一緒に遊ぼう
「私のことが好きってどういうこと? ユリア」
冥界の奥底に降りてきたアイリーンに。
「どうもこうも、そのままの意味よ。アイリーン」
ユリアは嫣然と微笑み、告げた。
「昔からね。いいなあと思っていたのよ。冷たくて鋭くて美しい。薔薇の棘のように尖ったあなた、素敵だわ」
「本当に好きで仲良くなりたいなら、対象の執事に毒を盛ったりはしないと思うのだけれど?」
洞窟のユリアのアジトをさりげなく見回し、アイリーンは言う。
ガラスのフラスコや散乱した書類。ユリアの部屋は根城というより研究室のようだった。
そして、机の上に一本、瓶に入れられた薄桃色の液体。
あれが執事の命を救う解毒剤だ。淡く光る、意味ありげに置かれた液体を見てアイリーンは直感する。
「馬鹿なことを言っていないで、解毒剤を渡しなさい。そうすれば今回の件はなかったことにしてあげる。お父様にも言わないわ」
「あら。せっかく来たのだもの。もう少しお話しましょう?」
さりげなく注意を向けた瓶をそっと手に取り、ユリアはキスをして笑った。
軽く瓶を振る冥王の娘に、魔王の娘は舌打ち寸前の顔になる。助手の命は未だユリアの手の上だ。
なんとか解毒剤を手に入れるなり、奪うなりしなければ。展開次第では強硬手段をとることも視野に入れ、アイリーンは続きを促す。
「話って何よ。またくだらない愛だの恋だのの話をするつもり?」
「『探偵と犯人の違いは何?』」
「……それは」
ここに呼び出される際に受け取った、手紙での問いかけ。
それを再び受けて、アイリーンは沈黙する。考えようにも問題の幅がありすぎて、答えようがないというのが正直なところだった。
「……探偵は事件を解決する者で、犯人は事件を起こす者。でも、そういう辞書的な回答を期待していないのでしょう、あなたは」
「そう。さすが察しが良くて嬉しいわ、アイリーン」
魔王の娘のとりあえずの返答に、ユリアは目を輝かせる。
質問を質問で返したような形だが、冥王の娘は機嫌を損ねていないようだ。
むしろこうして、問答の中で答えを出していくことこそ望んでいるように見える。アイリーンの言葉に対し、ユリアは弾んだ口調で言った。
「探偵が事件を解決し、犯人は事件を引き起こす――でもそれは、裏を返せば探偵にとって犯人はなくてはならないということではない?」
「……だから、最近ずっと私の周りで事件を起こしていたというの? 私が探偵であるために?」
「そうよ。だってそうすれば、ずっとあなたと遊んでいられるでしょう?」
わたしが事件を起こし、それをあなたが解決する――ずっとずっと、一緒にいられる。
歪んだ愛を口にするユリアは、さらに微笑んで先を続けた。
「事件なくして探偵は成り立たない。そして事件なくして犯人も犯人たりえない。それはつまり――双方とも、事件を必要としているということではなくて?」
「……くだらない。そんなのは物語の中だけの話でしょう。実際には役割はもっと多様で複雑だし、解決法も様々だわ」
「そうね。たとえばミラベルなどは、探偵というより『刑事』といった側の者なのでしょうね」
精霊姫は魂の方向的に、善なる立場の者なのだわ――と、同じ学校に通う他の令嬢を指し、ユリアは息をつく。
「正義と真面目を絵に描いたような『刑事』は、探偵と組むこともあるでしょう。ミラベルはまぶしいわ。けれど、わたしたちは彼女のようにはなれない」
「魔と闇の眷属は、輝く精霊にはなれない。それは分かるわ。けれどその理屈を利用して私とあなたを同族にしないでもらえる?」
「あら。てっきり分かっているものだと思っていたけれど」
挑発的なアイリーンの言葉に、ユリアは首を傾げた。
肝心なところだけ分かってもらえていなくて、困った――という風に、苦笑を交えて。
「でもあなた、思ったことがあるでしょう。『何か事件が起こらないか』って」
「……」
「退屈で。世界の全てがくだらなくて。いっそ壊れてしまえって思ったこと、あるはずだわ」
まるで全てを知っているかのような確信をもって、ユリアはアイリーンに断言した。
魔王の娘は返す言葉もない。
だって本当に思ったことがあるから。
冗談でも。一時の気の迷いでも。
思ったことがある。考えたことがある。何か事件が起こらないか。助手の執事にたしなめられても、心の奥底にその衝動は残っていた。
そしてそれは、この冥界の姫も同じ。
「本能的に事件を望むのよ。探偵も、犯人も――だったら、わたしの答えはひとつ」
顔を青ざめさせるアイリーンに、ユリアは微笑みかけた。
「『探偵と犯人に違いは無い』――安心して。ずっと一緒に遊びましょう?」