応。
そのまま頭でも打たれたら困るからベッドに無理矢理寝かせて、捲れたままの衣服をもう少しだけ捲って、横腹をツンとつついてみた。
「っ……ぅ……お前……ほんとにやめろ……っ……」
「擽ったくて笑うとかじゃないっと、ということはどういう感情なんだろう……?」
「冷静に分析するな!!」
普通擽られると笑う、というのを聞いたことがあるし記憶にもある。けれどレイの場合は擽るとまではいっていないけど軽く指を滑らせても笑うどころか小さく声をあげるだけ。感じ方が違うのかもしれない、と今度は手のひらで撫でるように触ってみた。
すると声を抑えたいのか枕に顔を埋めてしまった。くぐもった声だけが聞こえるけど、反応はしているらしい。あと縛られて動かせない両手でシーツを掴んで何かを堪えている様子が見える。それと触れている横腹が何となく汗ばんで来ている気がする。
これはまずいことをしてしまったかもしれない。慌てて手を離すと激しく息を切らしたレイのどこか浮ついた目に睨み付けられた。
「あ〜……そういう、こと?」
どうやら横腹を触れられて反応していたのはそういうこと、らしい。擽ったいとかじゃなくてもっとこう、感じやすいというか、なんというか。
これは悪いことをしてしまった。さて、どうしようか。鎖を消しつつ困っていると部屋のドアが開く音が聞こえる。まずい。
「ただいま〜……って……エリオ?」
「……あ〜……っと……」
帰ってきたのはシルルとエシュリア。二人はベッドに寝かされ、息を切らすレイと両手を上げて困っている僕を見て、全てを察したらしく、エシュリアに首根っこを掴まれて強制退室させられた。
「ばっっかじゃないの!?」
「耳元で大声は出さないでエシュリア……痛い……」
「でも悪いのはエリオなんだからね〜!?リアから聞いたもん、レイは怪我してない時に横腹触られると」
感じて劣情に囚われてしまう。一体全体どういうことなんだ王子様。
どうやらエシュリアに教えてもらったらしく、シルルも顔を真っ赤にしている。同じようにイタズラして、あの状態を見たのだろう。十三歳の少女には少しばかり刺激が強過ぎる。
「昔からなのよ、あれ。あたしもイタズラしたことあってほんとにビックリしたし……自覚無かったのよ、あれ」
「なんで三人揃ってイタズラ経験あるんだ」
「だってなんかしたくなっちゃったんだもん!反応が楽しかったしなんかこう……ね!?ね!?」
診療所の廊下で僕達は一体全体何の話をしてるんだっていうところだけど。三人揃ってイタズラして逆にこっちが悪い事をした気分になって反省してる、それだけその……レイの反応の刺激が強過ぎた。
勿論僕達三人とも未成年だし、そういうのを見れる年齢でも無いからあれなんだけど。というか小さな頃にやったエシュリアはともかくとして僕とシルルにはあまりにも刺激が強過ぎる。歪むぞ色々と。
「提案なんだけど……忘れさせてあげない?」
「うんうんっ、その方が良いよ!」
「確かにその方が良さそうだね、あとこれからはイタズラ禁止!」
「「は〜い」」
作戦会議を終えて部屋に戻ると息を切らしてはいるもののレイはすっかり寝てしまっていた。
その額に右手を添えて、僕達三人分のイタズラの記憶を消しておいた。何となく手応えが無いけど、消した記憶が短いからかな。でもこれで目を覚ました時覚えてないからどう思われるのやら。まあ、それは何とか誤魔化してもらおう、シルルに。
記憶を消す際の魔力を感じたのか目を覚ましたレイは僕達三人に気付いて、その後寝る前の記憶が飛んでいるため少し混乱している。
「えっと、ごめんなさい!帰ってきてレイを見たら嬉しくなっちゃって勢いよく抱きついたら頭ぶつけちゃったみたいで……ごめんなさい!」
「そうなの、シルルってば物凄い勢いだったの、ねっ、エリオ!」
「そうそう、ほんとに驚いたよ」
ナイスシルル。実際問題本当にやりそうな事だからレイも少し考え込んだ後に納得したらしい。なんとか誤魔化すことに成功したけどこれからはイタズラはほどほどにしよう、と決めた。
「ところでなんだが」
「どうかしたのかい?」
「いや、頭を打った割にはそこまで痛くないんだが」
おっとそこまでは考えてなかった。さてどうしたものか。悩んでいるとエシュリアがビニール袋に水を入れたものを持ってきた。なるほど。
「これっ、これさっきまで氷で、冷やしてたから!」
「……なるほど?」
確かにそれなら冷やしていたから頭が痛くないと誤魔化せる。ナイスだエシュリア。
それでもどこか腑に落ちていないのかレイは考え込んでいる。今度はどう来る。
「お前ら三人、なんか誤魔化してるな?」
「なんの事?」
「そんな事ないってば!!」
「そうそう」
くっ、鋭い。誤魔化すことに関しては僕は慣れている自信があるけど素直なシルルは向いてないし、エシュリアはどうなのかイマイチ分からない。
「シルル」
「なぁに?」
「お前はいつも私に怪我をさせない程度にしか抱きつかない。さっきは一瞬納得しかけたが頭をぶつけるような抱きつき方はしない」
信頼ゆえの答えに小さく唸ってシルルは黙り込んでしまった。これは手強い。
