2:あたしとエリオ
村を離れたあたしとエリオ、とそのお姉さんのツバサさんは見つけた洞窟で体を休めていた。村を出て直ぐにエリオの体に溜まっていたダメージが出始めて、刺された左足の傷から歩けなくなるのすら時間の問題だったから休むのを提案した。
「セイリュウの魔力は、治癒能力に優れた、水属性の魔力だから、多分、回復が出来ると思う……」
「喋るのもキツそうなんだから黙って!回復、やってみるから。水化治癒」
グッと自分の体に力を入れ、取り込んだばかりの魔力を解放、体を水に変え、壁に寄りかかり息を切らしたエリオを包み込む。しかしその傷は治ってくれなかった。
「まだ取り込んだばかり、だから、使いこなせないか……服を脱いでみるよ」
まだ使いこなせてなかったみたいでエリオを回復させてあげられない。仕方なく1度離れると着ていた服を上半身だけ脱ぎ捨てる。
「……酷い……なにこのキズ……」
上半身を見せたエリオ。そこにはさっき刺された真新しい右肩の傷以外にも無数の傷跡が残されていた。
「ゼロ属性が短命で忌み嫌われている理由がこれだよ。研究の材料にされ、実験が繰り返され、体がボロボロになって、朽ち果てていく……。僕は姉さんを連れてそんな運命から逃げようとしてたというわけ」
「……痛く、ないの……」
当たり前のように話すエリオに問い掛けた声は多分震えてたと思う。そんな問い掛けに対してもエリオは顔色ひとつ変えない。
「痛いとか苦しいとか……もう忘れたよ。それでも体は疲れてしまうみたいだけど」
「そんなの……っ」
殆ど無意識だったと思う、ポタリと涙がこぼれおちてそのままあたしの体を水に変え、エリオを包み込んだ。
「落ち着けエシュリアっ、そんなに魔力を使ったら……っ」
真新しい右肩の傷を真っ先に癒した後、残されていた傷跡を癒していく。少しずつ消えていくけれど、それに対応するようにあたしの息が切れていく。だからエリオは声を荒らげた。それでも魔力の解放はやめない。
「忘れたなんて言わないで!!痛いなら、苦しいなら言ってよ……あたしが全部癒してあげるから!!だから……もう我慢しないで」
「離れてくれ……っ、痛くも無いし苦しくも無い、だから……っ」
消えるような声で呟かれる、やめてくれ、という言葉を聞かないふりして、魔力を解放し続けて傷だらけのその体を癒した。
「なんで……君は、僕に優しくするんだい……」
「だって……苦しそうだったから……」
「苦しそう?僕が?見間違えじゃないのかい?」
「見間違えなんかじゃないよっ、今だって、苦しそうだよ……エリオ……」
半液状のような状態になり、エリオに抱きつく。癒しながら、それでもエリオに自分の存在をどうしても理解させたかった。
「君に、僕の何がわかるんだ……」
「分からないから考えたんだよ、あたしはエリオが苦しそうだった、だから助けた」
「逃げたくせに……っ、最初は僕から逃げたじゃないか」
拒絶するような感覚に襲われ、エリオから引き剥がされる。そのまま尻もちをついたあたしをエリオは冷たく見下ろす。
「記憶から引き出した魔力拒絶の仕組みを膜にして張ったんだ、君が僕を回復できないように。分かったかい?拒絶されるという気持ちが。分かったような口を聞かないでくれ」
冷たいエリオの眼差しと拒絶されたという事実。それでもあたしはエリオのことを諦め切れなかった。
立ち上がり、もう一度エリオを回復しようと魔力を解放しようとした瞬間。洞窟内に魔獣の鳴き声が響き渡る。
「気付かれた……!!それに姉さんがいない!!」
「え!?い、いつの間に……」
「……っ、とにかく魔獣を倒して姉さんを探しに行く」
辺りを見回すと確かにお姉さんの姿が見当たらなくなってる。あたしとエリオが話してる間に一体どこに行ったのか、分からないけれど洞窟の出入口はひとつしかない。そこから入ってくる魔獣を片付けないと出ることすら出来ない。
暗がりの中、服を着直したエリオの記憶から創造したランタンの光を頼りに出入口の方へと突き進む。出入口だけを見つめるエリオ、その真横に魔獣がいたことに気付いたのは夜でも目が効くようになってるあたしだけだった。
「エリオ危ない!!」
