第31話 森へ
総勢122人の2つのギルドは、ヴァルミラを出立してから2日後、マルクト大森林の入り口までやって来た。
100名以上という数の冒険者は、傍から見れば軍か何かに見えるだろう。
「――良し。手前等! こっからは慎重に進むぞ!」
ダニーの声が響く。
「【斥候】の連中は先行! 【魔術師】達も索敵魔術を使え!!」
ダニーの指示で、それぞれが動き出す。
【斥候】達は走り出し、【魔術師】達はその場で術を唱え始める――が、
「クソッ、生命反応が多すぎてわからない!!」
「こっちもだ!」
「私もよ! なるべく大きな反応を探してるけど、範囲外みたい」
魔術師達のそんな声が飛んでくる。
大森林には目標である【人狼】以外にも数多くの魔物が棲んでいる。
【魔術師】達の使う一般的な索敵魔術では、察知する対象を選別する事は出来ない。
なので他の魔物等の生体反応まで彼等は察知してしまい、正確に情報を得る事が出来ないでいた。
更に、マルクト大森林は広い。【人狼】の巣は索敵魔術の効果範囲外らしく、探し切れない様だ。
「チッ、なら【斥候】共に頼るしかねぇな」
ダニーがそう舌打ちしてから暫くして、斥候達が戻って来た。
「頭、途中までの安全は確保出来たぜ」
「なら進むぞ。……手前等、前進だ!!」
ダニーの指示に、一斉に冒険者達が動き出す。
それを見て、最後尾にいるギリアンは不機嫌な顔を隠そうともしない。
本来の――少人数のパーティーであれば、全員に《透明化》を掛けて姿を隠すのがセオリーだ。
しかし、この大人数ではそれも出来ない。
この大人数に《透明化》の魔術が使えるのなら、それは最早人間ではない。神だ。
仕方のない事であるが、その”セオリー”が出来ない事に対する歯がゆい思いは拭い切れない。
「手前等も索敵魔術を使っとけ」
ギリアンは自分のギルドに所属する【魔術師】達に指示を出す。
ギリアンは”盗賊の鎌”の事を信頼していなかった。
信じるのは自分の部下だけ。そう道中で決めていた。
「――ダ、ダメです。範囲外だと思いますし、あ、あちこちから反応が出るので、つ、使っても意味ないかと」
近くで索敵魔術を使った魔術師――テルがそう言って首を横に振る。
「チッ……なら仕方ねぇ。奴等の斥候の腕に期待するしかねぇか。……手前等、警戒は解くなよ。何時何が襲ってきても対応出来る様にな!」
「「「「了解」」」」
”七色の巨塔”のメンバーにだけ聞こえる声で指示を出し、ギリアンは前を――恐らくは人狼の巣があるであろう方向を睨む。
「――さて、鬼がでるか蛇が出るか。……嫌な予感がしやがるぜ。……ハッ、臆病風にでも吹かれたか」
冒険者にとって大事なモノ――経験と勘は先程から危険だと知らせている。
が、それを何とか押し止め、ギリアンは”盗賊の鎌”に遅れて歩き出した。
「ウゥオオオオオン!!」
「ウォオオオン!!」
狼か何かの遠吠えが響く中、一行は順調に進んでいた。
斥候を出し、安全を確保し、そこまで進んで立ち止まり、魔術師によって索敵魔術を使い、そしてまた斥候を出す、という行為を10程数えた頃、斥候達からそれまでとは違う情報が齎された。
――壁がある。それも巨大な、堅牢な土壁が。
「土壁だぁ?」
ダニーが思わずそう聞き返したのも無理はない。
ここはマルクト大森林。魔物の多く棲息する僻地であり、ギリアン達”七色の巨塔”からの情報には無かったモノだからだ。
「頭、間違いねぇ。俺も見たぜ」
「あれは間違いねぇ、見上げる程の壁だ」
何人もの斥候の報告に、流石に嘘ではないと悟ったダニーは、部下達にその場に待機を命じて即座にギリアンの元へと向かった。
「おいギリアン!! 手前、嘘報告したんじゃねぇよな?!」
「……何があった?」
走って来たダニーに何を感じたのか、ギリアンは端的に訊ねた。
「はっ、嘘吐きやがって! 何が木の防護壁だ! 土の壁じゃねぇか!!」
些細な事、なのかもしれないが、冒険者にとってその”些細な事”が命取りになる。
それを理解していないダニーではない。
曲がりなりにも、彼はヴァルミラの18ある大ギルドの1つのギルドマスターなのだから。
「……テル」
ギリアンはジロリと後ろを睨む。
視線の先にいたのは、先の壊滅したパーティーの生き残りであるテルだ。
まさか嘘の報告をしたのでは、とギリアンは殺気に近い視線を向ける。
「う、嘘じゃありません! た、確かにあの時は木の防護壁でした!!」
だが、テルも負けじと言い返す。
その様子は嘘を吐いていない様にギリアンには見え――
「……再建された、と見るのが早いか。ダニー、ウチが嘘吐くわけないだろうが」
「はっ、どうだかな! ……まぁ良い、今言っても仕方がねぇ。……兎に角どうする?」
「壁がある……という事は巣が中にあるのは明白だ。魔術師の攻撃で壁を破壊し――突入する」
「何があるのかわからない状態でか?」
ダニーの問いに、ギリアンは笑って返す。
「――何があろうと全て踏み潰す。122人の冒険者でなら出来るだろう?」
「へっ、分かり易いが嫌いじゃねぇ。【人狼】なんざ殲滅してやるぜ」
それが愚かな行為だと気付くまで――後10分。