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1話 竜のつがい

前に上げた短編の続編が少し長くなったので連載にしました。


「17歳の誕生日おめでとう、エリゼ」

「わぁ、ありがとうディル!」


 木漏れ日が反射する白いテーブル、風に揺れる草花。人と人の合間を縫って駆けてくる少女に向かい、ディルクは薔薇の花束を差し出した。

 

「青い薔薇!本当に作ってくれたのね!」

「ああ、十年もかかってしまったけれど」


 エリゼ・ハルフォード。ハルフォード子爵家の長女であり本日の主役が両腕に花束を抱えてその場でくるりと回る。


「うふふふふ、やっぱりディルに不可能なんてないのね!」

「俺じゃなくて、科学に不可能がないだけだ。時間と資金さえあれば何だってできる」

「じゃあ私次は虹色の薔薇がほしい!」

「…………三色に絞れないか?」


 ふわふわのプラチナブロンドに透き通った青い目。白いレースがふんだんにあしらわれたドレスと相まって、まるで天使のような女の子。


「ディルの科学は魔法よりも凄いもの、絶対できるわ」

「ちょっと待て……いや、まあ虹色の品種じゃあなくてただ虹色なだけでいいなら単純な方法はあるな……」


 十年前、七歳の頃に出会ったあの日から、ディルクにとってエリゼは世界一可愛いお姫様であった。


『待ちわびたぞ……この時を……!』

「えっ?」


 世界一可愛いお姫様であった。ディルクにとって。


「迎えに来たぞ、我が花嫁よ!」


 訂正。世界中の男達にとって、エリゼはお姫様であった。


「竜の花嫁に選ばれたこと誇りに思うが良い。さあ、行くぞ!我らの愛の巣へ!」

「きゃああああーーー!」


 どこからか聞き覚えのない声が響いたかと思うや否や。何もなかった空中に亀裂が走り、そこからぞっとする程美しい男が現れた。その男がエリゼの腰を抱き、再び宙に浮く。

 腰まで伸びた翡翠の髪に黄金の目。その人間離れした美貌と並々ならぬ雰囲気に、エリゼとディルクの周囲にいた全員が地に膝をついた。


「撃ち方用意!!」


 次の瞬間叫んだディルクの指示に合わせ、地に膝をついた使用人達が懐から、腰から、スカートの中からライフルを取り出して構える。


「エリゼ!」

「わかってる!」


 男に抱き抱えられ宙に浮いていたエリゼが万歳の姿勢でスポンとドレスから抜け、地面に滑り落ちた。こんな時に備えてエリゼのドレスは全て宙に浮いた状態ですぐに脱げる型で作っているのだ。中に薄いワンピースも着ている。


