第17話 冒険者6
「はぁ、はぁ……はぁ!」
「……っ」
テルとユーマはマルクト大森林の中を全速力で逃げていた。
周囲に仲間は他にいない。
二人は他の仲間達から大きく遅れていた。
魔術師である二人は、身体能力が高いとはいえない。
今それなりの速度で走れているのも、《身体能力強化》の術を使っているからに他ならない。
それでも尚仲間達から遅れるあたり、二人の運動神経や体力がないかを物語っている。
やがて二人は体力を使い果たし、木の根元で腰を下ろした。
「だ、大丈夫? ユーマ君」
息も絶え絶えにテルがユーマを気遣う。
「え……えぇ、それにしても人狼が武器を使うなんて、聞いた事もない」
「う、うん。そ……そうだね」
「それに後ろにいたゴーレムを見ましたか? あんなゴーレム見た事も聞いた事もない」
人狼達の周囲を囲む様に配置された、見た事もないゴーレム。
テルの魔術師としての知識にも、冒険者としての知識にもなかった。
「恐らくあれは特別なゴーレムです。……調べてみたいですが……現状では不可能ですね」
ユーマは魔術師――知の探究者である。
知見のない未知のモノを前に、調べたいという欲求が湧き出たが、即座に無理だと判断した。
「……皆と逸れちゃったね」
「えぇ……我々は魔術師です。肉体的には劣っていると認めなくてはなりませんね」
だが、ユーマの表情は未だ自信に満ちていた。
「それならそれで頭を使えば良いだけの事。……テル君、君は《透明化》を使えますか?」
「え、あ……うん」
《透明化》は冒険者パーティーに所属する魔術師として必要不可欠とまではいかないが、使用する頻度が高い魔術である。
自身のみならず他者にも使用出来るこの魔術は、主に斥候達に掛ける。
そうすれば、敵に視認されずに斥候が行えるからだ。
更にこういった逃走の際にも使える。
「では、それを使って身を隠しながら行きましょう」
「う、うん。――《透明化》!!」
「では僕も……《沈黙》」
透明化は足音までは消せない。
なので、冒険者達は《沈黙》を併用する事で、足音を消すのだ。
一方で、《沈黙》は話し声まで消してしまうというデメリットもあるが、それでも尚強力な術には変わりない。
「――」
ユーマが無言で走り出すのに次いで、テルも再び走り出した。
それを、既に人狼達が捕捉しているのにも気付かずに。
一方で他のパーティーメンバーもまた、森の中を駆けていた。
「テルとユーマは?!」
「もっと後ろだ!!」
「クソッ、こんな事になるならこんな依頼受けなきゃ良かったぜ」
「全くです!」
「兎に角全力で逃げるしかねぇ! 走れ!!」
全員とっくに一時的に身体能力を向上させる、前衛には必須の《身体強化》のスキルを使用している。
その速度は、並の魔物以上だろう。
『ウオオオオォォォォォォン!!』
遠くから人狼の遠吠えが幾つも聞こえてくる。
それがどんどん迫っている事に、皆気付いていた。
「どんどん声が近付いてやがる。マズいぞ!!」
最後尾を走るヴォールが叫ぶ。
「どうする?!」
「戦うか?!」
「――無理だ! 見ただろ、あの数を!」
「神よ……我等をお救い下さいっ!!」
仲間達のそんな会話を聞きながら、ヒュードリクは無言で走っていた。
その脳内は、絶えずこの状況を如何に打破するかを考えていた。
テルとユーマはいない。魔術師のいない状況は、彼等の範囲攻撃魔術やサポート魔術を頼れない、という事だ。
つまり、もし人狼を相手にするならば、一匹一匹を倒していくしかない。
それは不可能に近い事だ。
Cランクの冒険者20人と、8人のBランク冒険者。
実力は圧倒的に自分達があるとはいえ、やはり数というのは如実に現れる。
他のパーティーに声掛けすれば良かった。
ギルドマスターにそう提案すれば良かった。
しかし、今はただ生き残るだけだ。
命さえあれば、どうにでもなる。
「兎に角今は声のしない方向に走るしかない!! 走れ!!」
ヒュードリクは、今はそう指示するしかなかった。
だが、――人狼は確実に冒険者を追い込んでいた。
マルクト大森林は彼等のテリトリーである。
人狼は自分達の獲物の行く先を、上手くコントロールしていた。
行き着く先は――山だ。
マルクト大森林には峻厳な山々が連なっている場所がある。
その裾野には、切り立った岩肌の崖の様になっている場所もある。
人狼達はそこに追い込んだ。
崖は人間ではなんとか登れるかどうか、という位に聳え立っている。
そこに追い込まれたヒュードリク達が振り返ると、既に人狼達が姿を現していた。
その数ざっと15匹。
「――クソッ、囲まれた!!」
「戦うしかねぇ!!」
ヒュードリク達が武器を構えた――瞬間、
ヒュン!!
「――がっ!!」
武器を構えたバルべの胸に、矢が刺さった。