第6話 人狼の村
パチパチパチ。
森が、家が、焼かれていく音がする。
「クソッ!! 何で人間がこんな場所に!!」
「女子供は逃げろ!!」
「雄達は戦うぞ!!」
「「「ウオオォォォォォォン!!」」」
泣き叫ぶ幼い声と、雄叫びが木霊する。
その日、とある村が襲われた。
人も寄り付かない辺境の、鬱蒼とした森の中。開けた場所にある集落。
そこは魔族の――【獣人】の内の一つ、【人狼】の作った村だった。
人狼達は本来戦闘好きな部族である。
【人狼】とは狼型魔獣の上位種であり、言葉を理解する高い知能と、俊敏性が高く強靭な肉体を持つ種族だ。
だが、運の悪いことに、村の中で成熟した雄はいなかった。
成熟した雄達は皆、一年前程前に”勇者”達に討伐された魔王軍の中にいたのである。
生き残りもいたのかもしれないが、少なくともこの村には帰って来ていなかったのだ。
つまり、この村にいるのは――雌か子供か、まだ成熟したとは言い難い若者か、老いた雄ばかりだったのである。
そんな村が、突如として襲われた。
冒険者の格好を二十人程の人間の集団に。
「――この、ケモノ風情がっ!!」
「ガァッ?!」
冒険者達はそれなりに強いのか、また一匹、また一匹と人狼達を殺していく。
剣で斬り裂き、斧でかち割り、弓で貫き、魔術で焼き殺す。
老いた狼達も冒険者達を斬り付けるが、たちまち魔術によって回復されてしまう。
「ニンゲンが! 好きにはさせぬ!!」
「儂等をそう簡単に殺せると思うなよ!」
老いた狼達が抗戦するが、多勢に無勢だ。
状況は明らかだった。
だが状況の悪い中、獅子奮迅の活躍をする者がいた。
若い人狼である。
その個体は俊敏さを活かして攪乱し、傷を負いながらも驚異的な生命力で耐え、冒険者の一人の喉を掻き切り、咆える。
「ウオォォォォン!! 俺がいる限り、女子供は殺させねぇ!!」
だが、そんな事をすれば目立ってしまう。
「クソッ! コイツ速い!」
「所詮はケモノだ! 取り囲め! 取り囲んで殺すぞ!!」
「魔術師は足止めを!」
冒険者の指示に、魔術師の格好をした何人かが魔術を放つ。
光で出来た鎖や火を纏った鎖が、若い人狼に向けて放たれる。
《光の鎖》と《火の鎖》。
邪悪なモノに対して効果を持つ《光の鎖》は低位魔族であれば解けない拘束となり、《火の鎖》は微量ながら永続的なダメージを与える。
だが、カインがいれば、「この程度」と鼻で笑っただろう。
どれも下級の、拘束系の魔術である。
しかし、魔術を基本的には操る事が出来ない人狼にとって、魔術はどれも恐ろしいモノに変わりない。
「――ッ!!」
《光の鎖》を避けた若い人狼だが、間髪無く迫って来た《火の鎖》に足を巻きつかれてしまう。
「ウオオォォォォォン?!」
火によるダメージが、若い人狼を蝕む。
――熱い、熱い、熱い!!
人狼が、痛みで動きを一瞬だけ止めてしまう。
その一瞬が、仇となった。
「クソ狼が!」
冒険者の剣が、若い人狼を斬り裂く。
「ギャウン!!」
若い人狼が倒れ伏す。
「フン、手こずらせやがって」
「油断するなよ。人狼ってのは頑丈だ」
最期の止めを刺そうと、冒険者が若い人狼に近付こうとして、
「――死んでたま……るか。俺は――」
まだ若い人狼の息がある事を知る。
グググ、とゆっくりと、ゆっくりとその体躯を起き上がらせる。
「俺は――」
全身血塗れで、膝立ち状態ではあるものの、確かに若い人狼は起き上がった。
「ば、化物!!」
冒険者が、一歩、後ろに下がる。
だが、それを無視して、若い人狼は顔を天に向け、上体を反らし、
『ウオオオオオオォォォォォォォン!!』
――咆哮した。
人狼のスキルの一つ。
《戦いの咆哮》。
効果は敵に一瞬程度の麻痺。そして、自身の身体能力をほんの少しだけ上昇させるというモノ。
ただそれだけの効果である。
しかし、
――俺はまだ戦える。
という人狼なりの意思表示である。
「ぐぅっ?!」
咆哮後、痛みで呻く若い人狼が片腕を付き、血を吐く。
どう見ても限界だ。
それを見て冒険者が、笑って近付いてくる。
「へっ……最期の遠吠えって奴か。驚かせやがって」
冒険者が剣を振り上げる。
止めを刺す為に。
だが、その遠吠えに答える者がいた。
「へぇ、結構好い咆哮だな。如何にも戦士の咆哮って感じだ」
「そうかな? 僕には全然分かんないや」
場に似合わぬのんびりとした声が響く。
「――だ、誰だ?!」
他の冒険者達にも聞こえたのか、周囲を警戒する。
「悪いが、人狼等を殺させる訳にはいかなくてね。俺の最初の部下……の予定なんだ」
声が聞こえた。
若い人狼に剣を振り下ろそうとしていた冒険者の、真後ろから。
「よっと!」
そんな軽い掛け声と共に、男の上半身が――吹っ飛んだ。