第28話 ギルドマスター
「――じゃ、後は頼むぜ」
「あぁ。……良い立場だなぁダニー。やっぱ俺がギルドマスターになっときゃ良かったか!」
「はっ、言ってろ。面倒な会議やら書類仕事を出来るってんならいつでも譲ってやるが?」
「ギャハハハ――冗談!! そんな面倒な事やってられっか!」
下品に笑う仲間の声を背に、ダニーと呼ばれた男はギルドの拠点を出た。
ヴァルミラにある18の大ギルドの1つ”盗賊の鎌”のギルドマスター。それがダニーの現在の立場である。
”盗賊の鎌”は、文字通り元は盗賊上がりだった者達の集まりである。
それが18の大ギルドの一つとして数えられるまでになったのには理由がある。
それは兎に角冒険者の数が多い、という事だ。
――来る者拒まず、去る者は追わず。
それが”盗賊の鎌”の第一の掟だ。
この掟を掲げているが故に、”盗賊の鎌”は他の大ギルドの試験に合格しなかった者達の行きつく先として、新人冒険者や中堅冒険者達の選択肢となっている。
というか、他のギルドが厳しい試験によって選別するが故に、落ちる者も多いのだ。
そういった理由もあり、18の大ギルドの中でも特に冒険者の数の多いギルドなのだ。
同時に入れ替わりが多いという事でもあるのだが……大ギルドに所属したい者にとって、”盗賊の鎌”程入りやすいギルドはない。
そんなダニー達”盗賊の鎌”に、突如大きな仕事が入った。
依頼は『人狼の調査及び殲滅』。
別のギルドの冒険者達の多くが向かい、そして帰って来なかった依頼である。
それをそのギルドと共同で受けろ、という命令が下ったのだ。
それはダニーにとって、久しぶりの大仕事だった。
「武器の使う人狼、それの支配者と名乗った人間の男と女――ハハ、冗談みてぇだな。どうせ人狼風情大した事ねぇだろうし、旨い仕事だぜ」
これは連合からの依頼である。その報酬金は高い。
更には2度の失敗によって、ランクの上昇と共にその報酬金はもっと高くなっている。
旨い仕事には裏がある。そう知ってはいても、笑みを隠し切れなかった。
「さぁて、今日も楽しみますか」
ダニーは大通りを歩き、人通りの多い道にある小綺麗な造りの店の前で止まる。
そこは男の冒険者達が多く立ち寄る店である。
女性は一切立ち寄らない。近付こうともしない。
それはここがヴァルミラの歓楽街にある――娼館であるからだ。
今日もまた一人、冒険者の格好をした男がふらふらと入っていく。
「――よぉ、また来たぜ」
慣れた様子で、ダニーは受付の男に挨拶をする。
「これはこれはダニー様、ようこそいらっしゃいました」
「今日はイリーナは空いてるか?」
ダニーは良く指名する娼婦の名を口に出す。
男は手元にある書類をペラペラと捲り目的のページに眼を通した後、頭を下げる。
「申し訳御座いません。イリーナは別の客を取っております」
「チッ、誰が俺のお気に入りを横取りした?」
「キスク商会の大旦那様で御座います」
その名を聞いた途端、ダニーは顔色を変えた。
「そうか、キスクの大旦那か。そりゃマズいな。敵に回したくない。……なら他の娼婦にしよう。誰が空いてる?」
「はい、新人が一人、空いております」
「新人?」
「はい。……ここだけの話、今日入ったばかりですが、かなりの上玉ですよ」
受付が耳打ちすると、ダニーは機嫌を良くした。
「ならソイツを取ろう」
「畏まりました。部屋番号は19です」
「あいよ」
ダニーは勝手知ったる様子で、受付に背を向けて歩き出した。
ダニーが部屋に到着し、中に入ると、既に女性がベッドに座っていた。
かなりの美人だ。腰まである金髪も手入れが行き届いている。
扇情的な身体付きの女を前に、ダニーは思わずゴクリと喉を鳴らす。
「いらっしゃいませ。私を取ってくれた方。ナレヤと申します」
ナレヤと名乗った娼婦はダニーの顔を見てから笑みを浮かべ、頭を下げる。
そんな姿も、今のダニーには扇情的に映った。
「ヘヘッ……コイツは上玉だ」
思わず、ダニーはそう呟いていた。
ユラユラとまるで酔っているかの様な足取りで、ナレヤに近付き――胸に触れた。
「あん」
女から艶のある反応が返ってくる。
こんな女がいたとは。
「俺はダニーだ。へへ、俺に抱かれる事を嬉しく思えよ。俺はこの街の18の大ギルドの1つ、”盗賊の鎌”のギルドマスターなんだぜ」
胸を触りながら、自慢げにダニーが語る。
「へぇ、そうなんですか。凄いですね」
「へへ、そうだろそうだろ?」
「こんな値段の高い場所に来たって事は、大きなお仕事が終わったんですか?」
ナレヤの言う通り、この娼館は値段が高い事で有名だった。
「いやいやそうじゃねぇ。これからある仕事に気合を入れる為だ」
「どんな依頼なんですか? 教えて下さいよ」
「教えて欲しいか?」
ナレヤの眼を見る。一瞬ナレヤの瞳が怪しく光る――が、ダニーはそれに気付かない。
「えぇ、勿論」
「それはな――『人狼の殲滅』って奴だ。後3日もありゃ、準備も出来るだろうぜ」
「……へぇ」
一瞬、凍える様な声音でナレヤが笑った様な気がした――が、気のせいだろう。
もう1度ナレヤの顔を見るが、先程の冷たい笑みが嘘かの様なにこやかな笑みを浮かべている。
「でな、どうやらその人狼の村ってのが中々厄介な場所らしくてな――」
口が自分勝手に動く。
熱に浮かされたかの様に、まるで自分が動かしてるのではないかの様に、言葉を発する。
「――って訳よ」
(あれ? 俺はいったい何を――)
粗方説明し終えた時には既に意識がぼんやりとし始めていた。
ナレヤがダニーの太腿をなぞるが、その感覚も最早無いに等しい。
「あら、もっとお話ししましょう? ほら――眼を見て」
ダニーがナレヤの眼を見ると、ナレヤの眼が光る。
それを見た瞬間、ダニーの眼から光が失われ、トロンとしたモノに変わる。
「さぁ、貴方の知ってる事を全部話して。貴方の事も、この国の事も――色々とね」
「あ……あぁ、勿論だ」
ダニーは従順にナレヤの言葉に従い、話し出す。
それを聞いて、ナレヤは笑みを更に濃くしたのだった。