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20/30

20:あたしの気持ちに名前を付けるなら

「それで、レイの容態は……」

「背中の傷は化膿してきている。応急処置の治癒で腹部の貫かれた臓器は治ったみたいだが、傷は塞がり切っていない。出血量も多い……暫くは目を覚まさないだろう。……いや、正直、そもそも目を覚ますかそれさえも分からない。あのお嬢ちゃんにもそう伝えておけ」

「……はい」


ドクターから結果を伝えられ、レイの眠っている病室に向かうと、シルルちゃんが手を握ったまま泣いていた。


走り去ったエリオはまだ見つかっていない。多分、気配を隠す何かの記憶を創造して隠れてるんだと思う。あのあとレイ、フウマさん、ライマさんはドクターの診療所に運ばれて手当てを受けた。幸いにもフウマさんとライマさんはドクターの治癒魔力で手当されたことでほぼ回復して、今はお師匠様がエリオを探しながら町を案内している。あと逃げ出した実験体の人達とやらはハイドさんの家に泊まることになった。片方はソルセルリーの人だから明日元の家に帰るらしい。


そしてレイは今言われた通り。エリオに刺された傷のせいで出血量が多くなって、意識が戻るという確信がドクターからは得られなかった。そんなこと、シルルちゃんに言えるわけない。今だって、手を握ってずっと泣いてる。あたしに気付かないほどに。


「シルルちゃん……」

「……どうして……信じようって、思って……」

「うん」

「なのに……裏切られた……レイがこんなことになった……やっぱり、レイしか信じられない……出てって!!」

「……ごめんね」


涙声ながらも荒らげた声に小さく呟くことしかあたしには出来なかった。


人間不信で少しずつエリオとあたしに歩み寄っていたのにこれじゃあまた振り出しに戻っちゃうよ。でも、それだけの事をエリオはしてしまった。邪魔だから、いて欲しくないから、そんな理由でレイの事を刺した。確かにあの時のレイはその前のライマとの戦いの勢いもあって、本当にいるだけで心強かった。勝てるって思えるほどに。メリディにとっての脅威になっていた。


だからエリオの標的にされてしまった。戦線離脱を強いられてしまった。レイは悪くない、ただ、戦っていただけ。なのに、こんなことになるなんて。


とぼとぼと家に戻ると丁度帰ってきたお師匠様と玄関で出会した。フウマさんとライマさんはその場にはいなかった。


「二人は空いていた家があったからそこに住むそうよ。ほらそんな泣きそうな顔しないの、話は全部聞いたから」

「……あたし……どうしたら良かったのか分からなくなっちゃった……。エリオの気持ちも分かる、でも、それは良くない事で……」

「リビングに来て。ホットミルクを入れるわ」


リビングに向かっていつもの席に座る。キッチンに向かったお師匠様を待っていると直ぐにあたしのよく使うマグカップにホットミルクを入れて持ってきてくれた。一口飲むとなんとなく落ち着けた。


大方の話はフウマさんが既にしてくれていたみたいでエリオがしてしまった事も知っていた。そして今のレイの容態についてもあたしから話した。


「そういえばシルルちゃんは……?」

「さっきドクターから連絡があったわ。レイが目を覚ますまで診療所に泊まるそうよ。ドクターが世話するって」

「そっか。シルルちゃん、あたしの傷ちゃんと治してくれたんだよ。酷い出血量だったから、血まで分けてくれた。なのに、あたしはエリオを止められなかった。止めなきゃ、いけなかったのに……きっと止めてほしくて、そうしたのに……あたし……」


真っ先にエリオを庇ったことで負傷して、出血量も多くて、意識と朦朧としてた。そんなあたしにシルルちゃんは治癒魔力を発動してくれた。血の量が足りなくなって、輸血までしてくれた。


『エシュリアさんなら、止めてくれるって信じるから……だから……っ』


あたしはシルルちゃんの信用を裏切った。エリオを止めることが出来なかった。レイをあんな状態にしてしまったのはエリオを止めることが出来なかったあたしにも責任はある。


自然と涙が溢れ出て、それを見たお師匠様はあたしの事を抱き締めてくれた。


「あたし……どうすれば良かったの……エリオの気持ちだって分かるんだよ……だけど……っ、あんなのダメだよ……なんでよ……っ、あたし達のことはどうでもよかったの?結局エリオはお姉さんの事しか」

