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13:私の隠し事

「やっ!!他の人には会いたくない!!」


ブンブンと首を振ってシルルは私の提案を拒否した。


町を出た私は着いてきたシルルにソルセルリーに向かおうと提案していた。とりあえずエリオ達にしっかり会わせた方が良い、そう考えていたのだが今のように可愛らしく拒否されてしまった。


果てはぷぅ、と頬をふくらませてしまった。これは厄介かもしれない。


「どうしてそんなに嫌なんだ?」

「だって……怖いもん……みんなみんなシルルの事捕まえようとしたんだもん!みんなみんな嫌い!」


ぷいっとそっぽを向いてしまった。どうやら町中の人々に追われたことで周りがみんな敵だと思い込んでしまっているらしい。確かに逃げても逃げても追われ続ける状態を考えると人間不信になっても無理は無いかもしれない。


すっかりご機嫌ななめになってしまったシルルを悪かったとばかりに抱き締めてやると、ぷぅと頬を膨らませながらも私に抱きついてきた。相変わらず、抱きつくのは癖らしい。


「今はレイがいてくれればいいんだもん」

「分かった分かった。……慣れたら、私の仲間にくらいは会って欲しいが」

「うぅ〜……わかったよぉ……」


シルルの人間不信は重症、なのかもしれない。だが、それが克服されればエリオ達ともすぐに仲良くなってくれるはず。何せここまで人懐っこい子だからな。


ただ人に会わない=町に入れないとなると魔獣が溢れる荒野にいなければいけないということになる。それはそれで厄介だ。


未だに精神状態が安定してくれない。シルルと精神世界が繋がった影響もあるのかもしれないが弓を元のサイズに戻すくらいは出来るが、白い炎を出すことが出来ない。


今も周りには魔獣の気配がある。シルルをこうして抱き締めているのも離れないようにという意味もある。慰めるという意味も勿論あるが。


そして何よりも困っていたのが精神状態の不安定さからシルルが魔力を全く解放出来ない事だった。


白い炎が使えない私と魔力が全く使えないシルル、どちらもまともに戦えない中で荒野にいるのは自殺行為だ。


ギュッとしがみつくシルルを見下ろすと不安そうに私を見ていた。考え事をしているとつい険しい顔をしてしまう。不安を与えぬように少し表情を和らげると安心してシルルは微笑んでくれた。


「魔獣に見つかる前に離れるぞ」

「うん……えっと……ごめんね、レイ……」


謝られるような立場では無い。寧ろ、謝らなければいけないのはシルルを守る立場でありながらまともに白い炎が使えない私の方だ。


近くに洞窟を見つけ、辺りに魔獣の気配が無いことを確認して入り、休憩することに。


同時に一つずっと気になっていた事をするべく、シルルの後ろに回り、その鮮やかな金色の長い髪を持ち歩いている櫛で梳かし始める。緩くウェーブがかかっており、腰ほどまで伸びている。このままにしておくと恐らく今後邪魔になるだろう。


「こんなものか」

「んっ……?んんん?結んでくれたの?」

「一応、邪魔にならない程度に」


自分用の予備で持っていた赤いリボンで長い髪を上手く纏めてツインテールに結んでみた。手鏡なら手元にあったため渡してみると自分の髪型を見て、パッと表情が明るくなる。


「ありがとうレイ!!とっても可愛い!!」

「気に入ってくれたのなら何よりだ」


勢いを付けて喜びを込めて抱きつかれる。やはり感情が昂ると抱きつく癖があるらしい。まだまだ幼いというか年相応というか。本当に……何故こんな少女が神の魔力の適合者に選ばれてしまったのか。産まれ持って来るのとはまた違う、後天的に選ばれた者になってしまったのか。


それでもこうして笑っていられるのなら良いのか。本当はこんなところにいるはずじゃなかったのに良いのか。シルルの笑顔を見る度に勝手に胸が苦しくなる。


洞窟で休んでる間に陽が落ちてしまったため、特に道具などは無いがここで野宿することになった。眠りづらいと言いながらも疲れて眠ってしまったシルルに見つからないよう、洞窟の入り口に戻る。


