オマケ 攻防戦2
大事にされている。それはわかった。ディルクは本当にエリゼを愛してくれてるのだろう。そのこと自体に不満は無い。
「……手応えはあったわ……」
ただ、それはそれとして、このまま引き下がっては女が廃るのである。
◆◆◆
「あのねディル、聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、何だ?」
机に向かったエリゼの隣に立ち、ディルクがその手元を覗き込む。後ろにまとめた癖のある黒髪が、その動きで少し解れてその頬にかかった。
「ちょっとわからないことがあって」
頬にかかった髪をさらりと耳にかけるディルク。そんな些細な動作も格好良い。
今日は旧時代語を教えてほしいという名目でエリゼがディルクを呼び出していた。
ちなみに今日家に両親はいない。二人共お出かけである。今日家に両親はいない。
「男の人って可愛い系とセクシー系どっちの下着の方が好み?」
「うぐぉうあっどっ、あっ、うぇえっ!?」
もの凄い悲鳴を上げ、ガッシャーンと派手な音と共にディルクがひっくり返った。ペン立てを掴んだ拍子にぶちまけてしまったらしい。
「エリゼ!!あの話はもう終わっただろ、蒸し返すんじゃない!!」
「あの話……?何のこと?私はただ将来のために参考にしたいなあと思って」
本当に何のことだろうか。ただちょっと世間話をしただけである。確かにちょっといかがわしい話題かもしれないが気になったのだから仕方ない。
「ディルが答えてくれないなら、他の人に聞こうかしら」
「ぐっ……」
頭を抱えてうずくまるディルクを見下ろし、エリゼは確かな手応えを感じ小さく拳を握った。
エリゼとて色事に詳しいわけではない。百戦錬磨の女性がやるような誘惑方法なんて知らない。ただ先日ポロッと言ったこの件に関してディルクがかなり反応を示していたことから、この線で押せばいけるのではないかと思った次第である。
「……に……似合っていれば何でも……」
「具体的には?レースがいい?リボンがいい?白がいい?黒がいい?」
「あああああもうだからやめろって!!」
机の端を掴み、フラフラとディルクが立ち上がった。この短い時間で相当消耗してしまったらしい。既に肩で息をしている。
「そんなの次会った時に『この前言ってたとおりのもの着てきたの、確かめてみる?』とか言う気だろ、引っかからないからな!」
「えっ?」
「え?」
ちょっと怒らせすぎたかもしれない。
お説教でもされるかと思って覚悟をしたエリゼだったが、説教は説教でもちょっと予想外の説教にポカンと首を傾げた。
「なるほど、その手があったのね……!」
「え」
どうやって誘惑したらいいかわからなかったが、まさかディルクの方から具体的な誘惑方法を教えてくれるなんて。そんなことまったく思いつかなかった。なるほどまさにそれは百戦錬磨な女性が使いそうな誘惑方法である。これは是非参考に。
「………………帰る」
「待って待って待って待って!」
なんて感動している場合ではなかった。エリゼの言葉に同じくポカンとしたディルクが口元に手を当て、何やら考え込み、天を仰ぎ、次の瞬間部屋の窓を開け放ってその枠に足をかけたのである。
「待って!そっちは窓よ!どうしちゃったのディル、危ないわ!」
「いい!止めるな!このまま裏から帰る!危ないのは俺の思考だ!」
「待って、本当に待って!私が悪かったわ、ごめんなさいお願いだから待って!」
その後飛び降りようとするディルクと止めるエリゼで膠着状態に陥ったが、最終的に「飛び降りるなら私も一緒に行く」というエリゼの必死の主張によりようやくディルクは窓枠から足を下ろした。
「ごめんなさい……」
「いや……半分は俺の自滅だから……」
しっかりと窓を閉め、床に散らばったままだったペンを拾い、ペン立てに収納し。
一息ついたエリゼは、ディルクと並んでラグマットの上に膝を抱えて座っていた。
「……不安だったの」
抱えた膝の上に頭を乗せ、エリゼが呟く。
「ディルはいつも、自分なんかって言うから……私以外の子になんてモテないって言って、私のことだって、もし私が竜や精霊さん達の方がいいって言ったら、手放しちゃうようなこと言って……」
「エリゼ……」
初めて会った時からなんて格好良い男の子だろうと思った。
器用に旧文明の利器を操ってみせてくれて、エリゼの知らない色んなことを知っていて、一緒にいてとても楽しい人。
どんなに怖い人に襲われた時でも、その知識と器用さでいつも助けてくれるとても頼りになる人。
「わからなかったんだもん……いくら私が可愛くったって、もし私のことも気にしないでディルを好きだって言う子が現れたら、その子は私みたいに変なやつらに狙われたりしない子だったら、ディルが私のことはもう他の誰かに任せようと思っちゃったら、どうしたらいいのか」
「そんなこと!思うわけない!」
何が来ても守ってくれるとディルクは言う。『君が俺を選んでくれる限り』と。『俺を選ぶような女の子は5千人に1人、エリゼだけ』だと。
つまりいつかエリゼがディルク以外を選ぶ可能性を考えている。なのに自分がエリゼ以外の女の子に選ばれることはまったく想定していない。
「……悪かった。俺ばかり不安だと思ってたんだ。エリゼの不安をわかってなかった……」
「ううん、私だって。せっかくディルが大事にしたいと思ってくれてるのに、台無しにするようなことして、ごめんなさい……」
こわごわと、割れ物を扱うかのようにディルクがそっとエリゼの頬に触れる。
「ごめん、エリゼ。どうしたって俺は自分を格好良いなんて思えない。エリゼの婚約者になれたのだって親のおかげだ。これからも情け無いことを言ってエリゼを不安にさせるかもしれない」
だけど、と掠れた声で一言。
「たとえどんなに格好良くて、力のある男が相手でも、誰にも渡したくないくらい君が好きだってことは、覚えておいてくれ……」
迷うように頬を撫でていたディルクの手が、しかし意を決したようにエリゼの額に移動しそこで止まった。そして前髪をかき分けたと思いきや、露わになった額に唇が触れる。
「……うん!」
こういうことをディルクからしてくれるのはとても珍しい。いつだってその背に飛びつくのも、手を握るのも、腕を組むのもエリゼの方からだった。心の底で「自分なんかが」と思っているディルクは、中々自分からエリゼに触れようとはしないのだ。
「ディルも覚えておいてね。私にとってディルは世界中の女の子が夢中になってもおかしくないくらい格好良いって!」
「ああ。もう少し自信を持てるように頑張るよ。エリゼを傷つけないためにも」
ふわりと優しい空気が二人の間に流れる。
しかしもしかしてディルクのこんな自信の無さも、何かとは言わないがやることをやれば解消されたりするのでは……そういう話聞いたことがある……とエリゼは一瞬思わないこともなかったが、とりあえずその邪な考えは今は捨て置くことにしたのだった。
まあ多分エリゼは諦めない。