オマケ 攻防戦
前話のちょっとした続きです。
「ねぇディル、本当に駄目?」
騒ぎを聞きつけてやってきた者達をなんとか誤魔化し、ドア越しの攻防戦を終え、二人で何事もなかったように部屋に戻ってすぐのこと。
ドアの外の足音が遠ざかるや否やエリゼがディルクを見上げて言った。
「だっ……いいかエリゼ、嫁入り前の女の子がそういうことを軽々しく言うもんじゃない」
反射的に「駄目じゃない」と言うところだった。いや危ない。そうじゃない。なんのためにさっきまであんなに揉めに揉めたと。
「ディルは私とそういうことしたくないの?」
「した……っくないと言ったら嘘になるけど……!エリゼを大事にしたいんだ、わかってくれ」
据え膳食わぬは男の恥。旧文明の本の一節にそんな言葉があった。
「大事に……?」
不満げな表情をするエリゼにディルクがなだめるように言う。
「ああそうだ。きちんと順番を守って、エリゼのご両親に何も恥じることのないようにしたい。ご両親だって、あと一年も待てずに手を出すような男に大事な娘を任せたくないだろう」
男の恥だからなんだ。愛する人のためなら恥くらいいくらでもかくべきだろう、男なら。
「私があと一年も待てないって言っても?」
「それでも!男の方が我慢するべきなんだ、こういうときは!」
きゅっと服の端を引っ張って、上目遣いでそんなことを言う可愛い婚約者。
今のは危なかった。咄嗟にホールドアップの体勢にしなかったらどうなっていたことか。
「こ、こういうのは女性の方が負担が大きいし……は、初めては痛いって聞くし……きちんと準備をだな……」
「準備なら大丈夫よ。だって私ちゃんと今日は可愛い下着を」
「ああああああああ!」
危なかった。咄嗟に両耳を塞いで大声で遮らなければどうなっていたことか。
「ちょっとディル、聞いてる?」
「聞かなかった!俺は何も聞かなかったっ!!」
可愛い?可愛いなんとかがなんだって?いやエリゼはいつだって可愛い、そんなことは言われなくてもわかってる。何も問題ない。何も聞かなかったから何も問題はない。
「……そんなに駄目?私のこと嫌い?」
「そんなわけないだろう!」
目を潤ませて言うエリゼの言葉を慌てて否定する。そんなわけない、嫌いじゃないからこそここまで葛藤しているのだ。好きだから大事にしたいし、誰からも後ろ指をさされないように守りたい。
「愛してるよ、エリゼ。だからこそ無責任なことはできない。こんな……竜や精霊の求婚者達の対策を大義名分にして、付け入るような真似はしたくないんだ」
「……うう〜……」
まだまだ不満げなエリゼだったが、納得はしたのだろう。しばらく視線を彷徨わせた後、ディルクの目を見てこくんと頷いた。
「……わかったわ」
これでいい。これで良かったのだ。一年後の結婚式のヴァージンロードで、エリゼの両親の前で胸を張ってその手を取るためにも。
「でも、最後に一個だけ」
一年くらいなんだというのだ。それくらい余裕で待ってみせる。
「……私も大好き、ディル」
「…………ああ」
ぎゅっと飛びつくように抱きついてきたエリゼを受け止めて、その背中に両手を回し……。多分この布地の下にそのさっき言っていた『可愛い下着』なるものが。
「いや聞いてない!俺は何も聞いてない!!」
「えっ?ディル?どうしたの急に、大丈夫!?」
聞いたはずのないものを思い出しかけ、ディルクはエリゼを抱きしめようとしたその手で己の頬を殴った。