「エシュリア」
「な、なに?」
「氷はそこまですぐには水に戻らないぞ。それに頭を打ったというのなら『自分で治しました』くらい言った方が信憑性があったな」
確かに言われてみればそうだ。こっちには治癒が出来るメンバーが揃ってるのにそれを使ってないのはあまりにも不自然だった。エシュリアも言い返せずに黙り込んでしまった。
「エリオ」
「なんだい?」
あくまでも冷静を装う。さて、僕はどう論破するつもりだ。
「まず、残念ながら私の記憶は消えてない。そもそも寝てもいない、寝たフリと言うやつだな。あと廊下で大声で会議したらバレバレだろう。だから警戒して、私自身を白い炎をかなり薄くしてコーティングしておいた。記憶の魔力は弾かせてもらった。あと、別に私は横腹を触られて劣情に囚われている訳では無いから勘違いするな」
早口で捲し立てられて完全に負けた。というか今の話を聞くに僕達は全てを見抜かれていたらしい。
にしても記憶すら消せていなかったとは。手応えが無かったのはそもそも効いていなかったからということになる。というか白い炎でコーティングしてガードしたってどういう使い方をしてるんだ、とんでもないコントロール技術じゃないかそれは。
「全く……ふふっ。まあ、必死で誤魔化そうとしてるのは面白かったが。これに懲りたらもうイタズラするなよ?」
「は〜い」
三人揃って返事をするとレイはしてやったりとばかりに笑っていた。ここまでしっかりと論破されると流石にもうイタズラする気は起きない。これが子供と大人の差ということなのか。
「じゃあ、なんで横腹触られるとあんな声出すの?」
「どういう理屈か知らないが体温が上がって苦しくなるから声が出るらしい」
「ほんとにどういう理屈なんだいそれは……」
全く理屈が分からないが多分まあビャッコの魔力の影響なんだろうとは思うけど。それにしてもその……出てる声が無駄に色っぽい。大人というのもあるけれど。
「あ、そういえばシルル、レイに渡すものがあるんでしょ?」
「そうだった……えっと……」
持ち帰って来て、テーブルの上に置いてあった紙袋をガサゴソと探って小さな小箱を持ち出したシルルはそれをそのままレイに手渡した。
「これは?」
「ほら、レイって右耳だけピアス開けてるでしょ?」
「え、そうなのかい?」
「ちょっと話の腰折らないの、まああたしもシルルに言われるまで知らなかったし気付かなかったけど」
僕が疑問を投げかけるとレイは分かりやすい様に右側の編んでない髪を耳にかけて、見せてくれた。確かに白色の石のシンプルなピアスを付けている。全く知らなかったし、なんならシルルだけ知っていたのも驚きだ。
「それでね、シルルも左耳にピアスの穴開けたからお揃いのピアス買ってきたの!」
左の耳を見せてくれたシルル、そこには今は仮のということなのか透明のピアスが付いていた。
いつの間にかレイが箱を開けていて、そこには羽の形のプレートが付いたピアスが二つおさめられていた。プレートには白色と朱色の石がはまっている。
「そうか……ありがとう、シルル。っと……似合ってるか?」
早速付けていて、前のと違って今度はよく目立つ。そもそも顔が良いから何をしてても基本的には似合う、本人には絶対に言わないけど。
「うんうんっ、似合う!ねねっ、シルルにもつけてつけて!」
もう片方のピアスを持ったレイはシルルの希望通り、今つけている透明のピアスを外して、その左耳に付けてあげていた。シルルにもよく似合ってると思う。
鏡を渡されて、自分のピアス姿を見て、シルルはテンションが上がったのかレイに抱きついていた。
「ところでいつの間に開けたんだい二人とも」
「私は孤児院を出て少し後……王子というものに対する小さな反抗みたいなものだな」
「シルルはちょっと前に、メディコ先生がお手伝い頑張ったから何でも一個お願い叶えてやるって言ってて、ピアス開けてもらったの!」
レイは昔からだから良いとして、シルルはいつの間に。というかレイの開けた理由も反抗から来るものとは。
二人の耳に揺れてるピアス、よく見ると羽の形だけど二つくっつけると……あぁ、そういうことなのか。あとあとレイも気付くだろうから言わないでおこうか。
「さて……エリオもエシュリアもそろそろ戻らないとリナが夕飯を用意してるんじゃないか?」
「あぁ、もうそんな時間か……エシュリア、戻ろうか」
診療所の外まで見送りに来てくれたレイとシルルに別れを告げて、僕達はリナさんの家へと戻る。多分寝る前とかに外すから気付くだろう、あのピアスがくっつけるとハートの形になることにね。
ご閲覧ありがとうございます。
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励みになります!
いわゆる日常回です。レイにイタズラしても誤魔化そうとしても通用しません。大人ですので。
結論スーパーハイスペック王子様です。
最近丁度の時間の更新が増えてるんですがとんでもない時間(書いてる現在1時20分)に書き上がることがあるので基本的に今後は23時固定で行く予定です。