「何をっ!?どこへ行く、我が唯一のつがい、我が花嫁!」

「俺の婚約者だ!」


 落ちたエリゼの手を引き使用人達の包囲網から抜け出し、ディルクが渾身の声で叫ぶ。


「——撃て!!」


 黒い筒から一斉に放たれる弾丸、爆発音、硝煙。


「ふはははは、竜である我に火魔法は……ぐぁああああああ!」


 見下しきった笑みを浮かべたのも束の間、そのセリフを言い終わる前に蜂の巣になり倒れる美貌の男もとい竜。


「おのれ小癪な人間め……!我が真の姿の前に平伏すがいい……!」

「っ!撃ち方やめ!」


 誘拐現行犯の竜の様子がおかしい。ただならぬ気配を察したディルクが急いで連撃を止めるよう指示をする。


「ほんの百年も生きられぬ童共が、千二千を生きる竜に敵うと思ったか!」


 千歳二千歳のくせに二十にも満たない少女に手を出そうとしたロリコン竜の纏う空気が変わった。


「我が花嫁が十七を迎えるまでは人間界にいさせてやろうと空から見守っていたが……間違いだったようだな……」


 一瞬にして場が静まり返り、ただバラバラと弾倉が落ちる音が響く。ストーカー竜の言い分はまだ続く。


「見よ!これが我の真のすがっ——」


 そして誘拐現行犯ロリコンストーカークソ野竜が両腕を振り上げた瞬間、眩しい程の金の光がその身を包んでいく。

 人の姿から、真なる姿へと、今、変貌を。


「来たぞボーナスタイムだ!皆撃て——!!」


 この時を待っていた。こんなふうに光を纏って変身するタイプの人外は、この変身シーンが格好の的である。この時だけはその身を守る装甲が全部消えるし、全裸で光ってる状態では攻撃もしてこないのだ。


「がっ!?ごっ!?きさっぐぁっ!ぐぅああああああーーー!!」


 変身中に攻撃するのは反則?そんなフェアプレイ精神など持ち合わせていない。むしろこのために一旦撃つのをやめさせ、弾倉を交換させ備えていたくらいである。


「愚かな人間共がぁあああ!卑劣な真似をぉおおおお!」

「正当防衛だ」


 ロリコンストーカー誘拐未遂犯にかける情けはない。最後の力を振り絞って伸ばしてきた金色の腕を、ディルクは懐から取り出した拳銃で撃ち抜いた。


 ◆◆◆

 

 十年前。ハルフォード子爵家の長女とドレッセル商会会長の三男との間に婚約が結ばれた。当時どちらも七歳であり、勿論親同士が決めた、いろいろと大人の事情があってのものである。


『はじめまして!わたし、エリゼ・ハルフォード。お父さまから聞いたけど、あなたがわたしのおむこさんになるの?』

『えっ、えっと……き、君さえよければ……そうみたいだ……』


 とはいえ双方の親は子供を駒としてではなく一人の子として愛するタイプであったため、正式に婚約を結ぶ前に顔合わせをし、きちんと意思確認はされた。


『いいわ。あなたとってもかっこいいもの!その髪と目すごくすてきね!』

『ええ!?そ、そんなこと言われたのは生まれて初めてだけど……!?』


 そして小さな頃から天使のように愛らしかったエリゼにディルクは見事一目惚れをし、エリゼはエリゼで変わった趣味を持っていたらしくディルクの真っ黒な癖っ毛と三白眼をいたく気に入ったようで、無事婚約が成立したのである。

 無事成立したのである。

 ……ここまでだった。エリゼとディルクの二人が無事であったのは。


 ◆◆◆


「今回の竜は諦めの早い方だったな。捨て台詞に『次こそは必ず』とか『待っていろ我が花嫁よ』とか残さなかったし」

「最後はもう振り返りもしないで宙の切れ目に逃げていったもんねぇ」

「やっぱボーナスタイムの一斉攻撃が効いたか」


 エリゼの無事を改めて確かめ、全員怪我がないか確認し、ライフルに不調がないかの確認も終えて、ディルクはハルフォード家の使用人達と共に散々な状態になってしまったパーティ会場を片付けていた。


「うふふふふ。みんなの指揮を取るディルは何回見てもかっこいいわ。毎回ドキドキしてるのよ」

「囚われのお姫様なエリゼも何回見ても可愛いよ。俺も毎回心臓が飛び出そうだ」


 ボロ木と化したテーブルを運びやすいように一箇所に集めながら、隣をちょこまかと動くだけのエリゼに答える。


「ところで今回の竜は何か身に覚えはないのか?昔緑と金の小さいトカゲを助けたとかしてない?」

「ごめんなさい……怪我をしてるトカゲを助けた回数なんて今まで食べたケーキの数くらいわざわざ数えることじゃなかったから……」

「パンじゃないだけまだマシか」


 竜がエリゼを迎えに来るのはこれが初めてではない。いろんなタイプの竜が『我が花嫁よ』とか『そなたこそ私のつがい』とか言いながらだいたい三週間に一回ペースで来る。ちなみにハルフォード家の三時のお茶でケーキが出るのも三週間に一回である。

