第4話 復活
「さて、先ずは此処から出ようか」
契約を交わしたばかりのベェルが話を誤魔化す様に笑みを浮かべる。
カインも、先程の事は頭の片隅に退け、ベェルに尋ねる。
「出るってどうやって? そもそも俺は今どうなってるんだ?」
「キミの身体は死んだ荒野にあるよ。時間の流れなんてここじゃ無いからね。今のキミは魂だけ、みたいなモノさ。……で、そろそろ泣き止んだらどうだい?アァル」
ベェルの言葉にも、アァルが泣き止む事はない。
「やれやれ……じゃ、好きにさせて貰うよ。行こうカイン」
「あ、あぁ……」
ベェルが何もない空間に手を伸ばすと、そこに穴が生じた。
紫色のどこに通じているのかもわからない穴だ。
これに入るのか、とカインは少しだけ躊躇いそうになる。
だが、殺された家族や村の人々の顔を思い浮かべると、そんな躊躇いも消え去った。
「これに入れば君は元の身体に戻る。……さぁ、始めようじゃないか。世界を巻き込んでの復讐を」
蠱惑的な笑みを浮かべ、ベェルが誘う。
カインはもう一度だけ眼を瞑って、そして開く。
「あぁ……やってやる」
覚悟は出来た。
カインは眼の前の穴に向けて歩き出す。
穴を通り抜けると同時に、穴が閉じ始める。
カインが何となく女神の方を振り返ると、
「――良い復讐を」
泣いていた筈の女神の口から、聞いてはいけない様な言葉が発せられた……気がした。
カインが眼を覚ますと、そこはカインが倒れたあの荒野だった。
ブーン。
「……」
勢いよく起き上がった瞬間、集っていた蠅が一斉に飛び去る。
全身を見回すが、どうやらまだ蠅の食糧になってはなかったようだ。
死んでからそこまで時間が経っていないのか、蛆は湧いていないらしい。
「やぁ、起きたみたいだね。復活おめでとう。カイン」
カインが呼びかけると、ベェルが眼の前に現れた。
「……あぁ、それで。……今の状況は?」
「そうだね。……キミが死んでから数分ってところかな」
「死んだ……んだよな」
未だに自分が死んだとは思えない。
生きていた頃と言って良いのだろうが、その時から何一つ変わってない
飢餓状態で痩せ細った身体も、失った右腕も。
其の儘だ。
「何? 死んだって実感がわかないのかな?」
「あ、あぁ……」
「そっか。……えい」
ベェルが軽く手を振る。
次の瞬間、カインの上半身と下半身が、お別れを告げた。
「……は?」
だが、驚いたのは、そんな状況になってもまだ、意識がある事だった。
そしてズルズルと音を立てて身体がくっついていく。
まるで時間が巻き戻るかの様に。
「ね?」
「……まるでアンデッドだな」
「まぁ実際にはもっとヤバイものだけどね」
ベェルはケラケラと面白そうに笑う。
「【邪神の花婿】……文字通り神の領域に一歩突っ込んでるんだもん。キミは今【下級神】という神に匹敵――はしないけど、この世界のどの生物よりも格上の存在になった」
「あのふざけた称号はそういう意味だったのか」
そこまで聞いて、ふと、カインは疑問に思った。
「なんでそこまでしてくれるんだ?」
純粋な疑問だった。
良く知りもしない、しかも所詮人間を【花婿】に……神の末席に選ぶなど。
「一目惚れだよ」
「……は?
返って来た返答は、カインの想像を超えたモノだった。
「……キミの怒りにね、一目惚れしたんだ。世界を――僕等神をも憎むその怒り。フフフ……僕にとっては最高のご馳走だ。キミなら僕のオモチャ……ゴホン、伴侶に相応しい」
「……今オモチャって言わなかったか?」
「気のせい気のせい。……兎も角初めてだったんだ。こんなに心が揺さぶられるのは。それにキミなら相応しいと思ったんだ。僕の”はじめて”をあげる相手としてね。喜ぶと良いよ。キミは初めての――僕の最初の眷属だ」
「最初の眷属? 魔王や魔族は違うのか?」
カインの問いに、ベェルは頷いた。
「あれ等は僕の駒だ。眷属じゃない」
ベェル曰く、
女神アァルと邪神ベェルは其々【人族】、【魔族】を生み出し、何方が勝つかのゲ-ムをしていた。
永き時を生きる神にとって、それは遊びである。
アァルは【勇者】や、それに並ぶ者達を生み出し、対するベェルも【魔王】や【魔族】を生み出す。
光と闇の戦いは繰り返す。何度も、何度も……それがこの世界の”仕組み”らしい。
――ふざけるな。
カインの人生は――人の人生は、遊びではない。
生きているのだ。
生きていたのだ。
「キミが怒るのも最もだ。……まぁアァルは人に入れ込んじゃってるから、多少なりとも手を出してたけど、僕は見るだけだったよ」
「……怒っても仕方がない事は分かってる。それでも――一発殴らせろ」
カインの怒りに、ベェルは頷く。
「うん、いいよ。……キミになら殴られても良い」
「――っ!!」
カインは思いっきり、ベェルをぶん殴った。