第5話 ”竜王の腕”
「……それで? 俺はこれからどうすれば良い? 早速奴等を殺しに行けば良いのか?」
怒りの儘発せられたカインの質問に、ベェルは苦笑した。
カインの怒りは最もである。
「まぁまぁ、落ち着きなって。言っただろう? 僕はキミに”世界征服”をして欲しいんだ」
「世界征服、ねぇ。……今度は俺が【魔王】の真似事でもしろと?」
カインの言葉が正解だったのか、ベェルはニヤリと笑い、頷く。
「今人族は喜びの中にある。【魔王】の死は確実にこの世のバランスを崩す。今人族は魔族殲滅を開始している所だろう。此の儘じゃ魔族は死に絶え、人の世がやってくる。……まぁ人族は争いが好きだからねぇ……魔族がいなくなったら今度は人族同士で争い合うだろう。それはそれで面白そうだけど……。今回はそれを引っ繰り返す。取り敢えずは――駒を、眷属を増やそう」
「眷属? 魔族を従えろって事か」
「ピンポーン。だーいせーいかーい!! って事で、キミには先ず魔族を従える事から始めて貰うよ」
まぁ良い。いつかは殺すのだ。
それが直ぐだろうが数日だろうが数年だろうが変わらない。
そう考えたカインは、ベェルの説明に耳を傾けた。
これからの事を一通り話し終えたベェルは、カインの全身を見て言う。
「さて、先ずはキミの身体をどうにかしないとね」
「身体?」
カインは改めて自分の身体を見る。
ガリガリで痩せ細った身体だ。
「まぁ外見なんて一応【神】になったから余り関係ないんだけど、見た目は大事だろう?」
「まぁ……そうだな」
「という訳で……ほい」
ベェルがくるりと手を回すと、カインに魔法陣が展開される。
余りの眩しさにカインは眼を瞑る。
そして、カインが眼を開けた時には、
「うん、良く似合ってるよ。キミには黒がお似合いだ。カイン」
ベェルが鏡を手にしてニッコリ笑って言う。
鏡なんてどこから、いつの間に出したのだろうか。
まぁ神だ。その程度の事は出来るだろう、と納得し、カインは鏡を見る。
変わっていた。
筋肉質……とまでは言わないが、健康そうな身体だ。
おそらく”勇者”時代の頃よりは少し痩せている。
だが、それだけではない。
髪の色が黒に――ベェルと同じ色になっていた。
カインの髪は、それまではこの世界によくある茶髪だった。
だが、今は完全な黒である。
それに眼も、同様に茶色だったのが黒に変わっている。
今の外見を見れば、カインだと気付く者は少ないだろう。
「それとキミの右腕もどうにかしないとね」
ベェルが手を翳すと、穴が生じた。
ベェルはその中に躊躇なく手を突っ込む。
「えっと……どんなのが良いかな。人間の腕……じゃつまらないし……ゴブリン? いやいや……鬼? ドラゴン? うーん、違うかなぁ」
次々と右腕が穴の中から出てくる。
あれも違う、これも違う、とベェルはそれを放っては、新しい右腕を穴から取り出していく。
やがてお目当てのモノがあったのか、
「あ、丁度良いのがあった」
そう言うと、ベェルが取り出したのは巨大な”骨”だった。
「……骨?」
「フフフ……これはね。ただの骨じゃないよ。”竜王の腕”さ」
【竜王】たしか昔の【勇者】の御伽噺にあった筈だ。
強大な力と、莫大な魔力を持った竜の中の王。
古の時代、賢者として【勇者】を助け――死という概念に恐怖を覚えてからは【魔王】に与し【死の竜王】として後世の【勇者】を苦しめた狂王……だったと記憶している。
それを何故ベェルが持っているのか。
それ以前にどうやって他者の腕をくっつけるのだろうか。
「おい、それを俺に付けるのか? デカ過ぎるだろ。バランス取れねぇよ」
嫌な予感がして、カインは遠回しに拒否するも、
「あー……じゃあ小っちゃくしちゃおう」
ベェルは神である。
つまるところ何でも出来るのだ。
そう言うが早いか、ベェルが一撫ですると、”竜王の腕”はグングンと小さくなっていき、人間サイズへと変化した。
「……おい、まさか」
「ま、神様パワーでちょちょいとやるだけだから」
「ちょ、ま――」
「えーい」
軽い声音でベェルがカインの右肩に”竜王の腕”を突き刺す。
「――がぁ?!」
骨が右肩に突き刺さり、壮絶な痛みが襲うと同時に、魔法陣が展開され、カインの右肩と”竜王の腕”が接合されていく。
「……神になっても痛いモノは痛いな」
それを見ながら呟くカインに、ベェルは笑う。
「フフ、そうじゃないと楽しくないでしょ?」
カイン的に言うのならば、痛いのは勿論嫌いだし、痛覚など無い方が嬉しいのだが。
まぁ良い。
「これで動くはずだけど……どうかな?」
今付いたばかりの手を閉じて、開く。
どうやら思い通りに動かせる様だ。
「あぁ……問題ない」
「そっか。……丁度良いみたいだし、それじゃあ行こう」
「……丁度良い? 何処に?」
カインの質問に、
「人……いや魔族助けといこうじゃないか」
ベェルは邪神らしい邪悪な笑みを浮かべた。