 誕生日や何かしらの記念日に来るようなものは大物が多いが、こうも数が多いと小物も多く。


「キシャシャシャシャシャ!ワガハナヨメヨ!」


 ——パシュン。


「きゃー!ノールックショット!かっこいい!」


 こんなふうにただのトカゲの化け物みたいなものも来る。一発撃てば無言でそそくさと去っていく小心者。多分成熟する前に来てしまった系。


「油断するなよエリゼ。コイツが数年後成人して再来するパターンもある」

「うんわかっ……あら?見てディル、あんなところに怪我した白い大きなワンちゃんが……!助けなきゃ!」

「あ?おい待てやめろ!」


 油断も隙もありやしない。逃げていくトカゲにディルクが再び照準を合わせた隙に、遠くに何かを見つけたらしいエリゼが駆け出す。

 残した言葉は『怪我をした』『白い』『大きなワンちゃん』、もう役満である。


「止まれエリゼそれ以上近づくな!神獣だ!主認定されるぞ白と銀には気をつけろっていつも言ってんだろうが!」


 エリゼが助けるならトカゲすらのちの竜なのである。白くて大きな犬なんて言ったらもうフェンリルとかフェンリルとかフェンリルとかしかない。

 万が一の場合あの毛皮に果たして弾丸は通るかと考えながら、ディルクは神獣の花嫁の道を突き進もうとする婚約者を必死で止めたのだった。

 

 ◆◆◆


「ごめんなさい……まさかあの時助けたハトが精霊王の仮の姿だったなんて……」

「だから白か銀の動物には気をつけろって言っただろ……」


 誕生日パーティから二週間後。

 なんとかフェンリルから主認定をされるのは防いだディルクだったが、伝説の襲来はあれで終わりではなかった。なにせあの日は十七才の誕生日である。竜二匹とフェンリル一匹で済むわけがなかったのだ。


『精霊王より選ばれし姫よ……お迎えにあがりました……』

『あの日傷つき力を失っていた我等が王をお救いくださった姫よ……』


 あの日エリゼが部屋に帰ると、窓辺に深く傷を負ったハトが倒れていたらしい。驚いたエリゼはすぐさまその手当てをし、元気になるまでクッションを敷き詰めたカゴの中でそのハトを飼ったという。


「精霊王の使いの方。彼女は俺の婚約者なんです。連れて行かれては困ります。話し合いはできませんか?」

「私も断固拒否します。愛する婚約者がいてどうして姿を偽って乙女の部屋に入り込んでいた変態に嫁がねばならないの。恩を仇で返されるとはこのことだわ」


 エリゼ・ハルフォードは神に愛された女の子である。神に近しい者達との出会い、求愛、拉致誘拐なんて日常茶飯事。


『なりませぬ……既に姫様は我等が王に選ばれし方……』

『さあ行くのです……精霊の森へ……』


 そして神に近しい者達が人の話を聞いてくれないのも日常茶飯事。今も頭から双子葉植物を生やした精霊王の使いなる者は、こちらのどんな拒否もものともせずエリゼに金の粉をせっせと振りかけている。


『我等が王もお待ちで……ふぎゃああああああ!』


 そんなふよふよ揺れる双子葉類に向かい、ディルクは懐から取り出したスプレーを吹きかけた。


『ぐぁああああ!な、何をした、にんげんんんんんっ!』

「除草剤だ」


 頭に生えた葉を両手で掴みのたうちまわる精霊達。


「火と水と風の精霊王はもう来てんだよ。残るは土だけだったから対策くらいしてるわ」

『ばっ、馬鹿なぁああっ!王の加護を持つ我等にはどんな攻撃魔法も効かないはず……っ』

「魔法じゃない」

『ぐぉおおお、人間風情が小癪な真似を!』


 床に落ちてもなお鋭い目で睨んでくる精霊にはスプレーの蓋部分を取って原液をぶっかけた。


『魔法でなければまさか……古代に滅んだ、呪術……っ』

「呪術でもないわ。科学だもんね!」

「おう。除草剤撒いたとこ踏むなよ」


 喜んで飛びついてくるエリゼを受け止めて、その頭と肩についていた金の粉を払う。


 その後きちんと『もしエリゼを無理矢理連れていったら精霊の森にこれをばら撒く』と話し合いをし、精霊達もようやくわかってくれたらしく、頭に生やした双子葉類を萎びさせたまま帰っていった。


