第13話 冒険者2
翌朝、準備を終えた”白銀の剣”と”翡翠の眼”の合同パーティーは、目的地であるマルクト大森林向けて出発した。
目的地であるマルクト大森林は、ここより3日は掛かる僻地だ。
道中で野宿する事も考え、荷物は最小に、だがもしもの為に食糧等は多く持って来てある。
大森林ともなれば、【狼】や【野猪】等の食糧となる魔物もいる。
だが、今回の目的はあくまでも【人狼】の殲滅だ。
Bランク相当の相手ともなれば、激戦が予想される。出来るだけ戦闘は避けるつもりで、仲間達もそれを理解していた。
とはいえ、ずっと気を張っていては疲れるだけだ
彼等はBランクの冒険者である。どこで気を張り、どこで抜くべきか、理解している。
道中は賑やかだった。
「しっかし全滅かー。俺が眼を掛けてた奴もいたんだがなー」
【斥候】としてパーティーの先頭を歩くベネデットが、残念そうな声音で言う。
だが、惜しいとは思っても、こういう事もあると割り切っている様子だ。
冒険者は自由であると同時に危険な職業だ。
魔物に襲われ、パーティーが全滅した、など冒険者にはよくある話である。
同じパーティーの仲間の死ともなれば別であるが、たかが同じギルドに所属している後輩が死んだ程度では、話のタネにはなるが、その程度にしかならない。
大事なのは1に自分、2にパーティー、3にそれ以外である。
冒険者とはそういう職業だ。
少なくとも、ギルド”七色の巨塔”はそういったギルドであった。
「誰に眼をつけてたんだ?」
隣を歩く同じ【斥候】のバイトが、興味深そうにベネデットに訊ねる。
「”鈍色の鉤爪”のフェンだ」
「あぁ、アイツか」
自分達の所属するギルド”七色の巨塔”の若手の中で有望株と有名だった”鈍色の鉤爪”の斥候の名前を出すと、バイトも理由を理解出来るのか頷く。
「アイツは鼻も利くし、動きも良かった。流石【獣人】のハーフだよ。……それに兎に角、胸がデカかったし」
「プ……なんだ、『眼を掛ける』ってそっちの意味かよ」
バイトが呆れた様に吹き出す。
冒険者というのは比率でいえば女性は少ない。
十人いれば8:2程の割合である。
勿論、男が8だ。
だから数少ない女性が人気かといえば、そうでもない。
ただでさえ気性が荒い者が多い冒険者だ。
同性でさえ喧嘩が絶えないのに、そこに異性が混ざればどうなるか。
当然、いざこざに発展する事もある。
それが理由で解散するパーティーも珍しくないのだ。
それを嫌って同性で組むパーティーもある。
「ウチはギルド内恋愛禁止だろーが」
バイトの言う通り、ギルドによってはそういったいざこざを避ける為、ギルド内での恋愛を禁止している所もある。
”七色の巨塔”にも、そういった掟があった。
だが、ベネデットは気にした様子もない。
「バレなきゃ大丈夫だって。……今までだって気付かれた事ねぇし」
ベネデットの呟きに反応したのはリーダーであるヒュードリクだ。
「おい、今なんか聞こえた気がしたが……お前まさか、ギルドの仲間に手を出したんじゃないだろうな?」
聞かれてたか、と舌打ちして、慌ててベネデットは誤魔化す。
「ジョーダン、冗談だってリーダー」
「……はぁ、程々にしとけよ。見つかって連帯責任でギルドから追放なんてされたらお前を恨むからな」
「うーい」
ヒュードリクの忠告に、ベネデットは気のない返事をした。
少し空気が悪くなる。
それを気にしたテルが、慌てて会話を反らす。
「そ、それにしても……全滅なんて何があったんでしょうね」
話題は二十人もの大編成で向かった筈の、若手達の事である。
既に冒険者達が依頼に向かってから一週間、流石に逃げた冒険者が返ってきてもおかしくはない。
だが、誰一人として――帰って来なかった。
「恐らく【人狼】に倒されたのだろう。人狼の数が想定以上であったとか、強力な個体がいた、とか……理由はその辺だろうな」
”翡翠の眼”に所属する神官のバルべが濃い髭を撫でながら推測し、
「うへぇ……強い奴は勘弁だぜ」
バイトが嫌そうに天を仰ぐ。
一方、魔術師のユーマは期待を胸に言う。
「ですが、それを倒せば僕達の評価も上がるのでは?」
少しばかり自信過剰なきらいがあるが、ユーマとて数々の依頼を熟し、生き残ってきたBランクの冒険者である。
その魔術の腕は確かだ。
「あぁ。もしかしたらそいつを倒せばAランクに昇進、なんて事もあるかもな」
ユーマの言葉に同意する様に、暇そうに頭の上で手を組んで歩くマーティンが頷く。
「……油断は禁物だぞ二人共。この依頼は失敗出来ないんだ」
ヒュードリクの忠告は最もである。
それが理解しているのか、マーティンも頷き返す。
「わあってる、わあってるよ。油断はしねぇ。俺等だってBランクの冒険者だぜ? ……だが、そんなに警戒してるなら、もし強力な個体が出たら俺達に譲って貰って構わねぇよな?」
挑発するマーティンに、ヒュードリクは呆れる。
「……おいおい、まだいると決まってる訳じゃないだろ?」
「ま、そうだがな。……さて、日も暮れて来た。ここらで今日は休むとしようぜ」
日も暮れ始め、空が赤くなってきた。
夜になる前に野営地を決めなければならない。
「そうだな。……良し、野営に相応しい場所を探すぞ! ベネデット、先行して野営地に相応しい場所を探してきてくれ」
「バイト、手前も手伝ってやれ」
「了解」
「あいよ」
斥候二人が、走ってパーティーから離れていく。
こういった事も、斥候の役目だった。
既に夜の警戒をする順番は道中で決めてある。
地図に記された人狼の巣まで後少し。
「今回も無事に終わると良いんだが……」
ヒュードリクはそう呟いて、斥候2人が走っていった方向の空を見上げたのだった。