第7話 人狼の村救援
「……ちょっと加減を間違えたか? ちょっと退かす位のつもりだったんだが……」
ポリポリと、右腕で頬を掻こうとして止め、変わりに左腕で頬を掻く。
隣に浮いている少女が、冒険者の死体を面白そうに見下ろす。
「ありゃりゃ~。こりゃまたグロテスクな事になっちゃったね」
現れたのは黒髪の男と宙に浮く同じ髪色の少女。
勿論、カインとベェルである。
「――は?」
周りにいた冒険者達が突然の出来事に呆然とする。
そんな中、二人はのんびりと会話を続ける。
「というか、今一瞬肘から先までデカくならなかったか? これにそんな効果が付いてるなんて知らなかったぞ」
カインが驚いて右腕を翳す。
ベェルもそれに同意した。
「いやー僕も初めて知ったよ。戦闘形態って奴かな? ちょっと面白いね」
ベェルも知らなかったらしい。
便利なのか不便なのか。まぁ、使えるのならなんでも良いか。とカインは思い直し、
「よぉ、そこの人狼。助けてやろうか?」
跪いている様な体勢の血だらけの人狼に声を掛けた。
人狼がゆっくりと顔を上げ、二人を視認する。
「ニンゲン……なのか? だが……スンスン……臭いが違う? そっちの女もニンゲンじゃない。……何者だ? 危険な臭いだ」
人狼は戸惑う様に呟く。
「流石人狼……鼻が良いね」
パチパチ、とベェルは拍手をして――自己紹介をした。
「僕はベェル。ご覧の通り、神様だ」
「いや、見ても分からねぇよ。……俺はカイン――」
そこまで言ってから、カインは首を振った。
「いや、違うな。……ベェル、俺に名をくれ。お前の眷属としての名だ」
今の自分は、あの人間達に裏切られ、奴隷にまで身を墜とし、死んだ哀れな男じゃない。
邪神の伴侶――邪神の眷属だ。
なら、新しい名を貰おう。
「ん? そうだね。……実はもう考えてあるんだ」
「へぇ、それはそれは用意の良いこ――」
パキッ!!
放たれた矢を、カインは右手を振る事で壊す。
どうやら戦う意志がある時だけ大きくなるらしい。
変な腕だ、と思いながら、
「おいおい、今こっちが話をしてる最中だろうが」
やれやれ、とカインは頭を掻く。今度はちゃんと最初から左腕で。
カインが弓を放って来た方向を見ると、冒険者が此方に弓を構えて立っていた。
周囲の冒険者も、己の得物を構えて此方を見ている。
「――な、なんだお前?!」
冒険者の一人が訊ねてくるのを皮切りに、俄かに周囲が騒がしくなる。
「同じ人間だろ? 味方じゃねぇのか?!」
「あんな腕付いてるのが味方だと思うか?!」
「人狼に『助けてやろうか』って言ってただろ! 敵だ、敵!!」
カインを置き去りにして、冒険者同士で会話が続いていく。
最終的に、カイン達は敵、という事で落ち着いた様だ。
改めてそれぞれ得物を構え、カイン達を睨んでくる。
「あー……話は終わったか?」
ふわぁ、とカインは欠伸をする。
【神】となっても眠気は感じるらしい。
これは大発見だ。『神でも眠くなる』なんて事、宗教関係者が知ったら驚くだろう。
そういえば暫く寝てなかった。
そんな事を考えながら、挑発する様に、右手人差し指をくい、と動かす。
「じゃ、掛かってきてどうぞ、だ。……俺のリハビリにちょいと付き合って貰うぜ」
カインのその一言と同時に、
「――行くぞ!」
「「「「オオオオオオォォォォォォッ!!」」」」
戦いが始まった。
「~♪ ~♪」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、ベェルが宙に座り、足をユラユラと揺らす。
「……なんだ、こりゃあ」
その隣で、若い人狼は眼の前の光景に呆然としながら呟いた。
今見ているのは戦闘……なのだろうか。
いや、違う。
これは虐殺だ。
黒髪の男が骨で出来た腕を振る度に、冒険者達の命が一つ、また一つと散っていく。
一人の上半身が吹き飛び、一人の右半身が消えた。
魔術師の格好をした者が魔術を放つが、その魔術ごと巨大化した右腕に粉微塵に潰された。
冒険者の如何なる攻撃も、男に当たる事はない。
魔術も全く効いていない様だ。
先程若い人狼を捕えた鎖も、強引に引き千切られてしまった。
一人の冒険者が斧を振るうが、黒髪の男の右腕に当たった瞬間粉々に砕け散った。
その振るった冒険者も、顔面を吹き飛ばされ、倒れる。
「なんなんだよ……アンタ等」
若い人狼が感じたのは、畏怖と……そして少しの快感。
確かにこの二人組には畏怖を覚えるが、同時に人間が死んでいく様は、心がスッとする。
何にせよ、
「俺は……助かった……のか?」
安堵した瞬間、若い人狼は意識を失いそうになる。
「ありゃ、こりゃマズいかな? ……でも優しい僕は助けてあげる。良かったね。優しい神様で」
倒れた若い人狼が意識を失う前に聞いたのは、そんな呑気な言葉だった。