「……どうなのかしらね。今、エリオの精神世界は見える?」

「……泣いてた。精神世界でエリオは泣いてたの……なんで、泣いてるか分かんなくなっちゃった……」


覗いたエリオの精神世界はひび割れが広がっていて、その中で膝を抱えて泣いていた。今更後悔してるのだろうか、それともお姉さんの変貌に絶望しているのかな。やっとエリオの事を分かってきたつもりだった。なのに、もう何も分からなくなった。


たった一人の肉親、失いたくないのは分かる。あたしだってもしも両親が生きていて、それであんな風に変貌してしまってもそれは両親だから、傷付け欲しくないのは分かる。だけど、それで新しく出来た仲間を刺すなんて出来ない。危害を加えようとしていたからって、そんなことまでは出来るわけない。


それでもエリオはその行動をとった。お姉さんを守ろうとして、暴挙に出た。結果的に刺されたレイは未だに目を覚ましてくれない。そしてレイを慕うシルルちゃんを深く傷付けた。


「分からないのなら、聞いてみるしかないわ。エリオに直接」

「でも……どこにいるか、分からないよ。会いたいって思っても分かんなきゃダメじゃん」

「明日、エスペラに会いに行って。そうしたらエリオに会えるかもしれないから。だから今日はゆっくり休んで」


頭を撫でてもらえて、少し落ち着いたところでホットミルクを飲んでから自分の部屋に戻った。エスペラさんって言うのは逃げ出した実験体の一人で空間の魔力を持っている人。その人に頼めばどこかへ隠れてしまったエリオが見つかるかもしれない。


今とにかく体を休ませるしかない。傷もシルルに回復してもらったあとにドクターの治癒も加わって痕も残らないようにしてもらった。寝巻きに着替える時に見えたあたしの体にはもう傷は残ってない。エリオを庇って、思わず飛び出てしまった。そして斬られて、傷を負った。痛くて、血も沢山出て、苦しかった。エリオも流石にあたしのために上着を使って止血しようとしてくれた。


「あの時は優しかったのに……」


なのにエリオはレイを刺した。殺す気があったかは分からない。けれど明確に敵意は向けていた。それでもレイの目はあの時も死んでいなかった、怒りを秘めて、睨み付けていた。……目が覚めたとして、レイはエリオを許してくれるのかな。明確に敵意を持って刺された。そんなの許せるわけないよね。


ベッドに潜り込んで、エリオの精神世界を覗き込む。そこであたしは目を疑うこととなった。


色を失った世界でエリオの前にあったのはあたしとの記憶だった。今は覗くことしか出来ない、飛ぼうとしても弾かれてしまってどうにも出来ない。どうしてエリオはあたしの記憶を見ていたのか。それを抱き締めたエリオは泣いていた。


エリオはあたしをどう思っているのか。そしてあたしもエリオをどうしてこんなに救いたいのか。なんとなく分からなくなって、そのまま悩みながら眠りに就いた。


次の日。目を覚ましたあたしはお師匠様に渡されたメモを頼りにエスペラさんを訪ねた。元の家に戻ってすぐだったみたいでとりあえず上がって欲しいと家にあげられた。どうやらお師匠様が連絡はしてくれていたみたいで、話は通っていた。


「本当なら私の魔力を使えばソルセルリーの中くらいなら場所を探知出来るのにそれでも見つからない。けど、ソルセルリーから出た形跡は無いらしいわ」

「でも、町中探しても見つからなかったって」

「隠れているのなら当然よ。でも精神世界が繋がっているという貴方ならエリオの場所に飛ばすことが出来るかもしれないの」


エスペラさんの話によればスピリットコネクトであたしとエリオは繋がっているからそこから上手く逆探知が出来て、空間転移で飛ぶことも出来るかもしれないという。勿論、百%とは限らないけれど。


それでも出来るというのなら、エリオに会えるというのなら。賭けるしかない。


「エスペラさん、お願いします」

「分かったわ。エリオの事だけを考えて、目を閉じて、集中して」


目を閉じて、エリオの事だけを考える。思い出したのは出会った時の事。あの時もあたしはエリオの事を放っておけなかった。今もそう、エリオの事を放っておけない。この気持ちがなんなのか、どうしてそう思うかなんて分からない。だけどあたしはエリオを放っておけない。


