第14話 冒険者3
”白銀の剣”と”翡翠の眼”の8人がヴァルミラを出て3日、丁度太陽が真上にある頃に、地図に記された場所――人狼の巣があるという場所の近くまでやって来た。
「――ここからは慎重に。音を立てないようにな」
ヒュードリクが小さな声で忠告すると、周りの仲間達も「わかっている」と言う様に無言で頷く。
此処は既にマルクト大森林。
いつ、どこに魔物がいても可笑しくはない。
「……【斥候】の二人で先行。その次がヴォーム、そして俺とヒュードリク、その次がテルとユーマ、最後尾にバルべだ。隊列を崩すな」
マーティンの指示で、斥候の二人が歩き出す。
なるべく音を立てない様に、慎重に森の中を進む。
額に汗が浮かび、喉が渇く。
だが、水を飲む様な余裕はない。
時折狼だろうか、幾つもの遠吠えが聞こえてくる鬱蒼とした森の中を、8人は隊列を組んで進み――
「な、なんだありゃ」
「おい……あれは……村か?」
前を歩く斥候の2人が突然、困惑した様な声を出す。
森の中を注意深く見ていたヒュードリックが、2人の声に視線を進行方向に向けると、
「防護壁?」
そこにあったのは重厚そうな樹で出来た、見上げる程の壁だった。
僅かに空いた木と木の隙間からは、鋭く尖った木槍が突き出ている。
明らかに防衛を目的とした、人間が作る様な防護壁である。
少し眼を遠くにやると、防護壁の内側に櫓も見えていた。
「おい、地図の場所はここであってるんだよな?」
「え、あ、うん。間違いない……は、ハズだけど」
「人狼の巣があるんじゃなかったのか?」
ヒュードリクも困惑するが、直ぐに頭を振って冷静になる。
「皆、気を付けろ。これはただの巣じゃ――「ウオオオォォォォォン!!」」
ない、そう言おうとしたヒュードリックを遮る様に、狼の咆哮が聞こえ、それと同時に防護壁の上に影が現れた。
「――人狼?!」
ヒュードリク達が防護壁を見上げると、老いた人狼が幾匹か、防護壁の上に立っていた。
手に持っているのは――弓だ。
「撃て!!」
1匹の人狼の指示で、人狼達が一斉に弓を放つと、矢が飛んでくる。
「嘘だろ?!」
それはありえない光景だった。
人狼が――武器を使っている。
「ぐあっ!!」
先頭にいたバイトの肩に、運悪く飛んできた矢の1本が刺さった。
マズい――そう直感したヒュードリクは声を張り上げる。
「――ヴォーム!! 俺等を護れ!」
「応!! ――《大盾》!!」
ヒュードリクの指示で盾を構えたヴォームが先頭に躍り出て、スキルを使用すると、盾がぐん、と巨大化した。
それの陰に隠れる様にして、8人が身を狭める。
「バルべ、回復を!!」
「解っている! ――バイト、矢を抜くぞ!」
「あぁ、早く抜いてくれ――ぐっ!!」
バルべはバイトに刺さった矢を引き抜き、即座に《ヒール》を掛ける。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ。問題ねぇ」
痛がってはいたが、どうやら毒も何も塗っていないただの矢の様だ。
バイトの無事を確認した冒険者達は安堵の溜息を吐く……だが、そんな事をしている場合ではない。
「どうするヒュードリク。人狼共が弓を使うなんて聞いた事ねぇぞ!」
「あぁ、俺も聞いた事がない」
マーティンの焦りが混じった声に、ヒュードリクも頷く。
【人狼】とは、身体能力に優れ、牙や爪を駆使して戦う戦闘種族――それが冒険者達の知識だった。
だが、眼の前の人狼達は、弓を放って来た。
それもさも使うのが当たり前かの様に。
「……先ずはあの防護壁をどうにかしよう。テル、ユーマ。あの防護壁を壊す事は可能か?」
「え、えぇ。あ、あれは木で出来ている様ですから、ひ……火の魔術を使えば」
「可能ですよ。僕の魔術で一撃です」
動揺を隠せずおどおどと返事をするテルと、自信満々に答えるユーマ。
「――ヒュードリク、いつまで耐えれば良い?! 此の儘じゃスキルが解除されてしまう!!」
《大盾》のスキルを使用して弓を防御しているヴォールが叫ぶ。
いつまでも此の儘という訳にはいかない。
「3数えて行動開始だ。……テル、ユーマ。頼むぞ」
「う、うん」
「任せて下さい」
「良し。……3・2・1……頼む二人共!!」
ヒュードリクの声と同時に、魔術師二人が大盾から飛び出す。
「い、行きます! 《大火球》!!」
「――《トリリオンフレイム》!!」
2人が魔術を発動する。
テルが発動したのは巨大な火球を生み出す魔術。
ユーマが発動したのは3つの火球を生み出す魔術だ。
合計4つの火球が防護壁に向かって飛んでいく。
人狼達は慌てた様子で防護壁から退避する。
そして――着弾。
ボオオオォォォォォン!!
轟音と共に、防護壁が焼かれ、吹き飛ばされる。
「――行くぞ!」
「「「「「「「応!!」」」」」」」
冒険者達はまだ煙で周囲が見えない中を、好機と見て隊列を崩さずに駆け出す。
そして煙を抜け――
眼の前に広がる光景を見て、足を止めた。