第8話 初めての部下
「――ば、化物!!」
「おっと、逃げるなよ――っと!」
逃げ出そうとした最後の冒険者の心臓を、別の冒険者が持っていた剣で心臓を貫く。
この”竜王の腕”は強力ではあるし戦い易いが、人間相手には強過ぎる。
カインは自分に接合された腕が強力なのは分かったので、途中からは冒険者がそこら辺に捨てていた剣で戦っていた。
「……ふぃ~。これで全滅、か?」
「お疲れ様、カイン」
汗を拭うカインに、ベェルがフヨフヨと近付いてくる。
「人を殺す事に躊躇いはないみたいだね」
「……ま、盗賊だのなんだので人間相手は慣れてるからな。それの延長だ」
人を殺す事は別に好きではない。かといって嫌いでもない。
邪魔になるならば容赦はしない。
勿論、エレン達”勇者”や、その蛮行を容認した国のお偉方には容赦などするつもりもないが。
「それにしても」
カインは自分の右手を持ち上げて、見る。
「化物に見える……よな。そりゃそうだ。こんな骨の腕がついてるのは死者かスケルトンだろうからな」
「フフフ、僕は似合ってると思うけどね」
カインとベェルが話していると、
「そこの方々」
人狼が話しかけてきた。
先程カインが助けた人狼とは違う個体だ。
後ろには同じ人狼達の生き残りを連れている。
総勢で二十人はいるだろうか。
先頭に立っている人狼――この村の長が、
「助けて頂いて有難う御座いました」
そう言って頭を下げると、後ろの人狼達も合わせて頭を下げてくる。
「構わねぇよ。……俺達はアンタ達に用事があって来たからな」
「用事? ……我々に、ですか?」
人狼が不思議そうに首を傾げる。
まぁ想定も出来ないだろう。
カインはベェルとの取り決め通り、口を開いた。
「頼みってのは簡単だ。――俺の配下になってくれ」
カインの頼みに、人狼達が騒ぎ出す。
当然だろう。
急にやって来て「俺の配下になってくれ」というのは、流石に無理がある。
だが、カインは恐らく配下になってくれると予想していた。
それは【人狼】という種族の――いや、【魔族】という種族の根本的な考え方にある。
”弱肉強食”。
それが【魔族】の考え方だ。
『より強い者に服従する』事。
複雑怪奇な人間社会より余程分かり易いだろう。
「それは……また何故?」
「俺は……俺等は人に復讐がしたくてね。その仲間を探してるんだ」
「人間に……復讐を?」
人間の貴方が? と再び不思議そうに首を傾げる。
「なんだ? アンタ達は復讐したくねぇのか?」
カインが訊ねると、
「それは無論!! 奴等の喉を掻っ切ってやりたい位です」
「当たり前だ!」
「家族を殺されたんだ! 復讐ならしたいさ!」
後ろで話を聞いていた人狼達から声が上がる。
元来【人狼】は好戦的な種族である。更に、家族愛や仲間意識の強い種族でもある。
仲間が殺され、復讐したくない筈がない。
「……ですが、何人か若いのもおりますが、雌や子供、老いた者達の集まりです。御力になれるかどうか……」
「問題ない。……暫くは他に仲間を集めるつもりだ。――人間と戦争が出来る位にな」
ニヤリとカインは不敵に笑って見せる。
その笑みに何を感じたのか、長は暫く瞑目し、
「……我等は戦いに生き、死ぬ種族。誇り高き【人狼】に御座います。命を助けて頂いた恩義もあります。何より我等は強者に従うのが掟。……貴方に従いましょう」
長がそう言って頭を下げ――
「待った!!」
それを遮る声が、上がった。
「俺は納得してネェ!」
そうやって出て来たのは、若そうな人狼だった。
声からしても、まだ少年、といった所だろう。
「こらハイエ! お主はその様な事を――」
長が諫めるが、ハイエと呼ばれた血気盛んな若い人狼は、長に詰め寄った。
「だって人間相手に勝っただけだゾ! 俺は――誇り高き人狼ダ! 人間には屈しネェ!!」
「ならどうするってんだ?」
カインが聞くと、ハイエは大きく吠えた。
「俺と勝負しロ! お前が俺に勝ったら認めてヤル!」
グルルルル、とカインを見て威嚇をしてくるハイエ。
その後ろに、近寄ってくる影があった。
影はハイエに近付くと、その頭に拳骨を落とした。
「痛ェ!! ――ってトロス兄ちゃん!」
「止めておけハイエ。お前じゃ勝てねぇ」
ハイエに拳骨を落としたのは、先程カイン達が助けた人狼だった。
左眼と胸に大きな傷があるが、既に立てるまでに回復したらしい。
トロスと呼ばれた人狼は、その体躯を折り曲げる。
それは服従の姿勢だ。
「俺はアンタに命を救われた。アンタは俺等より遥かに強ぇ。……アンタに従うぜ」
カインは上手くいった、とニヤリと笑いベェルをチラリと見る。
ベェルが頷くと、カインは手を伸ばし、自己紹介をしようとして、
「……そう言えば俺の名前、まだ聞いてなかったな」
「そうだったね。今教えるよ。……キミの名はアベルにしよう。別世界で”最初の男”と伝えられている名前だ。僕の名前に似てるし、初めての眷属のキミにピッタリだろう?」
アベル……アベル。
カイン――いや、アベルは心の中で何度もその名前を反芻する。
ぴったり……かどうかは分からないが、生まれ変わった様な気がした。
改めて、アベルはトロスへ手を伸ばし、握手を求める。
「――アベルだ。宜しくな」
「トロスだ。……此方こそ宜しくな。”大将”」
後、副官となるトロスとの、これが最初の出会いだった。