第三の事件〜犯人は――
「犯人が分かったわ」
スケルトンの門番の死因が、『浄化』であることを聞いた瞬間。
魔王の娘、アイリーンは即座に告げた。
これには、アイリーン付きの執事・フィオネルに、成り行きでついてきたミノタウロスのムラゾウ。
そして周囲にいた兵士たちがザワリと騒ぐ。
魔王城で起こった一連の事件。
サイクロプス殺害事件。
宝物庫強盗殺害事件。
そして門番であるスケルトンの浄化殺害事件――。
この連続殺害事件の犯人が、アイリーンには分かったという。
ひょっとしたら、彼女が犯人なのではないか。そんな心の内に生まれた疑念を隠したまま。
もし矛盾点があれば指摘しようと、フィオネルは訊く。
「アイリーン様。犯人が分かった、とは」
「そのままの意味よ。犯人は――この中にいる!」
一度言ってみたかった、と言わんばかりにアイリーンは小さな胸を逸らした。
元々、人間世界の推理小説に憧れ、探偵になりたいと言い出した彼女である。
こんなシチュエーションが訪れないかと内心願っていたのだろう。びしりと指をさしたアイリーンの目は、抑えきれない喜びに輝いていた。
その感情こそが、探偵役になってみたかった、という事件の動機につながるのでは――とフィオネルは思っているわけだが、そんな執事の内心など知らずアイリーンは言う。
「まず初めに、城内でサイクロプスが殺害されていた事件。戦いの最中、一つ目を刺されて死亡。凶器は武器か、または魔法か。断定はできないけど、争った後に殺されたのは確か」
ムラゾウが第一発見者となった事件。
魔王城の中で、見回りをしていたサイクロプスが殺された。交代に来ていたムラゾウが死体に気づき、フィオネルの元に報告にやってきたのだ。
そのときのことを思い出したのか、ムラゾウがぶるりと震える。サイクロプスに金を貸していたという動機があったにせよ、彼が犯行に及んだようには見えない。
その場にいる全員の視線を受けつつ、アイリーンは続ける。
「次に、宝物庫で暗黒竜ダラグネル卿が殺害され、アイテム等が盗まれていた事件。こちらも争いの末、ダクラネル卿は殺されたと見えるわ。宝物庫に押し入ったところ、ダクラネル卿が守護についていたため戦闘になったのでしょう」
「……どうでしょうか。最初からダクラネル卿の殺害が目的だった、ということは考えられないでしょうか」
得意げに推論を披露するアイリーンに、フィオネルは反論する。
卿の殺害が目的で、宝物庫の物品を盗んだのはカモフラージュ――という線も、考えられなくはないのだ。なにしろ犯人は、ドラゴン族の鱗を焼き、焼死させるくらいの力の持ち主。
初めからダクラネル卿を襲うのが目的だったと、考えられなくもない。そう言うフィオネルに、アイリーンは「あら」と言う。
「ひょっとしたらそうかもしれないわね。ダクラネル卿を倒すことが目的で、宝はたまたま目についたから持っていったのかもしれない。
けれどそれは、本筋とは関係ないの。宝が目的でもダクラネル卿の殺害が目的でも、たどり着く結論は一緒。このまま、話を続けるわね」
「関係ない……?」
アイリーンの妙な物言いに、フィオネルは首を傾げた。
フーダニット、ホワイダニット、ハウダニット――それぞれの観点から見た情報が、頭の中で錯綜していく。
そしてアイリーンは、その中でもハウを主眼に置いた推理を展開していく。
「ダクラネル卿の殺害現場には、穴が開いていた。天井が砕けた、大きな穴が。それで私はもしかして、と思ったの」
魔王城の壁は、闇の属性を帯びた強固な石でできている。だからこそ四六時中鳴っている周りの闇属性の雷は効かないし、ちょっとやそっとの衝撃では砕けもしない。
だからこそ、その衝撃が、そのまま――
「天井を砕いた、魔王城の守りを破るほどの雷。これを受けて――ダクラネル卿は、殺されたのだと思うわ」
ドラゴン族の強固な身体をも、打ち砕いた。
城の守りを突破するほどの攻撃であれば、確かにダクラネル卿にも通じるだろう。身体の内部まで炭化するほどの魔法。雷の熱量は、時に炎すら上回る。
「し……しかし! 城の周りの雷は、闇の力を帯びております! いくら魔法で収束し落としても、城の壁を砕くとは思えません!」
「そこよ。私もそこがネックだと思ったの」
いい質問ね――と言わんばかりに、アイリーンがうなずく。
ダクラネル卿を打ち倒したのが雷。それ自体は、納得のいく仮説だ。
ただ、そこに届くまでに文字通り壁が立ちふさがる。その壁を超えるために――。
「私はある仮説を立てた。それが、同時にサイクロプス殺害とダクラネル卿の殺害を結び付けた。さらに、この三つ目の事件で」
そこまで言ってアイリーンは、地面に転がったスケルトンのバラバラ死体を見る。
浄化によって、骨まで塵のように砕かれ。
今まさに、ゆっくりと再生している途中の骸を。
「確信したの――全てはつながった。犯人は」
「犯人は……?」
静かな眼差しで息をつくアイリーンに、フィオネルが周囲を代表して言葉をかける。
痛いほどの沈黙。ごくりと誰かが固唾を飲む音。
その空気の中――アイリーンは、ゆっくりと口を開く。
「犯人は――勇者よ」
次回、解決編?です。