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僕の春は永遠に来ないまま。

作者: 雨猫

実体験を小説に書き起こしてみました。初投稿ですのでご容赦くださいますようお願い申し上げます。

春の木漏れ日が差し込み、小鳥達が陽気な唄を口ずさみながら1日の始まりを告げている。

この春、僕はたくさんの友達に囲まれながら思い出深い高校を卒業した。元々、本を読むのが好きだったこともあって、休み時間にはひたすらお気に入りの小説のページをめくり続けた。放課後には読書好きの友達と小説について語り合うのが僕の些細な楽しみの一つだった。

今、高校生活を思い返してみると、良い友達と良い環境に恵まれたなと常々思う。小、中では趣味が読書の人なんて周りに居なかったし、なんなら変な奴扱いされるような始末だった。

僕が本を好きになったのは母の影響が大きい。休日は読書をするのが母の日課で、よく本の読み聞かせをしてくれた。大半が小学校低学年には難しい内容だったので理解は出来なかったが、母と過ごせているというだけで幸せだった。そんなこんなで僕は小説の沼に徐々に落ちていった。

読書をしている間だけ現実を忘れられる気がする。僕は青くて手の届かない大空にぷかぷかと浮かぶ雲のようだと思う。小説にはたくさんのメッセージがあって、それは経験とか感情とかを基に、丁寧に丁寧に育てられているのだと思う。現実も小説みたいに素直になればいいのに。裏表の無い素直な言葉を紡いで相手にメッセージを伝えればいいのに。でなきゃ分からない。伝わらない。そう僕は思うのだ。

思春期と聞いて何を思い浮かべるだろうか。青春、受験勉強、はたまた恋愛だろうか。人それぞれ思い浮かべるものがあっていいと思う。正解なんてこの世にはないし、場合によっては不正解だろうと正解になり得るものだ。

僕が思春期と聞いて真っ先に思い浮かべるの母のことだ。父は基本的に自由な人で理想を追い求めるタイプの人間だったので、僕の進路の事などにあまり口を酸っぱくして言わなかったし、むしろ尊重してくれていた。だが、母はその真逆だった。今思えば僕の事を思ってのことだったんだろう。社会を経験しているからこそ、我が子を愛する気持ちが強いからこその母なりの優しさだった。だが、思春期真っ只中の僕は真正面からぶつかり、母の言う事を無視するようになっていった。

そんなある日、母は体調を崩して入院することになった。父もあまり母のことには触れずにいたので、そんなに重大な病気ではないのだろうと思っていた。程なくして退院した母は僕からはいつも通りの母に見えた。

球技大会、文化祭、修学旅行といったビッグイベントが高校生活の思い出として刻まれる。運動部なら高総体、文化部ならコンクールなど、人によっては1つや2つの色恋沙汰などもあるだろう。まだそれほど長くは生きていないが、高校生活が人生で1番楽しかったと言えるし、輝いていたと思っている。きっとこれには共感してくれる人も多いだろう。

高校生になると同時に買ってもらったスマートフォンには各々の思い出を刻む写真で溢れかえっている。どれもキラキラしていて、まるで映画を見ているような感覚に陥ってしまう。

ただ、どうしても過去に戻りたい、過去の自分を殴りたいと思ってしまうのだ。

僕が高校2年に上がる頃、母は体調を崩す頻度が増えて大きな病院で精密検査をしてもらうことになった。

その頃からだろうか、父が家事を手伝うようになったのは。また、前みたいに一時的なもので、入院すればそのうち良くなるだろうと僕は考えていた。お見舞いにもたまにしか行かなかったし、友達との約束を優先することも多かった。

それから程なくして、母は手術を受けることになった。両親は病気の事を一切話さなかったし、たまに行くお見舞いでも元気そうだったので、あまり心配はしなかった。

その後も何度か手術を受けることになったようだった。それでも母はいつもと変わらず、口を酸っぱくして僕に言ってきたが、僕はあまり聞く耳を持たないようにして、その場をやり過ごすようになっていった。

ある日、父に突然呼び出され、こんな言葉を告げられた。

「母は末期癌で、あまり先は長くないだろう。持ってもあと3ヶ月程だ。」


何を言っているのか分からなかった。脳は与えられた情報を整理出来ずに思考を停止した。それと同時に自分の愚かさを呪った。少し考えれば分かったことだろう。なぜ気づかなかった。なぜそれを聞かなかった。