ーーエリオのところに、行かせて。


そう願った瞬間あたしの体を魔力の渦が包み込む。その眩さに目を閉じた。


そして目を開けた時、目の前に両膝を抱えて座り込むエリオがいた。あたしに気付いてあげたその顔は酷くやつれていた。


「エリオ……っ!!」


やっと見つけた。駆け寄って、しゃがみこむとエリオはまた俯いてしまった。ここが今どこなのかは分からないけど、どこかの古い家みたいな場所で、エリオはボロボロのソファの上で座り込んでいた。ホコリだらけの部屋の中にいたエリオの頭にはそのホコリがついていて、それを払うとハッと顔を上げた。


「何しに、ここに来たんだい。そもそもどうやって見つけたんだい」

「エスペラさんの魔力の力でここに来た。エリオに、聞きたいことがあったの」


ボロボロのソファの隣に座って、エリオに寄りかかってみた。嫌がる素振りも見せてたけど、諦めたのかそれをやめた。


「エリオはさ、本当はどう思ってるの、あたし達のこと。本当に大切なものはお姉さんだけなの?」

「……姉さんしか僕にはいなかった、って前に言ったよね?」

「うん。言ってた。だからあたしのために生きてって言ったよ」

「でも、姉さんは生きていた。変貌しても姉さんは姉さんだよ。僕は……誰のために生きれば良いんだよ……それが分からなくなったんだ」


また俯いて顔は見えないけどエリオは多分泣いてた。お姉さんを奪われたあの時、エリオを繋ぎ止めるためにあたしのために生きてと言った。でも、お姉さんは変貌していたとはいえ生きていた。だから誰のために生きればいいのかエリオはきっと混乱してしまったのかもしれない。


お姉さんの為に生きる、でもそうするとあたし達に刃を向けなくてはいけなくなる。変貌したお姉さんはあたし達の敵だから。


あたしの為に生きる、でもそうすると今度はお姉さんに刃を向けなくてはいけなくなる。変貌したお姉さんを敵と見放すしかない。


エリオはあたしとお姉さんの間でずっと揺れていたんだって今気付いた。どっちも幸せになる方法は、多分無い。闇に落ちたお姉さんを救い出せるかどうかなんて、そんなの分からない。


「ほんとに、エリオにはお姉さんしかいないと思ってる?」

「……違うって言いたいのかい」

「あたしがいるよ。ひとりぼっちにしないって約束したでしょ?」

「なんで君は僕を放って置いてくれないんだい?」


ずっと悩んでる答え。あたしはなんでエリオを放っておけないんだろう。最初に出会った時も、あのままセイリュウの魔力を持って逃げて良かったのに。エリオの悲痛な声を聞いて、あたしは思わず引き返していた。


その前に過ごしたほんの少しの触れ合いでエリオが悪い人なんかじゃないって思ったから。あのまま見捨てたら、あたしはきっと後悔すると思ってた。だから引き返して、石を投げて、それで盗んだ魔力を自分に打ち込んだ。


それからあたしはエリオの事をずっと気にかけてた。十五年間人間の世界に慣れてなかったエリオの事を放っておけなくなってた。


ずっとエリオの事を見てた、精神世界まで繋がって、お互いの事がよく見えるようになって。それでもあたしはエリオが何を思って研究所から逃げ出したのか、お姉さんを失った時に初めて知った。


お姉さんという精神的支柱を失って崩れかけたエリオの為にあたしがその支柱になろうとした。だけど、あたしじゃなれなかった。こうしてまた崩れてしまった。


やっぱり放っておけない。この気持ちはなんなのか、あたしはまだよく分からない。だけど。


「理由なんて必要なのかな。エリオが悲しんでるとさ、あたしも悲しいんだ。だから、泣かないでよ」

「理由も無しに、君は僕を放っておけないのかい」

「それじゃダメ?」


理由なんて、きっといらないんだ。考えたって分からない。だったら考えなくても良い。でも、それでも、あたしはエリオの事を放っておけない。最初に出会った時からずっと。


でも、一個だけその理由をつけるのなら。この気持ちに名前をつけるのなら。それはきっと。


「エシュリア……?」

「エリオ、一緒に行こ。ちゃんと謝って、許してもらおうよ。お姉さんの事も諦めないで、帝国も倒して、全部捨てちゃうくらいなら、全部手に入れようよ」


ほぼ無意識だった。エリオが顔を上げたその瞬間にかさついていたその唇にあたしの唇を重ねていた。この気持ちはまだあたしには大きくて、それで分からなくて。でも、これがあたしの気持ちなんだ。初めて知った気持ち。