振り上げられた魔獣の爪、咄嗟に守るために魔力を解放し、魔力拒絶の膜を越えて、エリオを水化して包み込むことで守りきる。突然の出来事に固まっている姿を見ながら半液状化、魔獣に突撃し、一気にぶっ飛ばす。
「魔力拒絶の膜を越えた……!?一体どうして……っ」
「あたし聞いた事あるんだ、魔力の強さとかって精神の強さから決まるんでしょ?あたしがエリオを守りたいって強く願ったから魔力が強かったのかも」
魔力の源は精神力、そう聞いた事がある。精神力の強さがそのまま魔力の強さに近付く。そして精神力の強さは心の強さ。願えば願うほど魔力の解放は強くなる。あたしの願いがエリオの拒絶を越えたんだ。
「なんで僕を……1度は逃げたし、僕からも拒絶したのに……っ」
「逃げたのはごめん、謝る。あたしから裏切っといて虫が良すぎるかもしれない。だけど、あたしはエリオを放ってはおけない、拒絶されても着いてくから」
水化から戻り、ダガーナイフを構え、洞窟の出入口からゾロゾロと足を踏み入れる魔獣へと突っ込んでいく。そんなあたしの後ろからエリオもまた記憶から創造した剣を片手に魔獣へと向かっていく。
「エリオ、これ使って!」
「……っと、これは確か」
「あたしが盗んだ宝剣!1回1回剣を生み出すのも大変でしょっ?」
魔獣達の間をぬって投げ渡したのはエリオと出会った時盗み出していた宝剣。ずっと持ち歩いていたそれを受け取って、創造した剣を消したエリオは鞘から宝剣を抜き出し構える。
「凄い……僕の記憶にも無い様な宝剣な上に、不思議な力を感じる……っ」
振るわれた宝剣はエリオが載せたであろう魔力を纏い、魔獣達を簡単に切り刻んでいく。あたしも詳細までは知らなかったから正直驚いてる。
「切れ味抜群じゃない」
「宝剣に魔獣に対する特効を記憶させたからね、切れ味はかなり増してるよ。さてと……早いところ脱出して、姉さんを探しに行くよ」
「もちろん!」
話しながらもそれぞれに魔獣を切り刻み、倒し続け、漸く洞窟を脱する。早くお姉さんを探さないと、そう思った矢先。目の前に魔獣の群れに囲まれたお姉さんの姿があった。
「姉さん!!」
「ちょ、エリオ!!無計画に突っ込んだらダメだってば!!」
魔獣の群れに突き進んでいくエリオを止めようと走り出す。しかし魔獣の群れは数十体はいて、あっという間にその中にエリオは飲み込まれていく。
「……えりおは……きずつけさせない……」
魔獣の群れに突っ込もうにもあたしも危ないと足踏みしていると不意に声が響いて魔獣の群れの動きが止まる、まるで時間が完全に止まってしまったかのように。
「えりおは……わたしがまもる……」
その声が響いた瞬間、魔獣の群れは突然消え失せた。元々そこに居なかったと言わんばかりに。
「……姉さん……!!まさか魔力を……っ」
「お姉さんの魔力……?」
「時の魔力、時間を操り、さっきみたいに対象の時間を巻き戻して存在そのものを消すことだって出来る。でもいまの魔獣の群れの数を一気に消したりしたら……!!」
魔獣の群れから救い出されたエリオは慌てて駆け寄っていく。そしてその腕の中にお姉さん倒れ込んで、意識を失ってしまった。
「そもそも姉さんは精神が壊れてる……魔力を使うの自体危ない状態なのに……僕のせいで……っ」
「……町に連れていこう、こんなところで落ち込んでたって仕方ないし、また魔獣に襲われるよ」
「だけど……っ、また帝国に売られるだけだよ」
「大丈夫、安心して。近くの町にあたしのお師匠様が来てるの。ソルシエールでもあるお師匠様がね。きっと何とかしてくれるはずだから……お願い、あたしを信じて」
しゃがみこんで、エリオの目をじっと見つめる。信じて欲しい、騙したりなんかしない、そんな警戒を解いて欲しいという願いを込めて。
黙り込んだ後エリオはお姉さんを抱き抱えて立ち上がり、あたしを見下ろす。
「分かった。案内してくれるかい」
「おっけー、任せてよ」
警戒を解いてくれたエリオを連れて、あたしはお師匠様が待っている町へと歩み出す。
「信じてくれてありがと」
そんな言葉はエリオに届かないように小声で呟いて。
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