第2話 転落
そこからのカインの人生は転落の一途を辿った。
王都から締め出されたカインが行きついたのは、奴隷という立場だった。
奴隷商人に捕まり、アナスタシア王国の辺境の街の領主に、腕がない分格安で買われたカインは、使い道のない奴隷だった。
片腕では馬の世話や館の窓ふき位しか出来る事はない。
一般人並の力に落とされた今のカインでは、力仕事などもある程度しか出来ない。
ただ領主の”奴隷を沢山持っている”という満足感を満たすだけの存在だった。
何かを失敗すれば殴られ、蹴られ、食事も出されない。
いや、わざと両腕を使わなければ出来ない仕事を振られたのだとカインが気付くのにも、そう時間は掛からなかった。
メイドや同じ奴隷からも辛く当たられる日々。
それが1月、2月……半年。
とうとう我慢できなくなり、カインは逃げる事を決心した。
――どうせいなくなっても誰も気にしない。
脱走は呆気無く、簡単に出来た。
奴隷とはいえ鎖に繋がれるでも、枷を嵌められるでもなかったカインは、領主にとっては”逃げてもそれまで”の存在でしかなかった。
そしてカインが辿り着いたのは、アナスタシア王国から離れた地方にあるスラムだった。
そこでの生活も、奴隷時代とは大差なかった。
魔術も力も奪われ、更には右上まで失ったカインにとっては、パン一欠ですら得る事が難しい。
「おら! それ寄越せ!」
「ぐっ!」
運良く飯や金を得られたかと思えば、即座に奪われる。
スラムはそういう場所だった。
働こうにも、右腕がないと出来る事も少ない。
斡旋所に行っても断られる事が多かった。
半年程その生活をしていたカインには”勇者”だった頃の面影は、既になかった。
ただの――弱者だった。
こうなったら村に、自分が生まれた村に帰るしかない。
そこで家族と共に平和に、質素に暮らそう。
優しい父は慰めてくれるだろう。
剛毅な母は「何をやってるんだい」と憤慨するかもしれない。
妹は「お兄ちゃんは馬鹿ね」と言いながらも受け入れてくれるだろう。
そう考えたカインは、食事もせず、意識も朦朧としながらも、ボロボロになりながら自分が生まれた村へと辿り着き――
「――なんだよ……これ……」
そこにあったのは地獄だった。
黒く焼けた家々からは未だに焦げ臭さが漂い、道には多くの死体が打ち捨てられ、腐敗臭が漂い、蠅や蛆が集っていた。
カインの眼の前には凄惨たる光景が広がっていた。
どうやら野盗か何かに襲われたらしい。
村人は一人残らず、殺されていた。
「嘘だろ……」
カインは走った。
長らく食事を取っていない身体はボロボロだったが、自分の家が――家族がどうなっているのか、知りたかった。
無事でいて欲しい。
だが、そんな淡い期待は――脆くも崩れ去った。
「母さん……父さん……ゲルダ……」
両親の、そして妹の名を呼ぶ。
だが、返って来たのは沈黙だ。
カインの実家の前、そこに折り重なるようにして、3人の死体があった。
蠅が集り、蛆が湧き、長らく放置された事がわかる。
蠅や蛆に食われ、所々から骨が見えている。
乾いているが、3人の下には血溜まりの痕跡があった。
「アァ……アァァ――」
カインは声にならない叫びを上げ、泣いた。
こんな事になるなら、エレンの頼みに「分かった」と答えれば良かった。
こんな事になるなら、【勇者】なんてならなければ良かった。
こんな事になるなら――世界を救うんじゃなかった。
後悔しても仕方がない。
もう全てが終わってしまったのだから。
「……」
カインはトボトボと歩き出す。
力のない足取りはまるで幽鬼の様だ。
覚束ない足取りで、何処に行くのかもカインは考えていないが、兎に角歩き出す。
だが、家族の死体を横切る際、見てしまった。
ゲルダの――妹の手に握られた布を。
小さな、小さな布切れだ。
どうやら力任せに千切ったらしい。
「あれは――」
忘れもしない。
あれはアナスタシア王国の騎士の――
「あ、あぁ……あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
憎い。
憎い憎い憎い。
エレン達が。国が。世界が。
全てが――憎い。
何が【勇者】だ。
何が「世界を救ってくれ」だ。
「殺スッ!! アイツ等を絶対にっ……殺してやる!!」
歩き出す。
殺す為に。
復讐する為に。
足取りは不確かながら、ゆっくりと、ゆっくりと村を後にする。
草原を抜け、沼地を抜け、山を越え、そして――
「あぁ……ぁ」
何もない荒野で、とうとう倒れた。
食事も取らず、休眠もせず。
そうやって無理をして……限界を超えて生きていたカインであるが、限界だったのだ。
文字通り精魂尽き果てた。
もう眼も開けられない。
此の儘一人、ここで朽ち果てるのだろうか。
俺が一体何をしたというのだろうか。
平民として生まれ【勇者】として魔族と戦い、多くの人々を助けた。
その結末がこれか。
「……神様、俺は世界を――全てを恨むぞ。絶対に……許さ……ねぇ」
カインは最期にそう呟いた。
――『気に入った。助けてあげる』
カインの最期の言葉に反応したのは神か、はたまた――悪魔か。