そこで腹部の気付きたくなかった違和感に気が付く。


「っ……まだ、治らないか……」


巻かれていた包帯を外し、傷口にあてられていたガーゼを外す。外したガーゼには少しだけ血が滲んでいた。どうやら相当深い傷だったらしく、安静にしていなかった私も悪いがなかなか傷口が塞がらない。時折ズキズキと痛む傷口に新しいガーゼを貼り、包帯を巻き直す。


後頭部の方も髪に隠れて見えないがまだ塞がり切ってはいない。やはり安静にしていなかったことが悪いのか。深いため息をついてシルルの元へ戻った。


すやすやと規則正しい寝息をたてて寝転がるシルルの横で壁によりかかって眠りに就く。明日からどうするかはまた考えるとする。今はあまり動かないほうがいい。


「……ん……?」


朝になり、暗かった洞窟の中にも少しだけ陽の光が入り、その明るさで目が覚めた。……が、また動けない。


それもそのはず、壁によりかかって寝ていた私にいつの間にかシルルが抱きついて眠っていたからだ。絶対離れない、とばかりに抱きつかれているため全く動けない。そしてシルルが目覚める気配も無い。


「……待つか」


もう少し寝ていても良いだろう。シルルを起こすわけにも行かず、私ももう一度目を閉じて、眠りに就いた。


その後もう一度目を覚ますと今度はシルルも同じタイミングで目を覚ましてくれた。待っておいて良かった。


「おはようシルル。それで……なんで抱きついていたんだ?」

「怖い夢見たの……みんなみんなシルルのこと嫌い!って言ってて……レイもいなくて……怖くて……うぅ……」


どうやら相当怖い夢を見たらしい。泣き出しそうになり、俯いたシルルを咄嗟に抱き締めると安心したように体の力を抜いてくれた。怖い夢を見て目が覚めたのが夜中だとしたら洞窟も暗い。不安になって、隣で寝ていた私に抱きついてきた、というところだろう。


あの町で追いかけ回された事で相当な心の傷を負ってしまったのだろう。怖い夢を見て目が覚めて私に抱きついてしまうほどに。そしてそれと同時に私にだけその傷付いた心を許している、ということらしい。それだけ王子様という存在はシルルにとって大事なものということだろう。


「大丈夫だ、私ならここにいる」

「うん……っ、レイがどっか行くはずないもん……大丈夫……」


どこかへ行くはずはない。そこまで私は信頼されているらしい。飛んで以降、敢えて精神世界に触れないようにしていたがシルルの精神を支えている支柱はここまでのことを考えるとどうやら私らしい。