 ◆◆◆


 ディルクの父が会長を務めるドレッセル商会は、主に旧人類の文明機器を取り扱っている。魔法が無かった時代の人類のささやかな知恵と努力の賜物は、レトロなオモチャとして一般市民から貴族まで幅広い人気を誇っていた。


『小童がぁああああ!いったいどんな手を使ったぁあああああ!!』


 そんな魔法も魔力も介しないレトロなオモチャが、人ならざるものにダイレクトに効くことに気づいたのは、風の精霊王を名乗りエリゼを拐っていこうとする男の服をライターで燃やした時からであった。




「精霊王はもう全属性撃退したから大丈夫か。火の精霊王は『この炎燃え尽きぬ限り諦めぬ』とか言ってたけど」

「火の精霊王さんすっごく小さくなってたなぁ……ドライアイスの落とし穴から這い出てきた時……」


 人外求婚者対策会議。開催場所はハルフォード子爵家長女にてディルクの婚約者、エリゼ・ハルフォードの私室。


「魔王はダイナマイトで倒壊させた魔王城の再建にあと十年はかかるって部下の一人が言ってたし」

「家がなかったら嫁どころじゃないものね」


 十年前からすっかり恒例となったこの会議。司会進行はディルク・ドラッセル、参加者はエリゼ・ハルフォード、計二名。以上。


「問題は竜だ。王と違って個体制限がないからいくらでも湧いて出てキリがない。寿命もアホみたいに長くて減らないし」

「あんなにいるならメスだっているじゃない?花嫁とかつがいだってお仲間同士で探せばいいのに……他種族コンプレックスでも持ってるのかしら」


 エリゼの遠慮の欠片のない言い分は十年前から変わらない。そのまったく靡こうとしない態度にディルクがこっそり安心してることも十年前からの秘密である。


「種族単位でロリコンなんじゃないか?四桁年齢のくせして伴侶は年齢二桁までじゃないと嫌とか」

「反吐が出るわね」


 十年前、あの頃はまだ婚約をしたばかりで、そんな矢先に次々と現れた美貌の求婚者達にディルクは恐れをなしていたのだ。


「……まあ、それでもイケメンだから許されるとこもあるんだろうけど」

「どこが?ディルの方がずっとかっこいいじゃない!」


 圧倒的な魔力と人間離れした美貌を持つ、竜やら神獣やら精霊王やらといった人外の男達。天使のように可愛らしいエリゼと並んで少しも見劣りしない。

 その自信満々な姿に、圧倒的な魔力に、この世のものとは思えない美貌に、十年前のディルクは幼いながらに思ったのだ。こんな男こそがまさに世の女の子達が夢見るヒーローではないかと。待ち焦がれてやまない王子様ではないかと。


「いつも助けてくれてありがとう、ディル。この世のどんな男の人より、あなたが一番かっこいいわ!」


 それでも。

 そんな王子様達の手を振り払って、お姫様が迷わずこの手を取ってくれるから。


「絶対私をお嫁さんにしてね?どこの誰にさらわれたって助けに来てくれなきゃ許さないんだから!」

「……ああ。何度だって、どんな手を使っても取り返してみせるよ。君が俺を選んでくれる限り」


 剣と魔法の世界で時代遅れも甚だしい銃と火薬を両手に持って、懐に毒薬を忍ばせて、王子のなり損ないは今日もお姫様に愛を誓うのだ。



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