「許して、貰えるのかな」

「ちゃんと謝れば……分かってくれるよ、きっと」

「姉さんのことも……諦めなくていいのかな?」

「良いよ、それで。まだ今は闇から救い出せるかなんて分からないけど……諦めてって言ったって無理でしょ?」


エリオは小さく頷いた。お姉さんが生きていた、たとえどんな姿であろうと、生きていた。なら、諦めなくても良い。いつか救い出す方法を見つけ出せるのなら。


「でも仲間に刃を向けるのはナシだからね。ちゃんと全部みんなに話して、約束して」

「……うん。分かった、約束するよ。それよりもエシュリア」

「なに?どうしたの?」

「それは、なに?」


全部みんなに話すと約束したところでエリオが指を指したのはあたしの左の胸元。そこにはいつの間にか光り輝く青色のハートが浮かび上がっていた。そしてエリオの左胸にも光り輝く水色のハートが浮かんでる。これ、なんなんだろう?


不意にエリオがあたしのハートに触れるとそれはそのまま青色のハートはエリオの中に消えていった。


「エシュリアも触れてみて」

「え、あ、うん?」


導かれるままエリオの左胸に浮かぶハートに触れるとそのままあたしの中に消えて、その瞬間にドクンと心臓が大きく脈を打った。そのまま精神世界を覗き込むと今までよりも鮮明に見えるようになっていた。まるでエリオの事が手に取るように分かるようになっていた。


さっきのハートは、何だったんだろう。


「精神世界が繋がる現象が『スピリットコネクト』というのなら、いまのは『ソウルコネクト』とでも名付けようかな」

「ソウル……魂って、いまのハートって!?」

「そう、僕達はいまお互いの魂を交換したみたいだよ。所謂、一心同体になったっていうやつ?」


いつの間にか両膝を抱えるのをやめて、ちょっとだけいつもの雰囲気を取り戻したエリオはちょっとだけイタズラに笑って、あたしの左胸をつついた。セクハラじゃない?というのはこの際置いておく。


どうやらさっき見てたハートはお互いの魂でそれを交換したことで一心同体の存在になったらしい。よく分からないけどあたしの中には今エリオの魂があるっていうことみたい。


「それにしても……何が引き金だったんだ……?」

「何かいつもと違うことしたっけ……?あ……、もしかして?」

「そういうこと?」


お互い唇に触れて、引き金の存在に気付く。ソウルコネクトの引き金は……口付け?ということ?


気付いた瞬間、顔を真っ赤にして、あたしが今度は両膝を抱えた。なんか恥ずかしい。


「レイやシルルに許してもらえるかな……」

「わかんない。許してもらえなかったらどうする?」

「それは後で考えようか。あと……ごめん、エシュリア……眠い……」


フラリとあたしに寄りかかって、そのまんまエリオは眠ってしまった。


どうやらずっと両膝を抱えて座り込んで寝ていなかったみたい。それで今になって、気が楽になって、今頃睡魔に襲われてしまったみたい。


「おやすみ、エリオ。起きたら……ちゃんと帰らないとね」


レイやシルルちゃんが許してくれるか、それはあたしにも分からないし不安。だけど、エリオの気持ちをあたしはやっぱり無視出来ない。全て捨てるくらいなら全て手に入れれば良い。レイやシルルちゃんの信頼も、取り戻せば良い。そのためならあたしは何だって協力する。


「頑張ろうね、エリオ」


眠っているのにエリオがあたしの言葉に反応して笑ってくれた気がした。


ご閲覧ありがとうございます。

宜しければ評価を宜しくお願い致します!

励みになります!


ご乱心エリオと精神的ケア係エシュリアの話。全部捨てるくらいなら全部手に入れるくらいの気持ちで。

そしてエリオ←エシュリアの恋心も明確に。更に魂も交換して二人の距離は急接近。しかしご乱心の時にしてしまったことは消せないこと。果たしてレイ達は事情を聞いた上でエリオを許してくれるのか。

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