不安そうに抱きつくシルルの頭を何度か撫でてやる、昨日結んでやった髪が少しだけ乱れている。どうやらあのまま眠ってしまっていたらしい。暗がりで気付かなかった。


シルルは不安そうにしながらもなにか悩んだようにしながらも私を見上げた。


「……レイ……なにか、シルルに隠してる?」

「いきなりどうした?別に隠し事をしているつもりは……」

「昨日の夜……何してたの……?」


見られていたのか。恐らくシルルの言っているのは昨晩洞窟の入口付近で包帯を巻き直してた際の移動の事だろう。寝ていると思っていたが起きていたのか。


どう誤魔化そうか。傷のことを言えばシルルに心配をかけてしまう。それは避けたい。なんとかしようと考えていた矢先、シルルがイタズラに腹部の傷付近に手を触れた。


「……っ……」

「やっぱり……怪我してるの……?」


咄嗟にその手を払い除けてしまい、シルルはより一層不安そうに私を見つめた。


「ずっとお腹のところ避けようとしてたもん……シルルのせい?」

「違う……っ、これは……私が未熟だったばかりに……」


ズキリと腹部が痛み、その場にしゃがみこむ。シルルを不安にさせてはいけないと立ち上がろうとするがその度にズキズキと痛みが強まる。


「無理……させてた?ごめんなさい……シルルがずっと不安な顔してたから……だよね?」

「違う……っ、違うんだ……っ、だからそんな顔しないでくれ……」


不安な顔をしないでくれ、そう願いながら見上げたシルルの顔は不安なんかではなく心配そうな顔をしていた。しゃがみ込んだシルルはいつもよりも優しく私に抱きついた。


そうされることで何故かふっと、腹部の痛みが収まった。


「シルルが頼りなくて……不安にしてたから……ずっとずっと無理してたんだよね、レイ……」

「だから違うと……」

「違わないもん……シルルの事ちょっとは頼って!怪我してるなら手当てだってちょっとは出来るもん……だから、一人で片付けないで……シルルもいるもん……うぅ……」


あぁ、遂に泣かせてしまった。慰めるように頭を撫でてもシルルはずっと泣いていた。


一人で片付けようとしていたのは確かに事実だ。シルルに心配をかけさせてはいけない、不安にさせてはいけないと、無意識に無理をしていたらしい。それが祟ってなのか、傷の治りが遅くなり、手当ても自分ですることになってしまった。


だが結局それでシルルに心配されて、不安にさせて、泣かせてしまっては意味が無い。この子を泣かせてしまったのは私の愚かな選択のせいだ。


「悪かった……じゃないな……ごめんな、シルル。私のせいで、泣かせてしまった……」

「うぅ……違うもん、レイは悪くないもん。シルルが頼りなくて……ダメダメだったからだもん……だからレイは謝らなくていいの!」

「いや、謝らせてくれ。シルルを信じてやれなかった、私が悪い」


なかなか泣き止まないシルルからそっと離れ、衣服を捲りあげて、昨日手当てし直したばかりの腹部を見せる。巻かれた包帯を見たシルルは泣きながらもそれにそっと触れた。


その様子を見ながら、包帯を外し、昨日つけたばかりのガーゼも外す。まだ、傷口は塞がり切っておらず、ガーゼにも血が滲んでいた。


「うぅ……」

「見たくないなら見なくても良い。無理はしなくてもいい」

「でも……シルルだって手当てくらい出来るもん……ちゃんと見なくちゃ……」


新しいガーゼを手渡してやると手先を少し震えさせながらも傷口にのせ、包帯を渡すと小さく息を吐いたあとでゆっくりと巻いてくれた。少し緩い気がするが気にしないでおく。


手当てが出来るとシルルはパッと表情が明るくなり、腹部を避けて上手く抱きついてきた。


「もう隠し事はなしだからね!ちゃんと痛かったらシルルに教えて!」

「分かった分かった。ありがとな、シルル」


ニコニコと笑うシルルにまだ隠し事をしているとはとても言えなかった。精神状態が不安定で魔力を使えなくなっているとは、とても。


ずっと同じ場所にいる訳にもいかず、今いる洞窟を後にしようと立ち上がるとシルルは私の手を掴んだ。一時も離れたくないのだろう。手を繋いだまま洞窟を出ていく。幸い魔獣の気配は無かった。


しかし魔獣ではない、別の何かの気配を感じ、咄嗟にシルルを後ろに回させる。


「お前は……」

「随分と探させてくれましたね?ですが、漸く見つけましたよ、ククク……」


気配の正体は緑色の髪のサングラスを掛けた帝国の男……シルルにスザクの魔力を打ち込んだあの男だった。


ニヤニヤと笑いながら近付く男にシルルも気が付いたようで私の背中にしがみついていた。だがいまの状態で戦うのは危険過ぎる。魔力を殆ど使えない以上、シルルを守り通せる気がしない。


「シルル、洞窟の中に逃げろ」

「!?でも、それじゃあレイは!?」

「心配するな。とにかく逃げろ!」


手を離し、追い払うようにシルルを洞窟へと向かわせる。不安そうな表情になり、何度も立ち止まりそうになりながらもシルルは洞窟の中へと姿を消す。


チェーンの先から魔力武具を取り外し、魔力を込める。なんとか元のサイズに戻すことは出来たが白い炎は相変わらず出せない。だが、洞窟に逃がしたシルルの元へ行かせる訳にはいかない。


