第二の事件〜残された手掛かり
「ダクラネル卿……なんと無残な姿に」
宝物庫の守り番、暗黒竜ダラグネルの殺害。
その現場に駆け付けたフィオネルは、ダクラネルの遺体を見て思わず声を上げていた。
魔王城の通路サイズ上、普段は一般的なモンスターと同じくらいの形を取る、ドラゴンのダクラネルである。
ただ、今見えている姿はそうではない。
戦闘形態。真正の竜としての姿をとっている――宝物庫もまた、それほどの大きさを誇っている。
うず高く積まれた金貨の山。そこに倒れ伏したダクラネルの身体は、真っ黒に炭化していた。
つまり焼き殺された、ということになる。鋼鉄の皮膚、魔法を跳ね返す鱗を持つドラゴン族相手に、これほどの。
犯人の凶悪さを思い知り、フィオネルは唇を噛んだ。
「卿の後ろにある宝箱から、めぼしいものが持ち去られています……強盗致死、ということでしょうか」
「そうね。宝を守るダクラネルを狙った犯行、と考えるのが自然でしょう」
苦しげなフィオネルに、応えたのは魔王の娘・アイリーンだ。
彼女は金髪をなびかせ、気丈にも臣下の遺体を見つめていた。感情を押さえつけて話す姿は、フィオネルにとって痛ましいものだ。
いくら時間をかければ蘇るモンスターとはいえど、死の際に受ける痛みや苦しみは本物である。
激しいショックに耐え切れず、前線から退いて花を育てる職業に就きたい、などと言い出す者もいる。
ダクラネルはそういった修羅場を駆け抜けてきた猛者でもあった。だからこそ、彼が倒されたという事実はフィオネルに重くのしかかる。
「ダクラネル卿……あなたの仇は、必ず」
フィオネルがつぶやき、アイリーンは硬い表情のまま何も言わなかった。ただドレスの裾を、きゅっと握っただけだった。
「ご報告申し上げます。ダクラネル様の死因は、焼死。重度の火傷によるものです。筋肉層の内部まで炭化が進んでいます」
「この大質量の内部まで燃やすか……相当な魔力量だな」
部下の一角ウサギの報告に、フィオネルはドラゴンの体軀を見上げつつ応える。
またしても、凶悪な犯人像が思い浮かんだ。巨大なドラゴンを焼き尽くすほどの力を持つ相手とは、いかなるものか。そんな相手からアイリーンを守れるのか、不安になる。
「犯人は強力な魔法使いか? いや、だとしても一般的な炎魔法で、ここまでの火力が出るものか……」
「普通の炎魔法で、ここまで燃やすのは無理でしょうね。お父様の炎魔法ならともかく」
超高火力の炎の鳥を、「娘が喜ぶから」という理由で遊び相手に出す魔王の姿がよぎって、フィオネルは一瞬白目になった。
あのときは焦土と化した庭の復旧に苦労したのだ。まあ、その爆心地でもアイリーンはケロッとした顔をしていたのだが――そういえば、あのときの庭の再整備にもダクラネル卿は力を貸してくれたなあ、と遠い目をすると。
「……あれ?」
フィオネルの視界に、天井に開いた大穴が入ってきた。
魔王城の周りに光る雷で空いた穴だろうか。いや、周囲の雷は闇属性を帯びている。
同じ闇属性を持つ城の壁を破るまでには至らないはずだ。耐性があるのだから。
だとしたら、あの穴もまたこの事件の手がかり――?
そう思うフィオネルの隣で、アイリーンが言う。
「ねえ、フィオネル」
彼女もまた、天井に開いた大穴をじっと見上げていた。
「私、さっきのサイクロプスの事件とこちらの事件の犯人、同じだと思うの」