第30話 出立
ヴァルミラの大通りにある中央広場に、”七色の巨塔”のギルドマスターであるギリアンは向かっていた。
連合からの依頼である『人狼の殲滅』、その出立日であるからだ。
その後ろを歩くのは”七色の巨塔”のメンバー、総勢22名だ。
皆が険しい顔をして歩いている。
それも当然である。
今回の件は自分達の同僚や後輩が失敗した結果である。
もう失敗は許されない。
18の大ギルドの1つであるという自負が、彼等にはあった。
「――よぉ、来たなギリアン」
広場には既に、ダニー達”盗賊の鎌”の面々がいた。
総勢100人の大所帯が中央広場を独占している。
街行く人は迷惑そうに見るだけで、文句を付けてくる様な人間はいない。
「多いな。……何人連れて来た」
「俺を含めて100人だぜ。ま、これでも過剰戦力だろ。手前の方は……おいおい、全員で来たのか? ハハハ、そりゃそうだよなぁ! 手前等中堅と駆け出しの殆どが死んだんだもんなぁ!」
そう言って下品に笑うダニーを、ギロリ、とギリアンは睨む。
「――先ず手前等から殺してやろうか?」
低い唸り声の様な言葉にも、ダニーは余裕の笑みを返すだけだ。
「お、やるか?」
「――フン、お前の連れてる連中のどれ位が新人だ?」
ギリアンはダニーの後ろで好き勝手にしている冒険者達を見る。
「60人は駆け出しだ。だからまぁ1人の戦闘力なんざたかが知れてる。……が、数は力だ。まぁ少数精鋭の手前等にはわからねぇかもしれねぇがな」
”七色の巨塔”と”盗賊の鎌”の在り方は真逆と言って良い。
ギリアンは兎に角ギルドに入りたいという者を厳しく審査した。
元々は同じパーティーに所属していようと、合格したのはその内の1人だけ、なんて事も多い。
そうして構成されたギルドは、少数であるがその実力は折り紙付きだ。
逆にダニーはどんな人間でも受け入れた。
それがどんな問題児であろうと、どれだけ駆け出しだろうと。
故に、性格や気性に難がある人間も多いが、逆に多種多様な技能を持つ者が所属している。
それだけ技能を持つ者が多いという事は、どんな状況においても臨機応変に対応出来る事にも繋がる。
”盗賊の鎌”は、依頼に当たる場合は必要な人材を全員の中から選び抜く、という方法を取っているのだ。
故に、依頼達成率も高い。
そんな2人は犬猿の仲である。
冒険者としての考え方が根本的に違うのだ。
「はっ、わからんな。人だけ集めたとて腕が無ければ所詮は烏合の衆だ。そんな数引き連れて統率は取れるのか?」
「出来るってところを見せてやるさ。何年俺がこのギルドを纏めてると思ってやがる」
ダニーの顔には自信が現れている。
ギリアンにもそれが分かったのか、鼻を鳴らして、全員に聞こえる様に大声を出す。
「フン、まぁ良い。――皆、今回の依頼は失敗は許されん! 敵が何であろうと、全力で叩き潰す!! では――出立!!」
「「「「オオオオオォォォッ!!」」」」
ギリアンの言葉に呼応した後、1人、また1人と歩き出す。
先頭を歩くのは”盗賊の鎌”に所属しているダニーを含めた20人の【斥候】と索敵魔術を扱える10人の【魔術師】達だ。
彼等は警戒役として、一番先頭を任されている。
その次を行くのが戦闘を主に担当する【剣士】や【戦士】達の近接戦闘職達、総勢56人だ。
更にその次を、残りの【魔術師】達や【神官】達14人が歩く。
一番最後尾に、”七色の巨塔”22人が付いていく、という形になった。
「良いのかマスター。先頭にいた方が戦いに参戦出来ると思うんだが」
”七色の巨塔”の幹部の1人がギリアンに耳打ちする。
それに対し、ギリアンはわかっている、という様に肩を竦めた。
「フン。……良いか、テルの齎した情報が本当なら、敵は恐らくBランクでも厳しい。だが見てみろ」
そう言って視線を送るのは前を行く”盗賊の鎌”達である。
「奴等は今回の敵を嘗め過ぎだ。EランクやDランクの……まだひよっこの冒険者がまともに【人狼】と戦えると思うか?」
ギリアンの問いに、幹部は少しだけ思案し、答える。
「……無理だろうな」
「だろう? あの人数だろうが、例えば相手に範囲魔術を使われたらどうする? あれだけいれば下手な魔術師だろうが適当に撃てば当たるだろうぜ」
「まさか?! ただ武器を操る【人狼】ってだけだろ?」
テル……生き残った魔術師の齎した情報は、この幹部が知っている限り【人狼】とゴーレムが10体、そして人間と思われる2人組、という情報だった筈だ。
「そういう想定もしておけ、という事だ。『常に最悪の状況を考える』……冒険者としての心構えも忘れたか?」
「……って事は”盗賊の鎌”の駆け出し連中は――」
「フン、ただ邪魔なだけだ。……だが、あの中にもCランク以上の冒険者はいる。実際戦えるのはその60人と考えればそれなりの戦力だが、戦闘が始まれば混戦になるだろう。あの人数では逃げる事も戦う事も簡単ではないだろうが」
冒険者が通常は4人~多くて6人のパーティーを組んでいるのはそれが理由の1つだ。
余りに人数が多いと、身動きが取り辛くなるし、意志決定や情報伝達も遅くなる。
それを防ぐ為の、少人数である。
それに、とギリアンはニヤリと浮かべる。
「どうせ俺達も戦う事にはなる。……なら少しでも疲弊した相手の方が楽だろう?」
「生贄兼盾ってところか。……新人達も災難だな」
幹部は緊張気味に歩く”盗賊の鎌”の新人達が、少し哀れに思えた。