第1話 魔王討伐から始まる物語
【人間】と【魔族】……それは相容れない存在。
古来より、人間と魔族は戦ってきた。
魔族が人の村を襲えば、冒険者が。
魔族の中から”魔王”という存在が現れれば、対抗する様に人間の中から”勇者”という存在が現れ、魔王と戦った。
”勇者”が勝つ事もあれば、”魔王”が勝つ事もある。
この世界――ウーラオスの歴史においては、人間と魔族の争いは一進一退と言えた。
そして今回もまた、同じ歴史が繰り返される――筈だった。
「……見事……だ。だが覚えておれ、いずれ再びこの世に魔王は現れる。その時を……楽しみに……しておるぞ」
その言葉を最期に、魔王が倒れ伏す。
「……勝ったか」
持っていた剣を、カインは下ろす。
そして、後ろで倒れている仲間達を振り返り、
「……これを使うのは勿体ないけど、言ってられねぇか」
人数分の復活の薬を仲間に振り撒く。
息はないが、まだ時間はそう経っていない。それならば復活出来る筈だ。
仲間達が意識を取り戻し、起き上がり、魔王が倒れているのを見て、
「こ……ここは……勝った! ……俺達は魔王に勝ったんだ!!」
「やりましたわね!」
「えぇ、私達の勝利よ!!」
「へへ、魔王ってのも大したことねぇな!!」
「……うむ」
仲間達の喜ぶ声が聞こえる中、カインは大きく溜息を吐いた。
(……さっきまでぶっ倒れてた癖によく言うよ)
魔王と戦ったのは、殆どカインだった。
彼等は魔王の攻撃で死んでいただけである。
カインは”勇者”だ。
厳密に言えば”勇者パーティー”の一人である。
”聖剣勇者”エレン・イライオ。
”魔導勇者”キリノア・フォン・シーガル。
”豪勇勇者”ボーディン・ロシフォール。
”聖王女”マルガレタ・アナスタシア。
”騎士王”ヘンリック・ド・アレゲイア。
そして”万能勇者”カイン。
数年前に突如現れた魔王に対し、人族の全ての国家から選ばれた精鋭達。
その中でも、カインは”特別”だった。
カインには姓がない。
貴族や王族、またはそれに準ずる家でない限りこの世界においては姓はない。
彼は”勇者”となる前は単なる辺境から出て来た田舎冒険者だったのだから。
それが奇妙な縁で、”勇者パーティー”の一人となり、一緒に旅をしていた。
カインの称号は”万能勇者”。
その称号の通り、カインはありとあらゆることに長けていた。
”聖剣勇者”に匹敵する程の剣の腕に、”魔導勇者”に匹敵する程の魔術、”豪勇勇者”程ではないが恵まれた体格と高い身体能力を、”聖王女”程ではないが治癒の力を操れ、”騎士王”程の槍の腕を持ち、皆程ではないにしろ神からの加護を得ていた。
器用貧乏とも言えるかもしれないが、カインはそれだけではない。
前述の通り、姓があれば貴族、王族の出自である。
元冒険者という立場のボーディンを除いた彼等は、戦闘以外何も出来なかった。
斥候に情報収集、馬車の操舵、料理等々……。
貴族や王族であった彼等は料理等身の回りの事を自分達でした事がなかった。
それら全てを、カインは一人で担った。
故に、影ではこう囁かれる事もあった。
――”勇者パーティーの雑用係”と。
そんな陰口も気にせず、カインは”勇者”として頑張って来たつもりだった。
それを誇りにしていた。
魔王討伐後、マルガレタが王女として生まれた国、アナスタシア王国での謁見中、仲間達から掛けられた
「なぁ、俺達全員で魔王を倒した事にしてくれよ」
そんな言葉を聞くまでは。
エレンがカインにいつもの様な爽やかな笑みを浮かべながら頼んでくる。
「頼むよカイン。な、金なら幾らでも払う。な、頼む!」
