第3話 相棒との邂逅
『ゴメンナサイ』
『ゴメンナサイ』
『ゴメンナサイ』
『ゴメンナサイ』
謝る声にカインが眼を開けると、眼の前には不思議な空間が広がっていた。
何もない。
ただ真珠の様に光り輝く空間だけが、眼の前に広がっていた。
「ここ……は……」
『ゴメンナサイ』
後ろから声が聞こえ、其方を振り向くと、純白のドレスに身を包んだ女性が、手で顔を覆い隠して泣いていた。
手の隙間から覗く顔に、カインは見覚えがあった。
「……女神……アァル……様?」
光の女神アァルを祀る神殿にあった彫像に似ていたのだ。
カインの声に反応して、女性が手で覆い隠すのを止め、此方を見たが、直ぐにまた顔を手で覆う。
『ゴメンナサイ』
謝っているのは何が理由なのか。
いや、女神アァルは神の長。人の運命も決めると言う。
なら謝っているのは――
「俺は死んだのか? 俺はあそこで死ぬ運命だったのか?」
カインの問いに、アァルは
『ゴメンナサイ』
を繰り返すだけだった。
「謝ってるだけじゃわからねぇよ……」
ただ泣いている女神を前にユーグが困っていると、
「死んだよ」
「――っ!!」
直ぐ横から声が聞こえた。
カインが驚いて顔を向けると、
「ばぁ!!」
「なっ!?」
眼の前に、少女が立っていた。
漆黒の髪に眼、そしてドレス。
綺麗だと思うと同時に、少しばかり――いや、得体のしれない畏怖を感じる。
特に眼だ。
どこまでも奥が無いんじゃないかと、吸い込まれそうな程に黒い、黒い瞳がジッとカインを見てくる。
「初めましてカイン君。僕は神様の一人。ま、そこの彼女の勝負相手って所かな?」
ニヘラと厭らしい笑みを浮かべ、少女が言う。
「アンタが神? ……冗談だろ?」
「冗談じゃないんだなこれが。……ま、僕は邪神だし。人間には先ず縁のない神だけどね」
自称邪神は、訳知り顔で近付き、カインの顎を撫でる。
「……哀れなカイン。キミは女神の――この世界の輪廻から外れた存在になってしまった。あの欲深い人間共のせいでね」
「どういう事だ?」
ユーグが聞き返すと、自称邪神は答える。
「あの聖剣のせいさ」
「聖剣? エレンの持ってた奴か?」
”聖剣勇者”エレンの持っている剣は浄化の力を持つ剣の筈だ。
「それだけじゃないよ。あの剣は因果を断ち切る剣なんだ。つまり君は――」
輪廻に戻る事が――転生する事が出来なくなった。
自称邪神の言葉に、カインは神話を思い出す。
生きとし生ける全てのモノは死ぬと女神アァルによって転生し、生を繰り返す。
それと同時に、眼の前で泣いている女神を見る。
「俺は――どうなるんだ?」
自称邪神は、自称に違わぬ笑みを浮かべ、
「――此の儘だよ。何もない世界で永遠に揺蕩う事になる」
「なっ?!」
質の悪い冗談だ。
そう言い返したかった。だが、言い返せなかった。
自称邪神の眼が、真実であると明確に教えてくれている様な気がしたからだ。
「そこで――」
パン、と手を鳴らし、自称邪神がニヤリと笑う。
「僕と一緒に世界征服――してみない?」
「世界……征服?」
「良い案でしょ? 僕は面白いからラッキー、キミは人間共に復讐出来てラッキー。対等な報酬だと思うけど……いいよね?」
自称邪神は俺を見ずに、女神アァルを見た。
『ゴメンナサイ』
ただ繰り返すだけのアァルを見て、自称邪神は肩を竦める。
「ダメだこりゃ。相当ショックだったみたいだね」
「何がショックなんだ?」
神様ならこの程度幾らでも見て来ただろうに。
そうカインが言うと、自称邪神は呆れる様に笑い、
「この子純粋過ぎてねぇ……。まぁ普段は神官やら子供やらの純粋な『今日も一日平和でした』とか『良い事がありました』とかの報告か、懺悔位しか聞いてないから。彼等がキミにやった事は相当ショッキングに映ったみたいだね」
そういってもう一度肩を竦める。
「……で、どうする? 復讐、してみない?」
自称邪神がニヤリと笑ってカインへ向けて手を差し出してくる。
「僕の力を貸すよ。キミはとても興味深いし面白い」
それに対し、カインは一度眼を瞑り、思案する。
直ぐに結論は出た。
眼を開き、カインは自称邪神に笑いかける。なるべく不敵に見える様に。
「人を唆して契約する、か。まるで悪魔だな。……いや、邪神だったか? ……ま、アイツ等に一泡吹かせられるならなんでも良い」
そう言ってカインは邪神の手を掴んだ。
自称邪神の顔に満面の笑みが広がる。
「契約成立だね。……僕の名前はベェル。宜しくねカイン?」
「あぁ、宜しく頼むよベェル」
こうして、世界最悪の契約が、実に軽く交わされたのだった。
その事実も、今は未だ、誰も知らない。
「じゃ、早速――」
そう言うと、ベェルはカインの額に――キスをした。
――【契約:ベェル】――
邪神ベェルとの対等な契約を行いました。
全ステータス向上。
限界突破――エラー、エラー、エラー。
危険。これ以上は人間ではなくなります。
エラー、エラー、エラー。エ――2神の承認を確認。
限界突破します。
存在昇華――【人間】から【下級神】へと昇華します。
【神性】を獲得しました。
【ベェルの加護】を獲得しました。
【ベェルの第一眷属】の称号を獲得しました。
【ベェルの花婿】の称号を獲得しました。
――――――――――――――――――――
「……おい、なんだ今の最後の余計な称号」
「……えへ」