10:あたし達の始まり
エリオの精神世界から戻り、目を覚ますとそこには満身創痍で立っているレイと負傷しながらも余裕そうに立っているエルリルの姿があった。
一部の大地は割れ、レイは激しく息を切らしながらも弓を構えて立っていた。まだ戦う意思は消えてない。
すぐに起き上がり、レイの肩を叩き、目が覚めたことを教える。すると少しだけ安心したのか険しかった表情を緩めた。
スカートの下に隠し、太ももにベルトで付けておいたお師匠様がくれた短剣を両手に構えた。
「二人になろうが何人になろうが、俺の敵じゃねえんだよ!!」
禍々しい魔力を解放したエルリルは手をついた地面に魔力を注ぎ込んでいく。何かをされる前に動けるあたしが攻撃しなきゃ。
駆け出して、エルリルに短剣で斬りかかっていく。その瞬間目の前に巨大な蛇が巻きついた亀が現れるとも知らずに。
「っ……!!」
勿論短剣の攻撃は弾かれた。そして亀は両腕を広げ、あたしに襲いかかる。その瞬間に前にエルリルにやられた時のことを思い出してしまった。
また痛い思いをする、またやられちゃう。動けなくなり、目を閉じると今度は生暖かい血の匂いがした。
「……大丈夫……か?」
「レイ……!!」
恐る恐る目を開けるとそこには亀の爪に後頭部を攻撃されたのか、頭から血を流してあたしを庇ってくれたレイの姿があった。
直ぐ様振り向いたレイは弓に白い炎を灯して、刃を巨大化させ、亀を真っ二つに切り裂いた。
「エシュリアには……指一本触れさせない……!!」
「レイ!!無理しないで……っ!!もうこんなにボロボロなのに……!!」
弓を構え直してエルリルへと突き進もうとするレイを思わず引き止める。よく見れば身体中に傷があり、着ている服には血が滲んでいた。こんな状態であたしを庇ったというの……?
すぐに回復させようと魔力を解放しようとすると今度はレイに引き止められた。
「魔力は温存しておけ、エリオが来るまで」
「でもそれじゃあレイは……?」
「私の事はいい。とにかくエリオが来るまでは私が守る……」
あたしを置いてエルリルへと向かっていくレイを見ていることしか出来なかった。邪魔をしちゃダメだ、レイはあたしを守るために戦ってる。だからエリオが来るまでここにいなきゃ。
魔力を温存して、エリオが来たら加勢する。そう決めて、レイの戦いを見守っていた。
「はー……はー……」
「ほんとにしぶとい王子様だな……?」
「あ……ぐ……っー!!」
どれだけの時間が経っただろうか。倒されそうになっても倒れることなく弓を構え続けたレイはいつの間にか背後に回り込んでいたエルリルに後頭部を掴まれ、指先で傷を抉られ、悲鳴をあげた。
「ぐ……っ、ぁ……っ、ぁぁぁあーーーっ!!!!」
暴れようとすると今度は腹部を強く押さえ付けられ、大きな悲鳴をあげる。
それでもレイの目は死んじゃいない。来るなとあたしに訴えかける。
けど、こんなの見てる方も辛いよ……。それに後頭部の傷はあたしのせいで付けられてしまったもの、あたしのせいでレイが苦しんでる。
「止めて……っ!!止めてよ!!!もう止めて……!!」
「止めろと言われて、止める奴はいねえんだよ!!」
「……っ!!ぐぅ……っ、ぁ……っ!!あぐ……っ!!」
腹部に突き付けられた土の破片。それがレイの衣服を切り裂き、生々しく皮膚を貫いた。
響くレイの悲鳴も苦しむ姿も見たくない。耳を塞いで目を背けてしまった。それでも塞ぐ手の隙間から聞こえる生々しいレイの悲鳴、もう、やめて。
「エリオ……早く……来てよ……っ!!レイを助けて……っ!!」
ポタリと涙がこぼれた。
その瞬間にレイの悲鳴が止み、どさりと倒れ込む音と……水の音が聞こえた。
恐る恐る逸らしていた視線を戻すとそこには宝剣でエルリルの背後から斬りかかっていたエリオと背後を斬られたエルリル、そして拷問から解放され倒れ込んだレイの姿があった。
「エリオ……っ!!」
「遅れてごめん……っ、レイも……ここまでごめん……」
倒れ込みながらもエリオに視線を向け、安心したようにレイはそっと目を閉じて意識を失った。直ぐに駆け寄り、魔力を解放、治癒の水を身体中にかけた。出血量も多い、このまま放っておいたりなんかしたら死んじゃう。だからこそ。
レイに治癒をかけたあと、駆け付けたエリオに歩み寄る。その右の頬はなぜだか今来たばかりなのに赤くなっていた。
「そのほっぺた、どうしたの?」
「リナさんに引っぱたかれた。遅い!ってね。っと」
はは、と軽く笑ったあとエリオは倒れたレイの傍にしゃがみこみ、その額に右手をかざした。
なんの記憶を読んでるんだろう?そう思っている間に立ち上がったエリオは宝剣を構える。
「何人だろうと変わらねえ、倒すのみ!!」
「倒されるのは君の方だ、行くよ、エシュリア!」
「うん!!」
エルリルは再び巨大な蛇が巻きついた亀を作り出す。さっきはレイが斬り裂いてくれていたけどあたし達で倒せるか、そう不安になっているとエリオがあたしの立っていた。
庇うつもりなのか、そう思って短剣を構えようとするとエリオはその手を制して、巨大な亀に向かって魔力を解放していた。その瞬間、巨大な亀がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「え……!?」
