第11話 特訓
アベルの指示によって、ここ数日人狼の村は復興を進めていた。
アベルは復興の詳細を、ベェルに任せた。
ベェルの指揮の下、現在この村は砦化を進めている最中だ。
強靭な肉体を持つ【人狼】は、細かい作業は苦手であるが、一方で力仕事には向いている。
木を切り倒し、防護壁と家屋を建てる。
焼かれた村をもっと頑丈な造りのモノに作り直すのだ。
雌や子供を除いた多くの人狼は、土木作業に従事していた。
一方、トロスを含めた10の若き人狼は、アベルの下で訓練を続けている。
それこそ文字通り、血反吐を吐く程の訓練をアベルは行っていた。
勿論、訓練内容は最も効果のあるモノ――実戦だ。
「ウルァアアアッ!!」
若い人狼の一匹が、爪を立てて掴みかかってくる。
その姿に仲間だからという遠慮はない。
遠慮して勝てる相手ではないと、ここ数日で若い人狼達も理解していた。
故に、全力で――狩る。
「よっと。――ほれ」
アベルはそれをくるりと避け、手を掴んで地面に叩きつける。
「ガァァァァアアアアッ!!」
その背後から、もう一匹の人狼が斬り裂こうとするが――
「ほい」
骨が丸出しの右手で軽々しく受け止められ、頬り投げられた。
「ギャン!!」
「不意打ちは気配と声を消せって何度も言ってるだ――っ!!」
ヒュン!!
アベルが顔を動かすと、顔のあった場所を矢が通り過ぎる。
「今のは良い不意打ちだ。……ま、俺には通用しないがね」
「チッ!! 今のは確実だと思ったんだがなぁ!!」
舌打ちをしたのはトロスだ。
その手には弩が握られており、アベルに向けられている。
アベルにとって、トロスの才能はいい掘り出し物だったと言える。
トロスの才能――それは”射撃手”としての才能だ。
前述した通り、元来【人狼】という種族は細かい作業が得意とは言えない。
巨躯と高い身体能力、自慢の牙や爪を活かしたパワフルかつ野性的な戦い方を、【人狼】は好んでいる。
トロスもその典型的な例であると、アベルは思っていた。
事の次第はこうだ。
訓練初日、アベルは付け焼刃だろうと考えつつも、若い人狼達に剣や弓、魔術の基礎を叩き込もうと考え、訓練を始めた。
数日の訓練であって、残念ながら魔術を十分に扱える者は十人の中にはいなかったが、それでも多くの武器をある程度使える程には教えたつもりだ。
だが、思った以上に【人狼】とは戦闘の才能のある種族だったらしい。
ここ数日で才能を開花した者もおり、ナイフや剣を使い、スキルを使える者も現れた。
恐らくは初めてだろう。
人狼が武器でのスキルを使うなど。
ある程度の武器を使わせ、其々の得物を選んで良いと言うと、各々が最も得意とする武器を選んだ。
その中でトロスが選んだのが――弩だった。
弩は、弓よりも構造的に難しく、装填に力はいらないが、武器の中でも特殊な事に違いない。
トロスが弩を選んだ当初はどうなるかと思ったが、ここ数日間の訓練によってその腕は順調に上がっていた。
伸び代のある連中だ。
アベルは満足気に笑いつつも、訓練を続ける。
なるべく【人狼】が視認出来る程度の速度でトロスへ肉薄し、
「避けろよ! ――おらぁっ!!」
右腕を振りぬく。
巨大化した腕がトロスに迫る。
「チッ!」
トロスは前転でアベルの攻撃を避けると、矢をセットし、アベルに向けて射出する。
その手際は手慣れたモノで、弩に触れてまだ数日だというのに、熟練の域に達しているのではと思える程だ。
だが、まだ甘い。
「よっと!!」
アベルは矢を避け、簡単にトロスの懐に入り込み――
「はい――死んだ」
とん、とトロスの胸を左手で押した。
「……っ!」
トロスがドサリと尻もちをつく。
周りの人狼達も、疲れで立てない様だ。
それを見下ろし、アベルは手を叩く。
「良し、朝練はここまでとしよう。随分様になってきてるじゃないか」
アベルは笑い、尻もちをついたトロスに手を差し伸べる。
「まぁな。……ハァ、今日も勝てなかったな。大将、強過ぎるぜ」
アベルの手を取って立ち上がりながら、溜息を吐いてのトロスの言葉に、アベルは笑って返す。
「そりゃ、一応こんなんでも”勇者”の一員だったからな。戦闘はお手の物だ。ま、一芸に秀でた連中には勝てないけどな」
あくまでも、アベルの戦い方は”勇者”時代に培ったモノだ。
こればかりは中々簡単に変えられるものでもない。
それに剣術も、弓の腕も、槍の腕も、魔術も。”勇者”達には……その道の最上位には一歩及ばなかった。
だからこそ”万能勇者”等という異名で呼ばれていたのだが、今では皮肉としか思えない。
「大将よりもっと強い奴がいるのかよ。人間ってのは強いんだな。おー怖ぇ怖ぇ」
「怖くねぇさ。……力だけで言うならばお前等の方が余程強い」
厄介なのは人間の持つ欲と知恵だ。
狡賢く、どこまでも強欲。
特に権力にしがみ付いている人間達の、日々行われている権力闘争の、なんと醜悪な事か。
アイツ等は魔族よりも卑劣だ。
そんな事が頭を過ったアベルは、頭を振って忘れる事にして、
「さ、飯だ。飯。……ちゃんと食わねぇと、午後が辛いぜ?」
良い匂いを漂わせる飯の匂いに、口の端を吊り上げたのだった。