存在証明
「『探偵と犯人の違い』が分かったっていうの……?」
颯爽と現れ、自分を救ってくれた助手を前に。
アイリーンは驚きと疑問をもって言葉を発した。
これまでいくつかの事件を共にしてきた助手執事、悲しいかなどう見繕っても己の考えのみで正解にたどり着けるタチではない。
そんな彼が、アイリーンですら出せなかった結論に至ったというのか。
不思議そうな顔をする魔王の娘に、しかし執事フィオネルは力強くうなずく。
「はい。最初に手紙を受け取ってから、ずっと考えていたんです。そのときは答えが出ませんでしたが、みなさんに助けていただいて、やっと」
「聞かせてもらいましょう」
そんなフィオネルに言い放ったのは、アイリーンではなくユリアだ。
彼に毒を盛った張本人。つまり一連の事件の『犯人』――冥界の姫は、硬い口調でフィオネルに言う。
「本来ならばダークエルフごときに尋ねたりはしなのだけれど。わたしの毒を打ち消してここまで来た功績は認めましょう。言ってみなさい」
「……では、恐れながら」
ユリアの顔はアイリーンと話しているときのような、柔らかいものではない。
もっと無表情な、感情を押し込めたような――反応によっては爆発しかねない、ひりつく威圧感を伴っていた。
だが助手執事は、汗をにじませつつ丁寧な一礼の後、しっかりと述べる。
「周りが、違うのです」
「……なんですって?」
「『探偵』と『犯人』は、その者を取り囲む周囲が違うのです」
眉をひそめるユリアに、フィオネルは重ねて言葉を紡ぐ。
「探偵は事件を解決する者であり、犯人は事件を起こす者である。手紙を受け取ったとき、まず私はそう考えました」
「当たり前すぎて考慮する価値もない要素だわ。木偶なの? あなたそれでアイリーンの助手を自任していたの?」
「『探偵』はアイリーン様であり、『犯人』はユリア様である。この状況を、ユリアさまは手紙になぞらえているのだとも考えました」
「……ふぅん」
そこまでは分かっているのだな――と、ユリアは蛇のように目を細めてフィオネルを見た。
だが、別にそれは彼の言動を許したわけではない。場合によっては嚙み殺すことも辞さない。そんな態度で、ユリアは口を開く。
「だったら何かしら? 探偵が事件を解決し、犯人が事件を起こす者だとしたら。方向性は違えども双方は似た者同士ではないかしら。事件を望む者同士、どちらも魂の質だけ見れば同質ではなくて?」
「質だけ見れば、確かにそのとおりだと思います」
アイリーン様とユリア様は、少しだけ、似ているところがあるように思えます――と、フィオネルは魔王の娘と冥王の娘を交互に見た。
その眼差しに、解毒剤の瓶を握りしめたアイリーンはびくりと反応し、ユリアは鼻を鳴らす。
『探偵と犯人そのものにさしたる違いは無い』。ここまでは先ほど、二人の姫が話したとおりだ。
「分かっているなら消えなさい。もうあなたに興味はないわ」
「ですが、やはり違うのです。私に盛られた毒を消そうとする周囲の者を見て思ったのです。『ああこれは、アイリーン様が探偵として過ごしてきたからなのだろうな』と」
「……」
冤罪をかけられたミノタウロスが。持ち物をなくしたミミックが。
持ち場を荒らされた赤鬼が。記憶をなくしたドラゴンが。共に事件を解決した精霊姫が。
フィオネルの毒を消すために、走り回った。
「彼ら彼女らは、アイリーン様が解決した事件で少なからず被害を受けていた者たちでした。その者たちを見て、私は密かに誇らしく思ったのです。ああ、アイリーン様が探偵をやってきたのは、良いことだったのだろうなと。必死に尽力してくれる者たちが、周囲にできたのだなと」
「詭弁だわ。アイリーンが探偵をやらなければ、その者たちは被害に遭わなかった!」
「確かにそうかもしれません。ですが、今回の事件により『違い』は浮き彫りになったのです」
かたや、事件を使って探偵を呼び寄せた犯人。
かたや事件をきっかけに、それまでの関係者を呼び込んだ探偵。
その違いは明らかだ。
「あなたには、決定的に他の者が寄り付かない。事件を起こしアイリーン様を傍に置くことはできても、その先には何もない。けれど、アイリーン様は違うのです」
「黙りなさい! わたしにはアイリーンがいればいいの、他に何もいらないの!」
「そうでしょうか。我が主はそうは考えていないと思います」
でなければ、私に盛られた毒を解くために自ら出向きはしないでしょうから――と、フィオネルはアイリーンの持った小瓶を見てふわりと笑った。
『探偵と犯人の違い』。
ここに来て、両者の差異がどんどん明らかになっていく。
解決してきた事件の当事者たち。誰かのために行動できる可能性。
そして、もうひとつの大事な要素――
「そうですね。これまで全部机上の空論で、証拠がない、というのでしたら提示いたします」
助手たる執事は自らの主人である魔王の娘の下で、最大級の礼をする。
「私が今、アイリーン様のお傍にいること。これが申し上げた推理の、何よりの証拠なのです」