「ランゲイド、それが俺の名前。あぁ、いま貴方俺の目を見ましたね?」

「それがどうかしたか?倒させてもらう、動かないのならこちらから行くぞ!」


弓を構え、走り出す。確かにいま目はあった。それが何になるかなど関係無い。とにかくこの弓一つでいまは戦わなければいけない。


全く動こうとしないランゲイドとやらに斬りかかっていくが何故かその攻撃はすり抜けるように外れてしまう。避けられたのか。ならば追撃するのみ。


しかし追撃もまたすり抜けるように外れる。何度やっても上手く当てることが出来ない。ランゲイドは一歩も動いていないというのに。


全く当たらず、何度も何度も斬り掛かる内にランゲイドに右手首を掴まれ、捻りあげられる。そこから抜け出そうとしても何故か右腕に力が入らない。


「狙えない、右腕は力が入らない。そして次は左脚に力が入らない、はどうだ?」

「……っ!?くっ……」


言われた通り左脚に力が入らず、ランゲイドの目の前で片膝をつく。一体どういうことだ。まるで右腕と左脚だけ、私の体ではないような感覚になっている。まるで操られているような。


この間もランゲイドの白い目はずっと私の目を見ていた。そういえば一度も目を離されていない気がする。こいつの魔力は目と言葉によるものなのか……?


「そろそろこちらからも仕掛けさせてもらいますよ。ククク……。ウィークネスペイン」


呟かれた瞬間、後頭部の傷と腹部の傷にズキリと痛みが走る。徐々に強まる痛みにまだ私の意思で動かしている左脚からも力が抜けた。


「……っ!!ぁ……ぐ……っ!?ぁ……っ!!ぁぁあ……っ!!」


強まる痛みは収まることを知らない。痛みからその場に崩れ落ちそうになるが右手首を捻りあげられたままにされているためそれすらも叶わない。


「痛いだろう?苦しいだろう?ククク……次はどうしてくれようか」


こいつのカラクリは分かった。目を通して魔力を送り込み、言葉でそれを操作している。


だが痛みでそれどころでは無い。とにかく目を閉じる、そうすればこいつの魔力からは逃れられるはず。そっと目を閉じようとするとそれも叶わない。


目が合ったランゲイドは怪しく笑い、今度は直接的に包帯を取り、腹部の傷に指を触れた。


「ぁぁぁぁぁああーーーっ!!!」

「目を閉じるな。俺の指を刃だと勘違いしろ。ククク……逃れられると思うなよ?」


鋭い刃で抉られたかのような感覚に襲われ、思わず声が漏れる。目を閉じることも出来ず、魔力から逃れる術を失ってしまった。


視線を少し腹部にそらせば、そこはただランゲイドが傷口に指を滑らせているだけ。そう分かっているのに私の頭は魔力に惑わされ、強い苦痛だと勘違いして伝えてくる。


「視線をそらすな。顔を上げろ。にしてもよく見れば結構いい顔してんだな?あの少女も良かったが……お前で妥協するか」

「何を……する気だ……っ?」


顔を上げるよう強制され、視線もそらすことが出来なくなった。右手首から離された手に頬を撫でられ、嫌悪感に鳥肌が立ちそうになる。


掴まれていた手を離されたことでその場に崩れ落ち、それでも強制されているため、顔だけは上げ続けることとなった。痛みもまだ消えない。


しゃがみ込んだランゲイドの魔力が上がっていく。それに合わせて体の自由がどんどん効かなくなっていく。既に効かない右腕、左脚に加え、もう力が入らない右脚と左腕も力が入らない。


「俺に従え。従順なる下僕となれ」


うっすらと聞こえた言葉はその二つだった。頭の中を書き換えられていく、そんな感覚に襲われる。このままでは……私は……。


「ダメーーーーーッ!!!」


急に響いたのは洞窟の中に行かせたはずのシルルの声だった。

ご閲覧ありがとうございます。

宜しければ評価を宜しくお願い致します!

励みになります!


レイ再びのピンチ。なんかこの王子様強いんだか弱いんだか分からないんですよねぇ。いや多分強いんですけど。あとロリコンでは無いです。

王子様はいじめ得ということで。(別に性癖とかいう訳では無い)

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