母も、父もどうして僕にそれを伝えてくれなかったんだ。どうして手遅れになってからなんだ。

その日は一睡も出来ずに朝を迎えてしまったので、仕方なくいつもの日常へと僕は戻って行った。ひと握りの後悔を胸に抱きながら。

それから僕は部活を辞めた。塾を辞めた。友達との約束を断るようになった。

放課後は毎日お見舞いへ通った。今までの後悔を紛らわす為だったのだろうか、それとも母と残された時間を最大限に共有したかったからなのだろうか。僕には今でも分からない。

季節は冬へと変わり、街はおしろいを塗ったかのように真っ白になった。落葉した木々は雪の重みと木枯らしに耐えながら春を待ち遠しそうにしている。

母の病室へ通い始めてだいたい2ヶ月目になるだろう。

母はだんだんと寝たきりとなり、食事の際に手助けをして起き上がるくらいしか出来なくなっていた。投薬の影響ですっかりと髪の毛は抜け落ちてしまい、趣味の読書もあまりしなくなっていった。僕がお見舞いに行った際には必ず、小説の話をするようにしていた。それは母がその時だけ病気であることを忘れたように話してくれるからだ。日常を模した非日常を今日も共有し、取り留めのない話を続ける。こんな日々が永遠続けと心のどこかで願いながら。

母の病室へ通い始めて2ヶ月半程経つ頃には痛みに苦しむ母がいた。呻き声をあげながらナースコールを押し、投薬を増やして貰う母の姿。もう以前のような母の面影はなかった。

ある日、僕は母が好きだったカレーまんを買い、いつも通りにお見舞いに行った。母はもう固形物はあまり口に出来なくなっていたのを知っていたが、元気付けたいという一心だった。病室へ着き、母へカレーまんを差し出す。美味しそうに食べている母がそこには確かにいた。ちょっと辛かったのだろうか。舌を出している母を見て、昔を思い出していた。

クリスマスにはシャンメリーといちごのショートケーキを買い、家族3人でクリスマスを過ごした。母は生クリームを1口食べて満足しているようだった。本当はロウソクを吹き消して欲しかったが、僕はあえてそれをしなかった。残ったケーキは父と取り合いになり、その日は何事もなく、終了した。元旦に特別外出願をもらい、家族3人で初詣へと向かった。学業成就のお守り、健康お守りを買って参拝をした。母は手を合わせて目を瞑り3分程何かを祈っていた。僕は涙を堪えるのに必死だった。

冬休みが明け、初登校の日の朝。いつも通りに友達と話していると、父からの電話が鳴った。出たくないと心から思ってしまった。出てしまったら全てが終わってしまうと。そう思ったから。でも出るしかなかった。

病院への雪道は事故で大渋滞となっていて、タクシーの運転手さん曰く、これはかなりかかりそうとのことだった。僕はお金を置き、お釣りはいらないと伝え病院へと走った。

走った。走った。転んだ。それでも走った。


病室に着くと同時に母へと声をかけた。

僕は全てを悟った。頭の中はぐちゃぐちゃだった。前にも似たような感覚を味わったことを覚えている。


日々のありがとうを言えなかった。産んでくれてありがとう。お弁当を毎朝作ってくれてありがとう。僕の事を考えて叱ってくれてありがとう。僕に読書という最高の贈り物をしてくれてありがとう。


ありがとう。ありがとう。ありがとう。…


動かない母に僕は必死にありがとうを伝えた。

だって、にっこりこちらを見て微笑んでいるように見えたから。きっとこれは良くない夢で僕は寝ぼけているんだろうって思ったから。


皆さん知っていますか?本当に悲しい時って知らない間に涙がポロポロ落ちてくるんです。プールの底に沈んで見た風景に似ている。いや、その時の僕にはそこが本当にプールだったとは思えない。だって深くて、暗くて、一筋の光さえも見えなかったから。


いつも来ている小鳥達が今日は見えなかった。

僕の春は永遠に来ないのではないかと思った。


僕は母から貰った最高の贈り物を通じてたくさんの人にメッセージを伝えたい。こんな経験をしたからこそ、伝えないといけない。これが母へ捧げる恩返しなんだって思うから。




手に取って頂きありがとうございました。

素直になるのは難しい。私が実際に経験して、後悔したことです。皆さんの心のどこかに響いてくれると嬉しいです。

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