第15話 冒険者4
何故、たった1週間でこれ程までの防護壁を築けたか。
それはベェルのお陰である。
ベェルは単純労働を行う僕として、どこからともなく取り出した結晶の様な鉱石を利用してゴーレムを生み出した。
人間の【錬金術師】が生み出すような一般的なゴーレムではない。
神が自ら作った【神の僕】としてのゴーレムだ。
アベルが見た限り、”勇者”でも勝てるかどうかわからない。
そんな存在を、復興の為だけに躊躇なく生み出したのだ。
その数は10。
アベルとベェルしか知らないし、人狼達には理解出来ない事であるが、ベェルが取り出したのは伝説の鉱石と言われているアダマンタイトだ。
人の間で”神の石”ともいわれるミスリスよりも遥かに硬く、稀少な代物である。
そのゴーレムのお陰で、村の復興はたった数日で終わったのだ。
ではそれ以外の時間、人狼達は何をしていたかというと、雌はベェルに魔術を、雄はカインに武器の扱いを教わっていた。
故に、人狼達が弓を扱えたのだが、それを冒険者達が知る由もない。
さて、ベェルはこの村の人狼から神として崇拝されている。
雌は魔術を学び、更にベェルを信仰している。
それがどんな意味を持つのか。
それは、この村の者が全員邪神であるベェルの【信仰者】である、という事だ。
人間でいうなれば――神を信仰する者【神官】を意味する。
その結果、特に信仰心に篤い、雌達の一部が【神官】の称号を得、魔術に目覚めたのだ。
今迄人狼の中に魔術を扱える者などいなかった。
これは驚く――ベェルにとってもカインにとっても――べき事である。
一方、アベルは10程の雄を、先ず老いた者と若い者に分けた。
そして老いた人狼達を中心に弓を教えた一方、若い人狼達には斥候のいろはを教えた。
元より探知能力にも優れる人狼である。斥候という役割は得意であった。
元々【人狼】に備わっていた探知能力、そして鳴き声の声音を使い分ける事で情報を共有するという習性は、斥候にはぴったりだった。
つまり、”白銀の剣”と”翡翠の眼”の存在は、マルクト大森林に入った時に既に人狼側に伝わっていたのである。
時折聞こえて来た遠吠えは、冒険者達の位置情報を知らせる為のモノだ。
冒険者の数、そしてアベルから学んだ冒険者の職業とパーティー構成。
そういったパーティーの情報は、全てカイン達は冒険者が村に到着する以前に知っていたのである。
その上で、カインは冒険者の侵入を許した。
それは試す為だ。
アベルから学んだ【人狼】達の腕を。
冒険者の周囲を人狼達が取り囲み、更にその周りをゴーレム達が囲む。
そんな中、アベルは一歩前に出た。
隣で浮いているベェルも同じ様に前に出る。
「よぉ」
アベルはにこやかな笑みを浮かべて、気さくに冒険者達に話しかけた。
「お前は人間……なのか? なんでこんな所に? 攫われたのか?」
先頭に立つ冒険者――ヒュードリクが疑問を口にする。
少し疑っているのは、アベルの、骨のみという異形の右腕を見たからだ。
アベルのにこやかな笑みを見て、冒険者達が緊張を少しだけ解きかけ――
「そこの二人から邪悪な気配がします。……皆、お気をつけて!!」
神官――バルべの緊迫した声に、再び冒険者達に緊張が走る。
「……【神官】か。僕達の事をなんとなくだけど分かったのかな? 結構鋭いね」
「あぁ」
ベェルの感心した様な呟きに、アベルも小さく同意する。
ベェルは人間が崇拝する神アァルの敵――邪神だ。
それに、アベルはベェルの眷属である。
つまり神官の言葉は的を得ている。
(それなりの連中みたいだな)
アベルが見た所、そこまでの実力ではなさそうだ。
彼等の胸元で、銀で出来たBのプレートが揺れているのが見える。
(Bランク冒険者が二パーティー。【斥候】2人、【魔術師】2人、【剣士】2人の【神官】が1人に【重戦士】1人。……よしよし、報告通りだ。斥候達はちゃんと人間の職業を理解しているな)
アベルは頭の中で満足すると、ヒュードリクの疑問に答える為に口を開く。
「あー……悪いが、俺がここの支配者――リーダーって訳だ。わかるか? ニンゲン」
そう言って、わざと獰猛に笑って見せる。
お前等の敵だ――そう伝える様に。
「「「「――っ!!」」」」
アベルの言葉に、冒険者達が一瞬で身を固くし、武器を構える。
対するアベルもベェルも、その周りの人狼達も緊張した様子はない。
「……そう急くなって。悪いがお前達の相手は俺じゃない」
「でておいで」
ベェルが呼ぶと、周囲を囲む人狼達の中からトロスを含めた十匹がゆっくりと出てくる。
剣を持っている者、斧を持っている者、メイスを持っている者、弓を持っている者――どれも若い人狼だ。
だが、面構えが数日前とは違う。
戦士として一線を――死線を越えた、そんな顔だ。
まぁ冒険者にとってはわからない事ではあるが……。
「俺が鍛えた連中だ。……強いぜ? Bランク冒険者様にとっても相手にして不足はないだろ。数は……こっちが有利だが問題はないよな?」
「「「「……」」」」
アベルの問いに、ヒュードリク達は答えない。
答える余裕がなかった。
「……無視されると悲しいんだが。……ま、良いや。始めようぜ」
「じゃ、始め~」
カーン!
何処から取り出したのか、小さな金色の鐘の様なモノを、ベェルが鳴らす。
「……何だそれ?」
「これ? ゴングって別世界のモノ」
「……あ、そ」
緊迫感の無い二人の会話を前に――戦闘が始まった。