「んな……っ!?どうなってやがる!?」
「さぁ?どうなってると思うかな!?」
動揺するエルリルに斬りかかって行くエリオにアイコンタクトをされて後ろから走り出す。エリオの宝剣を避けたエルリルにその後ろから走ってきていたあたしが魔力を纏わせた宝剣で斬りかかっていく。
咄嗟に魔力を纏って体を土のように固くして防御していたっぽいけどその魔力をあたしが斬り裂いた。狙ったのは既に負傷していた右肩。レイが付けてくれた傷をあたしが更に狙った。短剣を両方とも刺し、そのまま力任せに下に向かって引く。
「っ!!こいつ……!!」
「エリオ!!」
声をかけるとあたしに向かって拳を振り上げたエルリルの背後からエリオが宝剣を構え、走り込む。
気付いて振り向くも既に遅し。エリオが突き出した宝剣がエルリルの腹部の傷を抉りながら貫く。そしてそのまま引き抜き、あたしが傷付けた右肩から左腰に掛けてを一気に斬りつけた。
「何故だ……!!魔力が、発動しない……!!」
「当然だろう?だって君は“魔力の使い方を忘れてる”んだから」
焦るエルリルは確かに全然反撃をしてこない。どうやらエリオが記憶の魔力で魔力の使い方を忘れさせていたみたい。焦り続けるエルリルに対してあたしの隣に来ていたエリオは涼しげに……いや、イタズラが成功した子供のように笑っていた。
「思い出される前に決めるよ」
「うん!!」
あたしの右手をとったエリオはセイリュウの魔力を解放。二人分の魔力を繋いだ手に注いでいき、焦り、周りが見えなくなっているエルリルに向かって突き出す。
「「全てを飲み込め!!水流青龍!!」」
突き出した繋がれた手から放たれた水流の龍はそのままエルリルへと真っ直ぐ向かっていき、その体を飲み込んでいく。そのまま空中へと飛び上がり、地面へ垂直に落下し、爆発。倒れたエルリルは意識はあるものの動けなくなっていた。
とはいえあたし達も魔力を大幅に使って、すっかり疲れ果ててしまった。息を切らしているとエルリルは自らの身から放出した闇の魔力によって姿を消した。
「あたし達……勝ったんだよね……?」
「あぁ、勿論、レイのおかげでね。よっと」
訂正する。疲れてたのはあたしだけだったみたい。意外と動けたエリオは倒れたレイの腕の間に肩を通して抱えて、ソルセルリーに向かって歩き出している。あたしも立ち上がってすぐに逆側の腕を抱えてあげた。
「レイが粘ってくれたおかげでその記憶からエルリルの攻撃パターンを絞れた。本当に助かった」
「……ねぇ、エリオ?」
「どうしたんだい?」
「ん〜ん。なんでもないっ。いつも通りだなって思っただけ」
いつも通り、というより少しだけ明るくなった気がする。エリオは変わり始めてる。そんな気がする。
なんでもない、と言った後に笑っている横顔を見てそんなことを思っていた。
「全く……。よくここまでやられて生きていたねこの男は。エシュリアの応急処置の治癒があったから持ったようなものだが。命に別状は無いからとりあえず寝かせておけば大丈夫だが」
はぁ、とため息をついたドクターさんは座っていた椅子から立ち上がり、少し寝ると言い残して奥の恐らく個人の部屋に消えていく。
診療所に運び込んだレイに治癒の魔力をかけ続けたせいですっかり疲れてしまったみたい。今はまだ眠っているけど命にはもう別状が無いなら安心だけど。
状態を聞いて少しレイの様子を見たあとあたしは外で待っているエリオとお師匠様の元へ。
「レイの状態は?」
「命には別状が無いって。ほんとに良かった……」
「それなら良かったわ。……エリオ、さっきは引っぱたいてごめんなさいね」
右の頬を冷やしているのを見て申し訳なさそうに両手を合わせるお師匠様、ほんとに引っぱたいたんだ……。
「それで貴方達結局これからどうするの?」
「ソルセルリーを拠点に、あと一つの神の魔力探しと帝国の調査をするつもりです。なので……宿屋じゃなくて貸してもらえる家とかってないかな?」
「それなら私の家の部屋を貸せるわ。丁度エシュリアも住んでるし。……本当にやるのね、エリオ」
お師匠様の問いかけにエリオは力強く頷いた。
「レイが目を覚ましたら彼にも伝えないとね。帝国を滅ぼすという運命に向き合うと決めた、とね」
「うん。でもエルリルはどうしよう……帝国に従ってるけど」
「それはあとで考えよう。とりあえずいまは」
「いまは?」
言いかけたところで問いかけるとエリオは急にあたしに体を預けてきた。そのまま目を閉じて、すやすやと規則正しい寝息をたて始めてしまった。
……寝てる。単純に、寝てる。
「逃げ出してからお姉さんの事ばっかり考えてて、ちゃんと寝てなかったのかもしれないわね。とりあえず運んであげましょ、新しい家に」
「はい!」
お師匠様が抱き抱えてエリオを新しい家、もといお師匠様の家へと運ぶ。
ふと寝顔を覗き込むとどこか年相応なまだ垢抜け切ってない顔で幸せそうに眠っていた。
「これから頑張ろうね、エリオ」
優しくそう投げかけてみた。返事は勿論無いけれど。
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