カインはその言葉を聞いた時、一瞬冗談かと思った。
「冗談だろ? お前等は魔王の一撃でぶっ倒れてただけじゃねぇか」
「私からもお願いします。カイン……ダメなのですか? 恋人である私からの頼みなのに」
「……マリー」
マルガレタもエレンに追従する。
そしてボーディンとキリノアもそして諸国王の中にいるヘンリックもまた、同じ様な眼でカインを見て来た。
確かに彼等の言葉もわからなくもない。彼等は王族であり、貴族であり、それでなくともそれなりの立場がある。
だが、苦労して倒したのは自分だ。
小さい男だと思われても構わない。恋人であるマルガレタにそう思われても構わない。
それ程の事をしたのだという自負が、カインには生まれていた。
「王命であってもか?」
アナスタシア国王にも尋ねられる。
だが、カインは首を横に振った。
「……流石に無理だ。俺だって苦労して魔王を倒したんだ」
カインがそう告げると、エレンは舌打ちし、王を見上げて一度頷いた。
王もそれに応えて頷くと、エレンは顎を持ち上げる。
まるで「やれ」と何かに指示する様に。
次の瞬間、
「悪いな」
ガクン!!
急に身体から力が抜け、その場に跪く。
「な、何が……」
カインが後ろを向くと、ボーディンが何か持っていた。
キラキラと輝く結晶の様なモノだ。
「まさか……それは……」
ユーグには見覚えがあった。
――”封印結晶”。
強大な力を封じれる特殊な鉱石だ。
魔力のみならず、戦士としてのスキルも、身体能力ですらも封じれるという。
生成されるのは極稀で、貴族や王族ですら一生で一度見れるかどうかすら怪しいという。
「……手前ェ等ッ!!」
カインは悪態を吐くがそれだけだ。
いや、それだけしか出来なかった。
跪いた瞬間、まるで最初から決められていたかの様に衛兵達がカインを槍で取り押さえたからだ。
取り押さえられたカインに、エレンが近寄る。
「平民風情が……本当に”勇者”になれると思ってたの――かっ?!」
そう言うと、カインの顎を靴で蹴り上げた。
「がっ!?」
歯が折れ、そこから血が飛び散る。
それを見て、キリノアやヘンリック達が笑う。
恋人であった筈のマルガレタも、暗い笑みを宿し、カインを見ている。
王も、大臣も、貴族達も、この場にいる他国からの使者達も――全員がカインを嘲笑う。
「フン……良いかカイン。これは決してアナスタシア王国だけが決めた訳じゃない。全ての国で合意された事だ。……『”勇者”に平民はいらない』。今までの慣例になっている。……そういう事だ」
笑いながらのボーディンの言葉に、カインは何も言い返せない。
血を垂らしながら俯くカインに、再びエレンが近付いた。
「フン……この右腕はもういらないだろう。……はぁっ!!」
「――ァ……ァァァァアアアアアア!!」
今度は右腕を斬られた。
激痛が走る。
痛みで頭がどうにかなりそうだった。
「煩いな……マリー、キリノア」
「はい。……《ヒール》」
「分かってるわよ。……《フレイム》」
マルガレタの治癒魔術によって、痛みが和らいでいく。
だが、低位の治癒魔術では失った腕までは治せない。
そして切り放された右腕は、キリノアが焼き焦がした。もう二度と、戻る事はないだろう。
それを見ていた王が立ち上がる。
「……アナスタシア王として宣言しよう。今までの功績に免じてカイン……いや、その平民をこの国から追放処分とする!! ……連れていけ」
衛兵によって強引に立たされ、ユーグは連れていかれた。
対抗する魔術も、力も、もうない。
「……手前等絶対許さねぇ!! 覚えてやがれクソ野郎共!!」
そんな悪態を吐く事しか、カインには出来なかった。