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魔王の娘の冥界下り

 魔王城には冥界へと続く道がある。


 正確には転移の魔法がかけてある鏡だ。それを使い、アイリーンは冥界へと潜っていった。

 魔王城と冥界城を行き来できるこの鏡を使い、ユリアは楽譜庫の事件を起こしたのだろう。


 転移の間、アイリーンは知り合いでもある冥王の娘に思いを馳せる。暗号のイタズラを仕掛け、ドラゴンの記憶を奪い、そして執事に毒を盛った――ここ最近の事件は、全て自分が起こしたものだとユリアは告白した。

 その上でアイリーンを呼び出したのだが、一体なんの狙いがあってのことなのか。


 さらにどうして今になって、という疑問も残る。

 アイリーンとユリアは以前からの知り合いだ。なら別に、事を起こすのはもっと昔でもよかったはずなのに。

 それこそ、同じ学校に通っていたときだって構わない。精霊姫と一緒に埋めてしまうなら、ゾンビの事件のときでなくても前から機会はあったはずだ。

 なぜ最近になって。そう考えているうちに、アイリーンは冥界へとたどり着いた。

 冥王城は魔王城とさして内装は変わない。ただ全体的にもっと薄暗く、陰気な印象がある。


「こんなところにいたら、誰でも性格歪むわよね。まったく」


 ひとこと毒づいて、アイリーンは指定された場所へ向かった。

 冥界の姫、ユリア。

 彼女のいる場所は、ここよりも深く、暗い。



 ☆★☆



 冥王城の裏手、滝の(そば)

 そこがユリアから言われた場所だ。城を出て水しぶきの前までたどり着くと、ご丁寧に滝の裏の岩が動き洞窟の入り口が現れた。


『ようこそ、アイリーン』

「……洞窟、好きなの? ユリア」

『秘密のアジトって雰囲気が出ていいでしょう?』


 おいでなさいな――と柔らかい声で言われ、アイリーンはため息をついて洞窟へと入った。

 中はところどころに魔法の明かりが灯っているものの、暗い。やや下り坂になっているようだ。

 青黒い岩に囲まれた道を、魔王の娘は慎重に進む。


『約束どおりひとりで来てくれたのねアイリーン。嬉しいわ』

「うちの執事に毒まで使って脅しておいて、よく言うわねユリア」

『あら、そんなにあのダークエルフさんが大事なの?』


 ユリアの声に、一瞬アイリーンの歩みが止まる。

 そして、気を取り直したように再び歩き出す。魔王の娘は不機嫌そうな顔を、さらに半眼にして言った。


「……臣下に手を出されたら、それは怒るのではなくて?」

『そういうものかしら。冥界の者たちはわたしのオモチャだから、よく分からないわ」


 冗談でもからかっているのでもなく、本気でよく分からないといった様子でユリアは答えた。

 あのダークエルフ執事の言っていたとおり、冥界の姫という立場上ユリアの価値観は魔界のそれともかなり異なっている。

 昔から感じていたことではあるが。そうするとやはりなぜ今になって、という疑問が鎌首をもたげてくる。

 するとユリアが、一転して弾んだ口調で言った。


『そういえば、こんな風に洞窟を歩いているときのミラベルとのお話、聞いてたのよわたし』

「盗み聞きとはいい趣味をしてるわね。それも悪だくみの必須技能なの?」

『もう、意地悪を言わないで。あの洞窟にはわたしの力を張り巡らせておいたの。もれ聞こえてしまっていても仕方ないでしょう?』


 不可抗力なの、と弁明し、ユリアは再び無邪気な調子で言う。


『素敵なおしゃべりだったわ。できればわたしも混ざりたかったくらい。その後に予定がなければ、間違いなく混ぜてもらっていた』

「その予定っていうのが私たちを生き埋めにすることなのが、いかにもあなたらしいわ」

『でもわたし、ミラベルとは少し、意見の食い違いがあるの』

「……?」


 ユリアの口調に何か不穏なものを感じ取って、アイリーンは首を傾げた。

 精霊姫ミラベルとは前回の事件で色々話したが、一体なんの話題について言っているのだろうか。

 話から察するにゾンビたちに遭遇する前のようなので、洞窟に入ってすぐに話したことだろうが――。


『あなたが学校に来なくなってから』


 先日の一件で、久しぶりに顔を出したアイリーンについて。

 精霊姫と冥界の姫で、持った印象が違う。


『ミラベルは今のあなたの方が好ましい、といった風なことを言っていたけれど。わたしは逆よ。昔のあなたの方が魅力的だと思った』

「……」

『何事にも冷淡で、他を寄せ付けない空気を、以前のあなたは持っていた』


 出会ったときから――とユリアは、うっとりした口調で語る。


『だって仕方がないわよね。あなたは優秀だもの。周りのだれもかれもが使えなくて、呆れていたのだわ。魔王様の跡を継がなくてはならないから教えられたとおりに振る舞っていたけれど、内心では苛々していたのでしょう?』

「……何が言いたいの、ユリア」

『何って、決まっているじゃない」


 そこでアイリーンは、ユリアの声の聞こえ方が変わったのに気が付いた。

 洞窟の先が少しだけ明るくなり、ちょっとした空間を予感させるものとなっている。

 警戒しつつ道を下り切り、最奥までたどり着けば――そこには。


「あなたのことが大好きなのよ。アイリーン」


 冥界の底に咲く一輪の花のごとく、ユリアが佇んでいた。

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